2013年7月某日 佐藤愛美
○簡単に説明しますが私は膵臓癌です。割と進んでいたので生存率はそこまで高くないです。
●え…なんだか…会う毎に痩せていく感じだったから…ライターさんって激務なのかなって思っていたのですけど…大丈夫なのですか?
○割とダメですね。今も化学療法と併用して治療を進めていますが、治療というか進行を少しでも食い止める感じです。
●そんな…大変ですね…
○大変なんです。今すぐ、例えば来月死ぬとかじゃないですけど、割と良くないですね。
●入院しなくて平気ですか?
○した所でってありますからね。でもちゃんと治療は続けています。あの、早速ですが、教えてください。井上友里恵が風俗で働きながらファミレスでも働いていた。そしてあなたは金を貰っていた。脅迫に近い形で。
●そんな…脅迫だなんて…
○まあ、それはどうでも良いです。その時…井上友里恵は普通に働いていたのですか?ファミレスで。
●そうですね……はい……普通だったと思います…
○思います?
●正直…結構昔の話だから…覚えていなくて…
○覚えていない…
●はい…私は自分の活動とかバイトとか子育てで忙しいし…ユリちゃんの事はショックだけど…その事ばかり考えていたら…私も前に進めませんから…
○仲は良かったんですよね?あなた基準では…
●あなた基準…?はい…まあ…はい…そうですね…普通に話したりはしました。内容は覚えてないですけど…音楽の話とか…
○風俗で働かせていて、変な話…井上さんに恨まれたりはしましたか?
●ないですね…本当に普通でした。別に恨まれる事もしていないし…子供の誕生日にお菓子を貰ったりしましたよ。
○本当ですか…?
●はい…それは覚えています。
○お菓子…食べました?
●はい…たしか普通に…
○何も…無かったですか?
●どういうことですか?
○体が痺れたりとか。
●無いですよ。あの、本当にユリちゃんの事…どんどん忘れていくんです。毎日を生きていると、新しいことたくさんあるじゃないですか。新しいCDやイベント…多くのことがあって…その中でユリちゃんがどんどん追いやられていくんです。頭の中って…一枚のお盆みたいな感じで…ユリちゃんはだいぶ端の方にいて、何かが立て続けに起こるとお盆から落ちてしまうんです。
○………
●ただ…
○ただ…?
●良い子だったんだろうなって思います。
○あなたがそれを言いますか?
●え?どうしてですか?
○…いえ。大丈夫です。大丈夫です。そうですか。わかりました。
●本当に申し訳ないです。ずっとずっとユリちゃんの事を追っかけてますよね…ご病気になっても…
○ええ…
●質問なのですけど…良いですか?
○はい。
●ユリちゃんの…何がそんなに気になるんですか?嫌な話ですけど、毎日、毎日どこかで殺人事件って起きているじゃないですか。もっと凄かったり…事件性があったり…たまには芸能人の方が凄い死に方したり…その中で…なんでユリちゃんの事件を選んだのですか?
○………最初は…なんとなくでした。女優志望の子がストーカーに殺された。それだけだった。それだけだったら良かったんです。だけど…色々と話を聞いていくと色んな人が疑問を残していくんです。その疑問が井上友里恵を包み込んで…何か違う形に変えていったんです。
●………
○正直、私も分からない部分はありますよ。今だってできれば実家の親の近くでゆっくりするのが正解かもしれない。だけど…
●だけど…?
○変な話ですが…このままあなた方が井上友里恵を忘れたら…井上友里恵は…死ねないと感じています。少なくとも安らかには。
●………
○色んな事があって最後は殺されたのだと思う。本当に色んな事があったはずですよ。だけど、時間とともにその色んな事がどんどん消えていく。最後には忘れられて無かったことになる。それは…少し嫌だなと思って…私も大病を患ってしまった訳だし…こういうのも運命かなって思ったんです。
●どういうことですか…?
○私がちゃんと殺してあげないといけない。もうすぐ死ぬだろう私が。じゃないと、浮かばれないですよ。井上友里恵は。
●私には…ちょっとわからないです。
○でしょうね…
●ごめんなさい…
○ああ、そうだ。CD、ちゃんと渡しましたよ。事務所の人に。
●そうなのですか…?ありがとうございます…あの…何か言ってました?
○がんばってください。そう言ってましたよ。私も同じ気持ちです。がんばってください。
~メモ~
多分、佐藤愛美からはもう何を聞いても無駄だ。
あそこまで自分のことしか考えない人間はもう井上友里恵に関しての興味も思い出もたいして残ってない。
綺麗な形の井上友里恵が残り、そしてたまに思い出す。自分の中で都合良く作っただけの井上友里恵が。
「ちゃんと殺してあげないといけない」
その必要はあるのだろうか。
私がやる必要はあるのだろうか。
どうせ、答えはない。
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