第5話 宝物庫

『ちょっと、貴女……大丈夫?』


 直接ユウキの頭の中に女性の声が響いて、倒れていた彼女は、意識を取り戻した。

 まだ全身が痛みを伴っているけれど、気力を振り絞って立ち上がる。

 クリスがオーガに連れ去られてから、それほど時間が過ぎてはいない様子だった。


 クリスを攫っていったオーガの後を急いで追わなければ!


 ……でも今の女性の声は、いったい誰の声だ?


 ユウキは目が慣れてきて、暗い部屋の中に何があるのか少しずつ見える様になったので、辺りを見回した。


『良かったら、私の封印を解いてくれないかしら?』


 再び女性の声が、ユウキの頭の中で直接響いた。

 何故かユウキは、位置が分からない筈なのに呼び掛けてきたぬしの方へと、振り向く事が出来てしまう。


 ユウキの視線の先に、大きな鉄の十字架に鎖で縛られた剣が飾られていた。

 剣が収められている鞘は、剣の柄と同じ白い色をしていた。


 ちょうど武器が必要だと考えていたユウキは、剣を縛る鎖の戒めを急いで解き始める。


 剣に施された封印が、本当にあったのか? ……それとも実は、無かったのか……。

 剣を十字架に縛り付けていた鎖は、案外あっさりと解けてしまい……それはユウキにとって予想外の出来事で、彼女は拍子抜けしてしまった。


『ありがと♡ 私の名前は、クラウディア……。知性を持つ魔法剣よ?』


 ユウキはクラウディアを鞘ごと掴むと、オーガがクリスを連れ去ったと思われる方向へ、一目散に廊下を駆け抜けて行く。


『貴女、随分と急いでいるのね?』

「親友が攫われたんだ! 魔法の剣なら力を貸して欲しい!」

『お易い御用よ? ……と、言いたい所だけれど……貴女、剣を使って闘った経験は、あるの?』

「無い!」

『……えらい人に拾われちゃったわね、私……』


 ユウキが一心不乱に廊下を走って行くと、二階にある広いテラスに出た。

 ユウキはテラスの手摺りに掴まって外を見下ろす。

 ちょうど一階の外に当たる場所は、中庭になっていた。

 ユウキのいる場所の真下から門へと続く石畳で造られた道が、中庭に敷かれている。

 その道を門に向かってクリスを担いだオーガが、逃げて行くのが見えた。

 クリスを攫ったオーガは、この二階のテラスから地面に向かって飛び降りたのかも知れない。


「このままじゃ、クリスが連れ去られる!」


 クリスはオーガの腕から逃れようと暴れたり、何かの魔法で攻撃したりしている。

 しかし効果は無い様子だ。

 兵士達もクリスを奪い返す為に後を追いかけようとしていたが、他のオーガ達の群れに行く手を阻まれていた。


 暴れるクリスを担いで逃げていくオーガを見てユウキは、ある事に気が付く。


「敵のオーガ達は、転送の魔法で帰還する事が出来ないのか……」


 それなら、まだ追い付けるかも知れない。


 ユウキは下の地面へ飛び降りる為に手摺りを越えようとした。


『待って!? 貴女、どうするつもりなの!?』

「ここから飛び降りて、クリスの後を追いかけて助ける!」

『やめなさいっ! この高さを飛んだら屈強なオーガでもない貴女では、足の骨を折ってしまうだけだわ』

「じゃあ、どうしろって言うんだよっ!?」

『魔法の矢とか飛び道具系の武器は、持っていないの?』


 そうクラウディアに言われて、ユウキの頭に浮かんだ道具があった。


「テニスのラケットが、あれば……」


 この距離でも投石に利用すれば、逃げていくオーガに後ろから当てる事によって、ダメージを与える事が可能かも知れない。

 しかし……。


『それは今、持っているのかしら?』


 クラウディアの質問にユウキは、力なく首を横に振った。


『私を鞘から抜きなさい。そして柄を握ったまま刀身を高く掲げて、頭の中でラケットをイメージするの……早く!』


 ユウキは訳が分からなかったが、クラウディアの言われるままに彼女を鞘から抜いて高く掲げた。


『我が名はクラウディア……その名は雲を示すなればこそ……我が刃は、無形……』


 クラウディアの刀身が、白く光るテニスのラケットへと姿を変えていった。

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