エンバーミングカットアウト

ポンチャックマスター後藤

2012年3月某日 井上友香

○はインタビュアー

●はインタビュイー


●うちの子が殺されてそんなに嬉しいですか?私の世界は狂ってしまいました。狂っていないのは私だけです。私も狂う事ができれば良かった。おかしいですよね?お腹を痛めて産んだ子供が殺されて、それで冷静でいられる母親っておかしいですよね?こういう取材を何度もされているのでしょう?教えてください。本当の事を教えてください。私はおかしいですよね?頭が狂っていますよね?友里恵が死んで嬉しいですか?私は悲しいです。悲しいと思います。悲しいと思わなければいけません。


○井上さん、落ち着いてください。友里恵さんの事は本当にお気の毒です。


●どう感じたのかしら?娘は…私は賛成はしていなかったけど、あの子なりに必死に演技の練習したり…歌ったり…踊ったりしていたじゃない…そりゃ女優になれるような見た目じゃなかったし…もう25歳だったけど…あなたね、いえ、あなた達です。私の娘があの男に殺された時、色々考えたんじゃないですか?ストーリーとか、もしかしたら娘があの男をたぶらかしたとか、体の付き合いがあったとか。私ね、テレビやインターネットも全部見たんです。みんながそんな事を書くんです。ニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤしながら書いているんでしょう?あなたも…ええと名前はなんだったかしら?ごめんなさいね?高ぶってるのかしらね?でもしょうがないわよね?ほら!名前くらい言いなさいよ!


○藤田です。藤田健吾です…


●ふざけるな!どこの!誰の藤田なの!?ああ、ごめんなさいね?私、普通じゃないのかしら?やっと普通じゃない場所に行けるのかしら?ありがとうねえ!私、ずっと行きたいと思っていたの。あら、大変、忘れていたわ。お茶飲む?あの子が死んでから届いたの。あの子、一緒に飲めないですもんね?ほら、飲んで。供養だと思って飲んでください。お菓子もありますわよ?


○いえ…お気になさらず…


●あの子と私をもう一度殺しに来たお前が遠慮なんてするな!ああ憎らしい。そうよ。もしかしたらグルなのかもしれない。ねえ。あの男、名前はなんだっけ?私って薄情な母親なのかしらね?自分の娘を殺した男の名前も忘れてしまいそうなの。まだ殺されて半年も経ってないのに!ああ、怖い!!あら…お湯が沸いたわね?お茶入れるわよ?ほら。熱い熱いお茶だからね?答えてね?教えてね?あの男の名前はなんだったかしら?ほら、言ってくださらないの?あなたなんなの?何しにきたの?あらー!わかったわ!やっぱりグルね?あの男の味方なのかしらねえ!?あら。だったら私、どうしたら良いのかしら?あなたを許さないと思えば良いのかしら?教えてくださる?こんなのはじめてなの。そりゃテレビをはじめ色んな人が私の話を聞きに来たわよ。でも私、恥ずかしいことに何も話せなかった。頭の中でずっと言葉がめぐり続けるの。あの子の声がずっと響いてるの。私、どうして助ける事ができなかったのかしらね。ちょっと聞いていたの。変なファンがいるって。私、変なファンでもファンなのだから邪険にしちゃ駄目よって言ったの。どう思う?ねえ、どう思うのあなたは。


○井上さん、落ち着いてください…もちろん…本当にお気の毒に感じています…娘さんの命が…


●質問に答えろ!ねえ、あなたも思っているんでしょう?私があの子を殺してしまったの。ああ、あの子はあいつにも優しく振る舞ったのかしらね?私の娘。できの良かった娘。私はね。大学には行けなかったの。でもあの子は大学に行ったでしょ?東京理科大学ってご存知よね?飯田橋にあるの。飯田橋はご存知よね?川越からも一本で行けるのよ?そんなのどうでも良いのよ!私が殺したんでしょ!?みんな違うって言うの!でもそれは嘘よねえ?私が殺したって言えば私が死ぬって思っているのよねえ?あなたはなんだっけ?ノンフィクションライター?ねえ、私を見てどう思うの?私が娘を殺したって思う?人殺しって言ってみてくださる?ほら。どうして言えないの?はい、お茶をどうぞ。ごめんなさいね。お茶請けはゴーフレットがあったわ。これもあの子へのお供えなの。ほら、遠慮せずにどうぞ。笑ってるの!?私を見て笑っているんでしょう!今日も!私を見て!私が!娘をきちがいに刺し殺された母親を見て!あなたは笑うんでしょう!?あなた…もしかしたらあの男のご親類かしら?ああ、そうね、だから私を苦しめに来たのね?殺したいわ。私、あなたを殺したいわ。あなたも全部殺したいわ。私ね、多分死ぬ勇気ないの。でもその勇気ってどうやったら得られるのかしらね?もしかしたらあなたを殺したら得られるのかしらね?お菓子食べないの?あの子の日記でも見る?部屋?見たいんでしょう?ほら、見てやってください。あの子のお骨も見ますか?斎場の人がね、立派な喉仏だって言ってくださったの。見てあげてください。あの子を見に来たんでしょう?写真なんか見るな!見せないわよ!もう私も娘は骨になったのよ。何よあなた?本当になんなの?ライターなんて嘘なの?あらあら。悪魔なのね。私を殺しにきた悪魔なのね?ごめんなさいねえ!化粧もせずに迎えてしまって。ちょっと待っててね。


○井上さん…?井上さん!井上さ…ちょっと…ちょっと!


●ほら!これ!偶然らしいけど私の家の包丁ってあの子が殺された時に使われたのと同じなんですよ。私、そんな包丁で毎日お肉切ったりしてるの。だってねえ。うちの長男。まだ高校生だから。育ち盛りなのよね。昨日ね、煮豚作ったのよ。豚バラに包丁を刺す時に色々と考えてしまったの。ねえ。私って母親失格?でもね、息子のためにもまだ頑張らないといけないの。考えてみたらあの子って最初からいたのかしらね?幻みたい。いなかったのかもしれないわよね?答えて。お茶が冷めるわよ?


○大変な時に本当に申し訳ありませんでした。帰らせていただきます。


●次はいつ来るのかしら?来てね?必ずよ。私とあの子をもう殺さないでね?なんで取材を引き受けちゃったのかしらねえ!?もう何も分からない。でも何かわかるかもって思ったの!またいらしてね?必ずよ。果物持って帰りなさい。遠慮しないで。遠慮するってことはバカにしてるのよ。畜生。ほら、どうぞ。


○ありがとう…ございました…


~メモ~

完全にヤバい人だった。大抵の遺族は元気が無いか加害者への憎しみで溢れている。こういうパターンもあるのか。

弟さん、割と可哀想だな。

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