アマリリスのせい


 ~ 六月七日(水) 三時間目 二十センチ ~


   アマリリスの花言葉 輝くばかりの美しさ



 指定の線より五センチ離れた隣の席に座るのは、優しく、時に大胆な藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪をアップにまとめたお団子に、今日はアマリリスが一輪揺れている。


 繰り返すようだが、お隣りの花屋の一人娘である穂咲は、優しい。

 その優しさゆえに、大胆な行動に出ることもある。



「あー、まあ、事情は何となく分かった。神尾に借りたシャープペンを持っていた時に秋山がお前を驚かせたのだな?」

「んしょ……、ここにも無いの……」

「で、放り投げてしまったシャープペンがどこかに消えたから、探していると」

「ぷぅ。えっと、あとは……」

「なあ、藍川よ。だからと言って授業中に俺の周りをうろつかれると邪魔なんだが」

「はい先生。じゃあ、道久みちひさ君があたしの代わりに叱られるの。黒板の上かなあ?」


 先生、俺をにらまないでください。

 立つから。

 立ちますから。


 俺が席を立ちながらクラスを見渡すと、みんなは苦笑いで穂咲を眺めていた。

 制服を埃まみれにさせて、顔も手も真っ黒にした、変な女のことを眺めていた。


 ……そう、こいつは変な奴だ。

 でもそんな穂咲のことを、みんなは大好きなのだ。


「穂咲ちゃん! 大丈夫だから、授業が終わってから一緒に探そ?」

「だって後回しにすると、なんでか見つからなくなるの……、よいしょ」


 ほんとそうだよね、なんでなんだろ。

 それより穂咲さん? いくらなんでもそれは。


「先生、教卓に上ったのは穂咲ですから俺をにらまないでください。分かってますから、廊下で立ってますから」


 俺が教卓の前を通ると、その上に立った穂咲にしがみつかれた。


 いや、まってください穂咲さん!

 腕で首を絞めていらっしゃいます!


 これは、トップロープからの首つりスリーパーホールド!

 ギブギブ!


「あったの! 道久君! 取って! 黒板の上!」

「とびっ! はねたらっ! くるしっ! ぐへっ!」


 願いを言いながら邪魔をするという、矛盾した埃まみれちゃん。

 その手に、先生がため息と共に取ってくれたシャープペンが渡されると、俺はようやく解放されて床に膝を突いた。


 げーほげほ。


「秋山…………。立てるか?」

「ニュアンスが違うのは分かりますが、結局俺に立てと言うのですね、先生」


 いまだに苦しむ俺を放っておいて、穂咲は輝く笑顔で神尾さんの元へ駆けていく。


 埃まみれなのに美しい。

 そう、穂咲はまるで、魔法をかけられる前のシンデレラだ。


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