骨太で冷徹な史観なくして、こんなに魅力的な中華風ファンタジーは描けない

仮に、華朝の正史における烏翠伝を紐解くならば、この物語は、
安陽公主による芝居がかった策謀の一端と記されるのだろうか。
武官の父が粛清され、自身は布衣へ落とされた趙某の顛末など、
わずか数十字で著され、蠹蝕の間に埋もれてしまうのだろうが。

山間のラゴ族の姫君レツィンは、隣国の烏翠との盟約に従い、
かの国の都に赴いて、女官として王宮に仕えることとなった。
初年は年若い王族の邸宅に勤めて女官の仕事と礼儀作法を覚え、
翌年からは、おそらく一生涯の王宮出仕、籠の鳥となるだろう。

明るく利発で武芸に優れるレツィンは威勢がよすぎるけれど、
主君の弦朗君に見守られ、時に叱咤されながら成長していく。
官服の少年、柳承徳は率直すぎる。佩剣の少年、趙敏は最低。
そんな印象から始まった関係も、次第に友情へ変わっていく。

烏翠の王都、瑞慶府の四季折々の行事や風俗が色鮮やかに描かれ、
苛政を敷く王を中心に、権力と血族を巡る策謀が淡々と記される。
「烏翠の狩りの獲物は人である」と、レツィンはやがて理解する。
残酷な狩りは、ついにレツィンに近しい人々をも巻き込んで──。

物語の冒頭、レツィンは、これから出会う男について予言される。
「一人はそなたが想いを寄せ、
 一人はそなたを得ようと望むが果たせず、
 また一人はそなたと夫婦になる」

予言の真意はどこにあるのか、3人の男の正体は何者なのか。
すべてがわかるのは、クライマックスに至ってからだった。
単なる「心ときめく少女向けファンタジー」ではない物語だ。
著者の骨太で冷徹な史観を芯として、少女の成長が描かれる。

著者と同じく、私のバックボーンも東洋史学なのだが、
「中華風王宮小説を書くのは無理だ」と改めて思った。
私は火薬仕込みの砲弾を投石機でぶっぱなすのしか書けない。
著者の確かな筆致に信頼を置いて、読むに徹するのみである。

結城かおる印の中華風ファンタジー、
これからも楽しみにしています。

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