最近の少女小説界隈で流行りの「中華モノ」というと、後宮という閉じた空間内で完結する話が多いイメージですが、本作は冒頭の口上にある神話から周辺諸国との関係性まできちんと設定が練りこまれていて、中華の壮大な世界観に浸ることができます。
また、ラゴから光山府へ、光山府から瑞慶宮へと舞台が移り変わる中で、繰り広げられるドラマは大陸の時代劇さながら。
他の方のレビューでも「読む中国ドラマ」とありましたが、まさにその通りだと思います。
加えて、この作品もう一つの魅力がキャラクター。
自由奔放で酒癖は悪いが人情に厚い柳承徳、不器用ながらも優しさを見せてくれる趙敏、そして物腰が柔らかく腹黒そうに見えるけれど、部下思いでいざとなったらとても頼りになる弦朗君。
個人的には敏が一番好きなのですが、他二人もとても素敵なキャラクターで、私の語彙力と文章力ではとてもすべての魅力を言い尽くせないほどです。
あと、この三人にレツィンを加えた光山府組(と勝手に呼んでる)の絆や関係性には胸に来るものがあります。本当泣けます。
まず申し上げよう。
自分が心の中に飼っている、単純極まりない作りの「少年漫画」脳は、ラストまでを読み、叫んだ。「なんじゃこりゃー!」と。そしてそれは、またたく間に後宮物語脳、歴史脳が塗りつぶしていく。どころか、「これですよこれ! 宿命からの解放! リバレーション!」と快哉を叫びさえする。そんな物語である。(どんなだ)
中国史に通暁なされている著者の筆であるから、フィクションノベルの世界でありつつも、そこには確かな「歴史」の息遣いがある。ラゴと烏翠、利害が噛みあうような、行き違うような、な両陣営。白でも、黒でもない。グレーな重なり合い。主人公のレツィンはグレーゾーンそのもの、まさしく生きる折衝帯と呼ぶべき存在である。人質、などという生ぬるいものではない。
物語はすでにレツィンがその運命を受け入れているところから始まっているのだが、その境地に至るまでにはいかほどの煩悶、葛藤があったのだろうか。わかるのはただひとつ、彼女がそういったものを乗り越えるだけの強さを備えていたこと、だ。そしてこれらは、あくまで物語における行動としてのみ語られる。
レツィンは動く。ぶつかる。語り、悩み、再び動く。この物語に出会う読者の大半が脚をすくめ、結果あえなく首をはねられてしまうであろう局面において、彼女は皓然たる存在感を示すのだ。
この物語を端的に言おう。籠に繋がれた美しき鳥が、再び羽ばたく物語である。最後まで付き合った読者たちは、自ずと空の広さを、高さを実感することが叶う。
一方で、物語はまた籠の堅牢さ、醜悪さ、その中にあってなお気高さを保つ蝶の姿をも描く。
精緻な細工に縁取られたその籠は、僅かな鳥を失ったところでその威容を失いはしない。
今の我々に、その籠がやがてどのような運命をたどることになるか、を知る手立てはない。なぜならば、烏翠の歴史は、今まさに我々の眼前で流れているからである。
本作品は、異世界ファンタジーに分類されてますが、歴史・伝奇ジャンルで私が読んだ矢弦陸宏氏の「蒼海のライジングサン」、芝原岳彦氏の「ガレオン船と茶色い奴隷」に作品の雰囲気が似てます。
あっ! 異世界ファンタジーの条件は満たしてますよ。私自身が、年老いた所以か、歴史モノに食指を動かし易く、そんな人間にも楽しめる、と伝えたかっただけです。
出だしに登場する占い老婆がヒロインに未来を預言し、その通りに物語は帰着するのですが、「預言に挙がったアイツは誰?」と予想しながら読み進める点は少女モノの王道。(男の私も楽しめました)
場面々々の描写が凄く丁寧です。作中の世界観は、森薫先生のコミック「乙嫁語り」に通じます。
アレに似てる、コレに似てると書きましたが、本作品の個性は"消化と調和"かもしれません。アニメ「君の名は」が「オリジナルな要素は皆無だ」と一部の人から批評されつつも、誰もが名作だと思うのと似ているように感じます。
序の<まず口上を一つ>で書かれた女神と男神の話が、本作『翠浪の白馬、蒼穹の真珠』を通しての隠し味となっていて、作中のところどころで真珠・毬・扇が出てきます。読者はそのつど、物語りの中にぐいっと力強く引き込まれる思いがすることでしょう。
そして最後に、再び女神と男神に再開し、「そうなったのか!」と思わず叫んで、読後のカタルシスへと導かれるは必定です。
これは先に読んだ『涼国賢妃伝~路傍の花でも、花は花~』の艶本の扱いに通じるところがあって、作者の結城かおるさんはほんとうに、<物語りを紡ぐ>のがお好きなのだなと感じ入り、読者はその巧さにただただ身を任せるしかありません。
登場人物3人のイケメン、弦朗君・趙敏・柳承徳…、ラゴ族のサウレリも入れると4人の若者の容姿と性格の書き分けも上手くて、そのうえに情景描写も巧みなので、読み進めるうちに、映像をみているかのように、私の頭の中で彼らが動き始めました。
