エーデルワイスのせい


 ~ 六月十九日(月) 二時間目 三十センチ ~


   エーデルワイスの花言葉 大切な思い出



 穂咲のお母さんは、すぐに良くなった。

 だれも詳しく教えてくれないが、働き過ぎが原因なんてこの人らしいと笑顔で言っているし、きっと大丈夫なんだろう。


 でも、念のためということで検査入院中なのだ。


 病院では凝ったことが出来ないのか、はたまた狙いなのか、今日の穂咲は簡単にかんざしクリップで留めたお団子に一輪、エーデルワイスを挿していた。


「……おい秋山。それ、なんとかしろ」

「なんとかなる可能性一個しか思い付かないんですが、火を使ってもいいですか?」


 先生は難しい顔をした後、手で、しっしっと追い払う仕草をしてくれた。

 それを許可と解釈して、穂咲の鞄から勝手に玉子とフライパンを取り出す。


 穂咲は朝から机にタオルを敷いて、まっすぐ突っ伏したまま。

 ずーっとグズグズ泣いたままなのだ。


「おばさんは大丈夫だったのに、なんでそんなことになってるのでしょう、教授」


 俺はいつも穂咲がやっている手順通りにフライパンを温めながら聞いてみた。


「だって、ママ、いつかいなくなっちゃうんだよ? そう思ったら、悲しくて」


 タオルでくぐもった声が、最後には泣き声になる。

 なんだ、そういうことか。


「バカだな穂咲は。悲しんでどうする。逆だよ、楽しいんだ」

「……なんで?」

「今日も会える。明日も会える。そんな奇跡を楽しまないでどうする。会えなくなる日まで何日なのかは知らんが、その日まで楽しめよ。で、勉強しろ。お前の夢は世界一の目玉焼き屋になることだろ? それ、おばさんの夢でもあるんだから叶えろよ」


 まだタオルに顔を乗っけたままだけど、どうやら泣き止んでくれたようだ。


「じゃあ、それ食って元気出せ」


 いつも穂咲が焼いてくれる目玉焼きからは程遠い。

 形も悪くて、縁が焦げた失敗作。


 鼻をすすりながら顔を上げて、穂咲は俺の目玉焼きを、一口だけかじった。


「う…………。うえええええええん!」

「この流れで泣くの!? なんで泣き出したのさ!」

「うう……。これ、なの。…………思い出したの」

「これって……、思い出の味のこと? だって調味料も…………。あ、まさか」



 しょっぱくて優しい味って、泣きながら食べた時の味ってことか!



 ……思い出した。

 おじさんが亡くなった時、今日みたいに俺が作ったんだ。


 あの時も、穂咲は泣きながら目玉焼きを食べた。

 そりゃ、どれだけ試しても探し出せないわけだ。


「そうか。それでお前、目玉焼きが嫌いになっちまったんだな」

「うん。……でも、今日から好きになったの。……もう、この味、忘れないの」


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