「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌

如月 仁成

バラのせい


~ 五月三十一日(水) 三時間目 十五センチ ~


   バラの花言葉 アイラブユー



 好きなのか、はたまた嫌いなのか。

 いつからだろう、俺は考えるのをやめた。


 きっちり十五センチ離れた机。

 俺の左側に腰かけるのは、臆病で小さな女の子。


 軽い色に染めたゆるふわロング髪が、つむじの辺りにまとめられて、ウェービーで大きなお団子になっている。



 ……そのお団子に突き立つ三本のバラ。

 バカである。



 今日はクラッカーやら棒付き飴やらで派手にデコられているが、何かの祭りか?

 涙を浮かべたタレ目で俺に助けを求めても知りませんよ。

 いつもいつもなすがままに花を活けられるお前が悪いのです。


「ママ、今日のは盛り過ぎだと思うの。おでこのくす玉がとっても邪魔なの」

「知らん。授業中です、話しかけないでください。さもないとこうなる」

「こら! またお前か、藍川あいかわ穂咲ほさき! 俺は昭和の体育会系という畑で育った教師だからな、無駄話してたら容赦なく立たせるぞ!」

「ぴゃい!」


 いつの時代だ、『立ってろ』とか。

 でもこの先生、信じがたいことに本当に立たせる。

 穂咲は涙目のまま、大人しく机に顎を乗せた。


 ……すると、お団子にぶら下がった小さなスイッチが俺の目に飛び込んできた。


 なんだ、あの赤いボタン。

 困った。押したい。

 いやバカな。

 いや押したい…………………………。



 かちっ。



 ぱんっ!

 ぱんぱぱんっ!

 ぱんぱかぱーん!



「ひにゃーーーーー!」

「すまん! こうなること分かってたのに我慢できんかった!」


 お団子に挿されたクラッカーの爆音に目を回しつつも、真面目な穂咲は席を立ち、先生に対して深々とお辞儀をした。


 そんな穂咲の頭から、時間差で炸裂したクラッカーがぱんっと先生の頭に紙吹雪を散らす。


「…………秋山。立っとけ」

「俺かぁ」


 くす玉から穂咲の顔にかかる垂れ幕には、アイラブユーの文字。

 誰に告らせるつもりだったか知らんが、相手は逃げ出すと思うぜ、おばさん。


 俺は、穂咲からくす玉を抜いてポケットにしまいながら席を立つのであった。


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