2013年8月某日 井上友香

●でも本当にお久しぶりね。元気…ではなさそうね。


○ええ、まあ。そちらはどうですか?


●おかげさまで。凄く良いわよ。もう落ち着いたわ。


○…和成君は…?


●和成?別に何も変わったことないわよ。ちゃんと学校とかには行くけど、それ以外は部屋に篭もりっきりね。爆弾でも作ってたらどうしようかしら?


○そうですか…友里恵さんは…?


●友里恵?友里恵は元気よ~。最近ますます女の子らしくなってきてね。もう母親として心配になるの。最近なんてね、好きな男の子の話とかで盛り上がるの。やっぱり息子も悪くないけど、娘が1番ね。同じ趣味とかで盛り上がれるし、買い物も一緒に行けるし。


○なるほど…あの、事件の事はどう考えています?


●事件…?ああ、忘れちゃってた。そうね。今思うと…この幸せな家庭を羨んだ人がいたんじゃない?それで…ちょっとしたイタズラ…もちろん度は過ぎていたと思うけどさ。でも…過ぎてしまえば良い思い出よね…


○良い思い出…?


●だって私と友里恵の絆が深まったんだもん。なんだろう…お母さんお母さんって…甘えてくれるの…一緒に眠ってくれるの…母親としてこれほど嬉しいことは無いわよ。ただただ愛する娘の存在を近くで感じられるの。どんどん愛情が強くなるわ。親子だもの。もう私は友里恵無しじゃ生きていけないし、友里恵も私がいなかったら生きていけないの。親子でこんなにも思い合えるって本当に幸せ。

 変な話だけどね。私は友里恵に恋をしているし友里恵も私に恋しているの。本当に嬉しいわ…昨日なんて…ああいや!恥ずかしい…


○何が…あったのですか?


●ふふふ…なんだと思う…?


○さあ…ちょっと…わかりかねます…


●昨日ね…一緒に寝ていたらね…友里恵が私に覆いかぶさってきて…キスしてくれたの…お母さん大好きって…やっと愛してくれたのねって…もう…私も感情の表現がうまくなくて…わりかし無表情な部分があるから…気持ちを届ける事が出来ていなかったのね…だけど…親子として…やっと通じ合えたの。友里恵はずっと照れ屋だったのに…友里恵も変わってくれたのね。もうお互いに眠ってしまうまで何度も何度もキスを繰り返したわ…


○…………


●だからね…割と…ニセ事件を起こしてくれた人に感謝しているかも知れないわね…あのニセ事件がなかったら…こんな幸せに成れなかったのですもの…どこで何をしている方か存じ上げないですけど…お礼を言いたいわね。


○裁判などにも行かれていたのですよね…?


●裁判?ああ、あのお芝居ね。もう、なんだろう…私も昔は演劇をやってみたいって思っていたから。あんなに色んな人に注目されたのは初めて…あの時…私、あんまり記憶が無いのよね…もう随分前じゃない?あなたも見てくれていたの?私、どうだったかしら?化粧とかちゃんとしていた?


○私は…葬式を見かけて…


●葬式?誰の?


○……友里恵さんの…


●おかしなこと言う人ね。そう言えばどうしてあなたは私に取材に来たのでしたっけ?


○………友里恵さんの…


●私達みたいな仲の良い親子は…まあ、珍しいかもね…最近、親と子の絆がとか良くニュースで見るものね。本当に…家族って…良いわね…


○友里恵さん…今日はいらっしゃらないのですか?


●どこか出掛けているのかしらね?


○和成君は…?


●さあ?あんなの興味ないもの。


○………


●どうしたの?不思議な表情して?


○井上友里恵は…殺されたのですよ?


●いやいや、いるから。昨日も一緒に寝たのよ?


○それは友里恵さんのふりをしている和成君ですよ。


●どうして和成がそんな事するの?


○あなたに愛されたいからですよ。良いですか?井上友里恵さんは殺されました。犯人は峠正茂。正面から12回刺された。峠正茂は二日後に自首。そして今は檻の中です。


●…峠って誰?


○あなたの娘を殺した男ですよ。


●誰かと勘違いしていません?井上って名字は多いし…何か、最初からあなたとの会話は噛み合わないと思っていたのだけど…


○佐藤愛美ってご存知ですか?


●う~ん…ああ…あの…太ってる子?友里恵のアルバムで見せて貰ったわ。アイドルでしたっけ?


○友里恵さんはその佐藤愛美と風俗で勤務していましたよ。佐藤愛美に脅されてお金も巻き上げられていました?


●いい加減にしてくださらない?間違えるのはかまいませんけど少し失礼ですよ?


○友里恵さんを殺してあげてくださいよ。


●何を言ってるの…何を考えているの?


○あなたも…友里恵さんを追い詰めていた1人じゃないですか。


●だから何を言ってるの!友里恵は普通にいるし、今までと何も変わらないわよ!


○これを読んで下さい。インタビューの文字起こしです。


●…………なにこれ?お話しにしては陳腐過ぎない?もしかして…あなたはきちがいなの?ちょっと…怖くなってきたわよ。何がしたいの?お金?本当にあなた…なんなの?怖い…もしかして…この幸せを壊しに来たの?させないわよ。私が友里恵を守るの。この生活を守るの。


○違います。ただ……あなたも…友里恵さんに謝るべきだ。


●何を言ってるの!私が友里恵に何をしたの?あ~?あなた…もしかしたら前の旦那が雇った…役者さん?私を苦しめるために派遣されてきたのね。そんなわけにいくものですか!帰れ!友里恵との生活を壊すな。壊さないで?ねえ?私はやっとしあわせになれたの。友里恵ともっとキスしたいし、友里恵にお乳を吸われたいの。この生活壊すの?やってみろ!殺してやる。殺すから。あ~!全てが繋がったわね~!あの男の差し金ね~!?


○落ち着いてください…それに…私を殺したら…友里恵さんに会えなくなりますよ?


●そんなことあるか!友里恵に会えない!?私はねえ。あなたを殺して刑務所に何年入っても友里恵に会えるの。友里恵は帰ってきてくれるわよ。刑務所の中にも入り込んでくれるわよ。私、わかるの。母親だからでしょうねえ!そうよ。わかったわ。ありがとうねえ!私はね、母親なの!私が友里恵を産み落としたの!だからね、いつでもどんな時でも友里恵を生み出す事ができるのよ。これは母親の特権よ?だから友里恵は帰ってきてくれたのね~!嬉しいわ~!だから大丈夫。あなたうるさい人ね?うるさい人は嫌いよ。友里恵の周りにはうるさい人ばかりよ。

 私はね。静かに平穏に暮らしたいの。友里恵とずっとずっと一緒。今も友里恵が呼んでるわ。友里恵だけで良いの。ご飯もお風呂も何もいらない。友里恵だけで良いの。私の中は友里恵で言っ杯だし、今も友里恵が溢れてくるの。友里恵が毎日生まれて毎日増えて毎日私を満たしていくの。それは私が母親だから。あの子は私がいないと生きていけないの!!


○……友里恵さん…そこにいるんですね…


●どこにかしら?


○あなたの中に。


●そうよ。永遠にね。


○ありがとうございました。


~メモ~

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