ジャスミンのせい


 ~ 六月八日(木) 一時間目 十センチ ~


   ジャスミンの花言葉 官能的



 机の距離は、心の距離。

 一気に近付いた隣の席に腰かけるのは、藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪がサイドにゆるりとまとまって、そのお団子を埋め尽くすようにジャスミンの花が咲き誇る。


「あ」


 木曜恒例の挨拶を済ませた俺は、穂咲の流し目という実に珍しいものを頂戴した。



「また、昨日もドラマを見るの忘れたの?」

「そうですが、その目は何? 不安しか感じません」

「ふっふっふ。こんなこともあろうかと、準備してたものがあるの! 見よ!」

「見ません。授業中です」


 そう答えたものの、気になって仕方がない。

 ちらりと視界に入れた机の端に、五センチくらいの手作り人形が並んでいるのだ。


 何ということだ。

 作品のクオリティーを追求するために、前回のキャストを全員クビにしてしまったのか。


 さすがは名監督。容赦ないね。


 その人形もいちいち凝っていて、俳優さんに似せた顔まで書いてある。

 洋服まで別仕立てに見えるけど、はっきり言おう。


 やりすぎ。


 俺の呆れ顔に気付くはずもないほどはしゃぎ始めた穂咲が、ペンケースやら文房具やらでセットを作っていく。

 その隅っこに置かれた赤黒消しゴムの哀愁をそそること。


「おい、前回の役者が随分隅にいるんだが、あれは何の役なんだ?」

「フラッペ」

「彼の心情を思うと涙が出そうだ。色的にもミスキャストだし」


 次に監督は人形を配置すると、マジックテープの音をベリベリさせながら服を外し始めた。


 まさか着替えさせるの? 凝り過ぎだよ。


「そこまでせんでいいです。それにヒロインを下着姿にしちゃ可哀そうだ」


 穂咲は俺のクレームに、頬を膨らませて首をぷるぷると振る。


「水着なの。海のお話なの」


 そう言って机に置かれた人形の胸と腰。

 巻かれた白い布には小さな赤いリボン。


「…………やっぱ下着に見えるんだが」

「ちがっ! ……下着じゃないもん!」


 誤解しか生まない大声を上げながら、顔を真っ赤にさせて席を立つ穂咲。


 今日は珍しく、いつも誤射される雷が正しくこいつに落ちた。


「なんだか知らんが、ちょうどいいからそのまま立っとけ、藍川」


 でも、結果はいつもと同じ事になるんだ。

 涙目でほっぺを膨らまされたら俺の負け。


 俺は穂咲の頭を押さえて座らせながら、代わりに席を立つのであった。



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