第12話 体育用具室

「あぁーっ! 疲れたっ!」


 昼休み。

 弁当を食べた後に体育館にある体育用具室の中で、優樹は授業で使う体操マットの上に寝転んだ。


「災難だったね?」


 その横に片脚を伸ばして、もう一方の片膝を立てた状態で座った来栖は、優樹をなだめていた。


「全くだ! 俺だけ集中砲火しやがって! 英会話は苦手だってのに!」


 キャッシー先生が初めて担当する英会話の授業で何故か彼女は、優樹を指名しまくった。

 その瞳には、ちょっとした復讐の炎が宿っていたのだが……二人とも気づく事は、無かった。


「大体なんで異世界のエルフが、英語をペラペラ話せるんだよ!?」

「そこは、それ……魔法でね?」

「便利だなあ……。来栖も、なのか?」

「この世界に来たばかりの頃に日本語で会話をする為に少しだけね……。英語は真面目に勉強しているよ? 文字だけは、どうにもならない筈なんだけど、キャシー先生は普通にテキストも読んでいたっけ……彼女しか知らない魔法があるのかなあ?」


 来栖は苦笑いをした。


 優樹は、そんな来栖を見詰める。


「でも、何だか懐かしいな……。ほんの少し前の出来事だってのに……」

「そうだね……」

「あの時のクリスは、可愛かったよなあ?」

「ユウキも、とても綺麗だったよ?」


 二人は互いに顔を見合わせて吹き出した。


 その拍子に優樹は、何か大事な目的を思い出す。


「行こうと思えば今でも……クリスの世界には、行けるのかな?」

「それは大丈夫だろう、と思うけど……どうして?」

「ビデオカメラを持って行こう、と思って……」


 そこまで言って優樹は、来栖が元々あちらの世界から来た女の子だった事を想い出し、急に恥ずかしくなって続きを話すのをやめた。


「ビデオカメラ? 何に使うの?」

「……何でも無いよ」

「なんだよ、それ? 隠さないで教えてくれたって、いいじゃないか?」


 長い間、男になっていたのなら……想像つきそうなもんだけどなあ……。

 やっぱり、中身は女の子だからなのか?


 優樹は何となく可笑しくなってしまった。


「なに、笑ってんのさ?」


 優樹に隠し事をされて、来栖は不機嫌になってしまった。

 優樹は欠伸をする。


「ごめん……。ちょっと、疲れた……。俺、ここで昼寝していくわ……」

「ねえ……ビデオカメラを何に使うつもりだったのさ?」

「クリスが好みの可愛さだったから、映像に収めたかったんだよ……」

「なっ……!?」


 優樹が、つい口走ってしまった別の言い訳を聞いた来栖は、頬を紅く染めた。


 来栖が絶句したまま、暫くの時が過ぎた。

 やがて、優樹から寝息が聞こえてくる。


 愛おしそうに優樹の顔を覗き込む来栖。

 優樹が完全に寝ている事を確認すると……来栖は彼に、そっと顔を近づけて小さな声で改めて御礼を言う。


「助けてくれて……ありがとう……」


 ゆっくりと躊躇いがちに、来栖は優樹に唇を近づける。


 優樹の額に向けて来栖は、軽くキスをした。


 そして来栖は、ゆっくりと顔を離すと……優樹を起こさない様に優しく彼の、おでこを撫でるのだった。




 少しだけ開いた体育用具室の扉の隙間から、その様子を覗いている者がいた。


「はわわっ……来栖先輩が……お兄ちゃんと……?」


 優樹の妹だった。




 - 続く? -

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だぶるすっ! ふだはる @hudaharu

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