マリーゴールドのせい


 ~ 六月二日(金) お昼休み 十二センチ ~


   マリーゴールドの花言葉 絶望



 何となくいつもより近い気がする席に座るのは、優しく、気弱な藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪にお団子二つ。

 今日はマリーゴールドを一輪ずつ挿している。


 そんな気弱な穂咲だが、光り輝く時間がある。

 それが今、お昼休みなのだ。



 入学以来、たった二ヶ月で有名人になった彼女の代名詞、十五センチ角の玉子焼き用銅製フライパンでこさえる物。それは目玉焼き。


 よそのクラスからも訪れるギャラリーの前で、LL玉の中でも飛び切りでかい玉子を使って作る、四角い目玉焼きなのだ。


「ではロード君! 実験を開始しよう!」

「教授。いつも思うのですが、なんで俺が教授の思い出の味を探さなきゃいけないんですか? しょっぱくて優しい味というヒントだけでは厳しいのですが」

「……だってあたし、目玉焼き嫌いだもん」

「それ、何かがおかしいと思うのですよ、教授」


 俺の願いに耳を貸すこともなく、鼻歌と共に屋外用のコンロでフライパンを熱し始める教授。

 そんな彼女のエプロンは、俺のYシャツ。

 ぶかぶかの萌え袖がポイントだ。


 穂咲のおばさんが決めたんだよな、このエプロンのルール。

 意味不明なのだが、あの人に逆らう気など起きるはずもない。

 女手一つで穂咲を育てる、立派な女性なのだ。


「最近、おばさんの具合はどうなんだ?」

「うん、元気なの。お花屋さんも、通販始めてから忙しくなっちゃってるけど、毎朝あたしの髪で遊ぶくらいは余裕あるみたいなの」


 穂咲のおばさんは、おじさんが亡くなられて以来病気がちだ。

 なので、お隣さんたる俺たち秋山家一同は、藍川家を全力サポートしているのだ。


 そうこうしているうちに完成した四角い目玉焼き。

 今まで二千個近く焼いているだけのことはある。

 このまま何も手を加えずとも、十分に美味しそうな色艶いろつやだ。


 だが、加わるのだ。

 手が。

 余計な一手が。

 だってこれは、実験だから。


「お待ちください。教授が手にしている組み合わせ、あかんやつです」

「目に良いの」

「ブルーベリージャムが目に良いのは知ってます。ですがそちらにお持ちのコチジャンと合わせると、恐らく視力を失います」

「…………辛いの、美味しいの」

「アイスに鷹の爪をまぶして食す教授の味覚を押し付けないでください」


 何度でも言おう。これは実験なのだ。

 教授の記憶を探す、途方もない旅なのだ。


 だから目の前に置かれた目玉焼きが赤紫色に着色されても、絶望などしてはいけないのだ。


「ではロード君! 召し上がれ♪」


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