桔梗のせい


 ~ 六月十三日(火) 五時間目 六センチ ~


   桔梗ききょうの花言葉 友の帰りを願う



 一気に近くなった席に腰かけるのは、お父さんとの思い出を大切にする藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は和風に櫛でまとめ上げて、桔梗と葉物を飾りつけている。

 まるで生け花だ。



 昨日インク切れになった我が友。

 替芯が、実にお高いのです。


 だが、それだけの価値がある。

 見よ、この滑らかな書き味。


 俺がノートに虎の絵をさっと描くと、隣から音を抑えた拍手がぽむぽむと聞こえてきた。


「相変わらず上手なの。あたしも描くの」

「おっ? それなら久しぶりにしりとり勝負とまいりましょうか?」


 穂咲は、ぱあっと笑顔で頷くと、黙々とラクダの絵を描きだした。

 なんでしょうかそのまつげ。

 長いよ。怖いよ。


 その間に先行してダックスフントを描いておくと、穂咲はあっという間にトマトを描き上げる。

 このペース、実に心地良い。


 えっと、じゃあ、トキ? 分かる?


 心配顔で隣を見たら、目の中に星を浮かべて拍手された。

 照れくさいです。


 そして穂咲は、やたらと難儀しながら、お尻を振って歩く人の絵を描きだした。


 競歩かよ。

 きゅうりとかキツネとかあるじゃん。


 えっと、ほ…………。ふむ。


 俺はちょっと時間をかけて、穂咲の似顔絵を描いてみた。


 どうだ!


「…………ん? なにそれ。分からないの」


 くそう、やはり最大の特徴を描かねば分からんか。

 でも、絶対怒るだろうな……。


 びくびくしながら頭の上にチューリップを描く。

 すると穂咲は、俺のノートをムキになって取りあげて、それをくるっと丸めて叩いてきた。


 やっぱりね。



 さて、没収されたノートには、おじさんから貰ったボールペンが挟まったままだ。


 穂咲、昨日欲しそうにしてたし。

 返してくれなさそう。


 ああ、書き味抜群の我が友よ。

 替芯、高かったのに。


 諦めきれずに『返しやがれ』と書いた紙を穂咲の机に置いたら、くしゃくしゃに丸めて投げ返された。


 その報復に、親指で弾き返してほっぺたに攻撃。


 とうとうパンパンに頬を膨らませた穂咲が、手紙を折って折って折って折って折って輪ゴムにかけると、そのまま俺に向けて引き絞り出した。


 この距離で撃たれたら! 


 だが弾丸は、思わず身をかがませた俺を越え、よりにもよって先生に直撃した。


「こらーっ! どういうつもりだ藍川!」

「ひにゃーーーーーーー!」


 机の向こうに隠れても、揺れる桔梗ききょうが丸見えです。


 友を奪った恨みだ、今日はかばってやらん。

 叱られるがいい。


「まったく、いつもいつも遊んでいるんじゃない! しっかり立っとけ! 秋山!」

「くそう! 今日は納得いかんのじゃ!」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る