あっ、私は、弦朗君にハマりました…。3作の外伝を読んでますます…。
願わくば、弦朗君の幼少時代から始まって、彼の烏翠国での活躍までを描いた長編を読みたいものです。ということで、今回のレビューの題は、『あ~~今夜も、弦朗君に逢いたくなる…』となりました。
作者の手がける「烏翠」シリーズ最初の長編です。といっても、どれから読んでも楽しめるように書かれているので大丈夫です。でも、初めての方、他の作品読んだよ、という方には、是非是非、これは読んでいて欲しいのです。
「烏翠」シリーズは中国をモデルにした架空世界です。中国をモデルに、ということは、中華と夷狄という区分があり、「烏翠国」は中華にあたる文明国です。一方、ヒロインのレツィンは「夷狄」にあたるラゴ族の少女で、「他者」として烏翠を見ていることから、この世界の持つ奥行きがよく見えてくる構図になっています。
いや、別に、そんなに面倒なことは考えなくてもいいのです。
レツィンは聡明ながら、とてもまっすぐな少女です。
彼女の想い、行いを素直に追っていくだけで、いつの間にか、烏翠国の住人になってしまいます。
そして、この甘酸っぱく切ない話を読み終わったとき、思うのです。
もっともっと、烏翠シリーズが読みたい!と。
大丈夫、ちゃんと、短編・長編の外伝や関連作品があります。
壮大で、格調高い、でもちょっとお茶目で可愛い大河ファンタジーの世界に、踏み出してみませんか?
北方のラゴ族の長の妹レツィンは、隣国・烏翠との盟約に基づき入宮することになった。まず光山府に入って宮廷作法などを習うことになったレツィンだが、烏翠の都に入ったとたん、この国で起きている血なまぐさい政情の一端を目にしてしまう。
『ラゴ族の狩りでは獣の血の匂いがするが、烏翠の狩りでは人の血が匂うーー。』
占い師の老婆の言葉を胸に。光山府で暮らし始めたレツィンの前に現れる、彼女の運命とは。
中華風の文化をもつ烏翠の国の様子も魅力的ですが、辺境の異民族である活発なレツィンが、とにかく可愛らしいです。
異文化交流だけでなく、神話、政治、恋愛に活劇も含んだ壮大なストーリーは、きっと読者を満足させてくれると思います。
恋愛がメインの一つにある小説というと、過度にアマアマベタベタな場面に私は辟易することがある。
ですがこの作品では情景的にも心情的にも適度・適切という言葉が相応しい内容でした。
それは世界観や主人公レツィンの性格も影響してるでしょうが、それ以上に作者さんの語彙選択の妙を感じました。しっかりと考えられた語彙で、丁寧に描写されている。
そのおかげで安心して主人公の心情に気持ちを重ねられる。
また、ページ辺りの文字数でも読者への気遣いが感じられました。
個人的にはコミックやアニメで観たい。きっとビジュアル的にも素敵な作品になる。そう確信できる作品です。
仮に、華朝の正史における烏翠伝を紐解くならば、この物語は、
安陽公主による芝居がかった策謀の一端と記されるのだろうか。
武官の父が粛清され、自身は布衣へ落とされた趙某の顛末など、
わずか数十字で著され、蠹蝕の間に埋もれてしまうのだろうが。
山間のラゴ族の姫君レツィンは、隣国の烏翠との盟約に従い、
かの国の都に赴いて、女官として王宮に仕えることとなった。
初年は年若い王族の邸宅に勤めて女官の仕事と礼儀作法を覚え、
翌年からは、おそらく一生涯の王宮出仕、籠の鳥となるだろう。
明るく利発で武芸に優れるレツィンは威勢がよすぎるけれど、
主君の弦朗君に見守られ、時に叱咤されながら成長していく。
官服の少年、柳承徳は率直すぎる。佩剣の少年、趙敏は最低。
そんな印象から始まった関係も、次第に友情へ変わっていく。
烏翠の王都、瑞慶府の四季折々の行事や風俗が色鮮やかに描かれ、
苛政を敷く王を中心に、権力と血族を巡る策謀が淡々と記される。
「烏翠の狩りの獲物は人である」と、レツィンはやがて理解する。
残酷な狩りは、ついにレツィンに近しい人々をも巻き込んで──。
物語の冒頭、レツィンは、これから出会う男について予言される。
「一人はそなたが想いを寄せ、
一人はそなたを得ようと望むが果たせず、
また一人はそなたと夫婦になる」
予言の真意はどこにあるのか、3人の男の正体は何者なのか。
すべてがわかるのは、クライマックスに至ってからだった。
単なる「心ときめく少女向けファンタジー」ではない物語だ。
著者の骨太で冷徹な史観を芯として、少女の成長が描かれる。
著者と同じく、私のバックボーンも東洋史学なのだが、
「中華風王宮小説を書くのは無理だ」と改めて思った。
私は火薬仕込みの砲弾を投石機でぶっぱなすのしか書けない。
著者の確かな筆致に信頼を置いて、読むに徹するのみである。
結城かおる印の中華風ファンタジー、
これからも楽しみにしています。