第6話 テラス

 ユウキは、クラウディアが姿を変えた光るラケットによる投石に使えそうな物が、周辺に無いかどうか探し始める。


『待って!? 間に合わないかも知れないわ。私が力を貸すから、貴女自身でボールとやらを作り出しなさい』

「どうやって!?」

『私を右手で構えつつ左の手の平を上にして、そこにボールが現れる様に念じてみて?』


 とにかく今は、クラウディアを信じて言う通りにしてみよう……。

 ユウキは、そう考えてクラウディアの指示通りのポーズをとり、念じ始める。


 ユウキは、クラウディアの柄を持つ右手から、今は何も無い左手へと……何かの力が、身体を通して流れていくのを感じていた。

 ユウキの左手が熱くなる感覚に満たされていく。

 やがて黄色く光る小さな光球が、ユウキの左手の上に現れた。

 そして、それは段々と膨らんでいって、ボールと同じ位の大きさになっていく。


『今よっ!? よくオーガだけを狙って、彼女に当てない様に気を付けて!』


 そのクラウディアの言葉にユウキは、逆に戸惑い躊躇ってしまう。

 今まで幾度となく打ってきたサーブ。

 その威力は、ともかく……精度においてユウキは、特に自信がある訳では無かった。


 もし、間違えてクリスに当ててしまったら……?


 そう考えてしまったユウキの視線に、遠くにいるオーガに担がれたクリスの視線が、ぴったりと合わさる。

 彼女は、何故かオーガの肩の上で暴れるのをやめて、静かに動かずにいた。

 クリスはユウキが、これからしようとしている事を理解して、オーガにボールを当て易い様に、わざと大人しくしている。


 クリスの瞳は、しっかりとユウキを見詰めてきていた。

 

「あの目は……」


 テニスの男子ダブルスの試合で、ここ一番の重要な局面において……ユウキがサーブを放つ前に自分達のコートの中に立つクリスが、良く向けてくる瞳……。


 それは、ユウキを心の底から信頼しているというアイコンタクトだった。


 クラウディアの柄を握るユウキの右手に力がこもる。


 もう迷いは無い。


 ユウキはオーガに向けて強烈なサーブを放った。


 クラウディアの魔力が込められた黄色に輝く光球は、毎時180キロメートルという速度でオーガの胴体を貫いた。


 オーガは崩れる様に前のめりで倒れていく。


 クリスは力を失ったオーガの腕から抜け出すと、倒れていくオーガの巨体に巻き込まれない様に離れた場所へ飛んで着地した。


 仲間の一匹が倒れた大きな音に、何事かと他のオーガ達が振り向いて、クリスのいる場所へと近付いて来る。


「マズいっ!」


 数が多すぎる!

 ここから一匹ずつ打っていたんじゃ、間に合わない!


 ユウキはクラウディアを、もう一度だけ天高く掲げた。

 クラウディアの刀身の形は、ラケットからハンググライダーの様な物へと変化する。

 クラウディアを持ったままテラスからユウキは、クリスへと向かって飛んだ。


 ハンググライダーで滑空してクリスの側へと着地しようとしていたユウキだったが、その場所へオーガ達が近づいて来る。


「クラウディア! 剣の姿に戻ってくれ!」

『……健闘を祈るわ』


 クラウディアはユウキが着地する寸前に普通の剣の姿に戻る。

 ユウキは白く輝く剣を構えてクリスを庇いつつ、オーガ達を睨んだ。


 近衛兵達は、別のオーガ達の群れに阻まれて二人へ近づけない状態にある。


 一番近い位置にいるオーガに向かって、ユウキは駆け寄って剣を振るった。

 燭台の時とは違う確かな手応えを感じたが、致命傷には至らなかった。

 怒りに燃えるオーガの張り手が、ユウキを弾き飛ばす。

 ユウキは叩きつけられる様に地面を転がっていった。


「ユウキっ!」


 心配して駆け寄ろうとしたクリスの腕を、オーガが掴もうとした、その時……。


「私の花嫁に触れないでおいて貰おうか?」


 どこからか男性の声がして、オーガ達が次々と燃えていった。


 巨大な炭へと化していく燃え盛るオーガ達を見ながらユウキは、全身に走る痛みによって再び気を失いかけている。


 クリスが駆け寄って、ユウキの身体を起こした。


 泣きながら何事かを叫んでいる様に見えるクリスだったが、意識が朦朧としてきたユウキには、彼女が何を叫んでいるのかまでは聞き取れなかった。


 瞼が閉じかけていたユウキの瞳にクリスの背後から何者かが近づいて来るのが見えた。


 一瞬だけユウキの残された意識に緊張が走る。


 しかし、よく見ると……その何者かの表情は、とても穏やかで優しい感じがした。


 その人物は、長い金髪と長い耳を持ったイケメンだった。


 ああ……エルフの仲間が、クリスを助けに来てくれたんだな……。


 そう思って安心した瞬間に、ユウキは意識を失った。

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