2013年1月某日 島雄平
●いきなりこんな事言って失礼なんですけど…今日で僕に話し聞くのを終わりにして貰えませんか?
○それは…どうして?
●なんやろ…友里恵が殺されたのは悲しいし辛いけど…僕はそこで留まっていて良いのかなって思って。ずっとずっと友里恵の死に囚われて、何もでけへんっていうのが正直…窮屈なんですよね。
○ある意味で忘れたいと?
●それに近い物があるかもしれないですね。僕、友里恵死んだのショックやけど、毎日毎日、そのショックが和らいで行くんです。最初の頃はテレビとか付けてても何も入ってけえへんかったけど、今とか普通にガキ使を見て笑ったりしているし。それにまた芝居のワークショップにも通ってるし。なんやろ、友里恵のことがどんどん思い出せなくなってくるんですよね。いや、犯人が憎い気持ちはありますけど…それはそれで…ちゃんと償って欲しいなって思いますけどね。
○前は…殺したいと仰ってましたよね。
●その時、やっぱり冷静じゃなかったのかなって思って。だってもう友里恵は帰ってこんやないですか。なんやろ、やっぱりもうおらんって思ったら一歩一歩でも進んでいかなあかんのかなって思って。
○なるほど…
●それに、藤田さんもあんまりこの事件ばっかり追っててええんですか?
○どういう事ですか?
●なんかめっちゃ体調悪そうですよ。初めて会った時に比べたら大分痩せたし。
○最近は忙しくて…ちょっと…
●それやったらええんですけど、なんやろ。終わった事件を掘り返すってどんな感じですか?
○そうですね…最初は純粋な興味でしたね…でも…それがキチガ…皆さんと話している内に多くの事が分かってきて…どんどんわからなくなってきたんですよね。
●わからなくなるって?
○友里恵さんを殺したのは確実に峠正茂です。それは警察の発表にもあるし、峠本人の証言もある。もちろん裏付けも取れている。だけど…なんで峠が井上友里恵を殺したのか分からないんですよね。
●分かりたいですか?
○はい?
●友里恵を殺した理由。
○そりゃ…そうですね…なんだろう。井上友里恵という存在に少しずつ…何かが巻かれていくような…カイコが自分で糸を吐き出すように。それか…蜘蛛が獲物を糸で巻いているのか…どっちかはわからないですが…どんどん井上友里恵が見えなくなるんです。だからこそ…目を離せなくなって…
●………
○どうされました?
●藤田さん、サディストですね。
○…どうして?
●なんやろ。変な言い方になるけど…友里恵をもう一回殺そうとしてません?
○どういう意味ですか?
●僕、まななんから友里恵の事とかめっちゃ聞いたんですよ。じゃあ…友里恵…あんまり良い子じゃなかったんやなって思って。でも、それはそれとして…僕は僕の中の友里恵を信じようって思ったんです。色んな人の中に色んな友里恵がおる訳やないですか?少なくとも…僕はこれ以上友里恵を知ろうとしなかったら友里恵は僕の中で行きてくれるし、例え忘れたとしても、僕の中の友里恵はそれ以上汚されないじゃないですか。だけど…いや、藤田さんは仕事やからこんな事…僕なんかが言える事じゃないんですけど…
○大丈夫です。聞きたいです。
●色んな人の友里恵を明らかにして…最後に出てきた友里恵を…殺す訳じゃないですか。ペンで。あと、藤田さんの思いで。
○殺すなんて…
●多分、見たくない友里恵ってあると思うんです。まななんがあんまりにもペラペラ喋りおるから顔面殴り飛ばしたんですよ。なんか腹たってきて。色んな友里恵がおるけど、全部聞いたら僕の中の綺麗な友里恵も全部死んでしまう気がして。それって友里恵をもう一回殺すのと同じじゃないですか?でも、分かるわ。僕めっちゃわかりますよ。
○何を…ですか?
●いや、僕かて…人、殺してみたいですもん。
○私は殺したいなんて思っていませんよ!
●だったらなんで綺麗なままで置いておかないんですか?
○汚す気なんてそんな…
●なんやろな…死んだらみんな仏様って言うじゃないですか。あれって、もう死ぬって事で全部許すって意味なんちゃうんかなって思うんですよ。僕は友里恵を許したんちゃうかなって思ってます。そりゃなんか結構めちゃくちゃな子やったみたいやけど…なんやろ。僕はもう友里恵を許すって決めたんです。
○どうしてですか?
●多分、そうせな僕が何もできんくなるからです。
○気にならないのですか?
●どうして気になるんですか?
○だって、明らかにおかしいじゃないですか。峠は井上友里恵のストーカーっていうのもおかしいじゃないですか。それにあの親、佐藤愛美、あなたも含めておかしいですよ。おかしい事しかないじゃないですか。なんで殺したか全く分からないんですよ。峠は絶対にストーカーじゃない。それは断言できる。目撃証言が少なすぎる。じゃあ、どうしてそんな峠が井上友里恵を殺したのですか?突発的に?そんな事あるはずない。峠の会社の人にも話は伺っています。そんな事する人間じゃない。1人の人間が死んだんですよ?それなのにその理由がわからない。それで納得できますか?
●……藤田さん…ちょっと凄いですね……
○何がですか。
●なんで…そんなに他人の事を知りたがるんですか?
○…疑問だからです。
●藤田さんに関係ないじゃないですか。
○言い方を変えましょうか?仕事だからですよ。これで飯を食うためですよ。
●そのために…
○はい…
●そのためにもう一回、友里恵を殺せるなんて凄いですね。僕はそんなんでけへんわ。
○………
●なんやろ、言葉通じるけど話通じへん人っているじゃないですか。僕ら、そんなんかもしれないですね。
○………
●僕はもうきれいな友里恵を信じて前に進むことにしますわ。最近…気になる子も出来たんです。今度こそちゃんと付き合って幸せにしたいなって思っています。
○………
●なんやろ。一つのことに執着しすぎちゃいます?ちょっと…藤田さん怖いですよ。じゃあ。ほんまに何か用事ある時は会いますけど…今までみたいに呼ばんといてください。
~メモ~
キチガイの癖に偉そうにしやがって。お前やあのクソ親やキチガイ女が追い詰めたんじゃないのか?
多分私の予感は当たっている。それに辿り着きたい。辿り着きたいから追い求めている。
それとも島の言う通りにこのままにしておくべきなのか。私はもう一度、井上友里恵を殺そうとしているのか?
忘れて日常に戻るのが当たり前だ。追い求める方が異常かもしれない。
だけど、異常なのは周りだ。なんだこの異常さに気が付かないんだ。なんだ普通に暮らしていけるんだ?
だめだ。フラフラする。メールチェックでもして寝よう。
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