第2話 脱衣場
ユウキは、密閉されたクローゼットの中に長時間も閉じ込められたいたせいで、汗だくになっていた。
クリスから湯浴みを薦められて、風呂場を案内される。
ユウキは風呂から上がると、脱衣場にある大きな鏡の前に立ってみた。
今のユウキの姿は、髪の色が炎の様に赤く、くせ毛の強いロングへと変わっていた。
肌の色には変化が無いし、部活のトレーニングで鍛えた筋肉も衰えている感じはしない。
しかし身体のラインは、女性らしく肉付きが柔らかい感じへと変貌していた。
クリスの実家に来る前の優樹と来た後のユウキで、決定的に違う事が二つあった。
まず一つ目は、胸が大きく膨らんでしまった事だ。
「女になると、意外と巨乳だったんだな……オレ」
そして、もう一つは……。
ユウキの目線は、下へと降りた。
今まで付いていた物が無いという状態にユウキは、何だか落ち着かなかった。
少しでも気を紛らわす為にユウキは、全裸の巨乳美少女の姿のまま鏡の前でポーズを取ってみた。
前屈みになると、真下を向いて少しだけ垂れた巨乳を両手で軽く持ち上げる様に支えて色っぽい視線を送ってみる。
「……使える」
次に来る時があればビデオカメラを持ってこよう、とユウキは思った。
「使えるって……何の話?」
ユウキは斜め後ろから突然、クリスに声を掛けられた。
「うわわわわっ!」
クリスは鏡の中に見える視界よりも外にいたので、ユウキは気が付かなかった。
ユウキは慌てて振り返ると、クリスを見る。
クリスも湯浴みを終えて、今はバスタオルを身体に巻いているだけの状態だった。
「な、なんでもない……」
ユウキはバスタオルを巻いただけの女性の姿をした親友から視線を逸らした。
ユウキの頬は、ほんのりと赤くなっている。
クリスは、やや不思議そうに微笑むと、小首を傾げてユウキを見詰めた。
「じゃあ、ユウキ……そこの鏡の前にある椅子に座って貰えるかな?」
クリスと同じ様にバスタオルを身体に巻いてからユウキが鏡の前に座ると、クリスは彼女の髪に手をかざす。
「風と火の精霊達よ……」
ドライヤーの様な温風が、ユウキの髪を優しく乾かしていく。
ある程度に乾いた所でクリスは、ユウキの髪をブラッシングし始めた。
慣れているなあ、とユウキは思う。
そう言えば時々、自分の妹に頼まれて来栖は、ブラッシングと三つ編みを彼女にしていてくれたなあ、とユウキは想い出した。
いつの頃からか優樹の妹は、彼が彼女の頭を撫でようとすると、嬉しいよりも少しだけ恥ずかしい気持ちがある様に見えていた。
しかし優樹と同じ男性である筈の来栖が、自身の髪へ触れる事に、彼の妹は一切の抵抗が無い様子だった。
ユウキは以前から、その事を少し不思議に感じている。
オレの手付きが乱暴で、クリスは優しいからだろうか?
ユウキは何と無く、そう思うと納得できた。
ユウキは鏡越しに今一度だけ親友の姿を確認する。
ショートだった髪は、色こそ変わらないものの肩まで長く伸びて左右に拡がっていた。
ユウキ程ではないにしろ胸も膨らんでいるのが、身体に巻かれたバスタオルの上からでも見てとれる。
下はバスタオルに隠されているので見えないが、今は多分……。
ユウキはクリスの顔へと視線を移した。
可愛かった。
男だった頃の親友の面影が無ければ、好きになってしまっていたかも知れない。
「どうしたの?」
ユウキの髪をポニーテールに結びながら、クリスは尋ねてくる。
「いや、耳がさ」
「ああ、これ?」
クリスは片手で髪を少しだけ掻き上げると、自分の耳に触れた。
彼女の耳は、長くなっていた。
「黙っていて、ごめんね……。ボクは自分の世界でエルフと呼ばれる種族なんだ」
クリスは苦笑いした。
「ユウキにしてみれば、少し気持ち悪いかな?」
「あ、いや……そんな事は無いよ? 少し、珍しかっただけ……」
「ごめんね? こんな事に巻き込んじゃって……」
「元はと言えば部長達の悪戯のせいだから、気にすんなって」
「別れ際に、みんなから……優樹は、もう帰ったって言われていたから……随分と薄情な奴だなって思っていたよ」
「ヒデェな」
二人は笑い合った。
ユウキは真面目な顔に戻ると、鏡に映っている女性となった自分の姿を再確認する。
「本当に……ここは、オレのいた世界と異なる世界なんだな」
クリスは頷いた。
「この世界とユウキのいた世界の間で移動をすると、なぜか性別が逆転してしまうんだ。何かの魔法だと思われるんだけど……原因は解明されていないし防ぐ方法も無い。もっともボクは、元々こちらの世界の住人だったから……性別が変わって男になったのは、ユウキの世界に行ってからだけどね」
クリスは女性物の下着を手に取ると、ユウキに渡した。
「小さいなあ……」
ユウキは、そう感想をぼやきつつ、それを履いた。
なんとも心許ないなあ……と、ユウキは思った。
ブラはクリスに手伝って貰って着ける。
そして、その上からエルフの女性達の普段着を身に着けながら、ユウキは質問をする。
「どうしてクリスは、オレ達の世界に来たんだ?」
「……元々は事故に巻き込まれたんだよ。ユウキのいた世界に辿り着いたばかりの頃は、大変だった。魔法が使えたから何とかなったけど……。目を瞑っていてくれる?」
クリスはバスタオルを外そうとしていた。
慌ててユウキは、クリスに背を向けて目を閉じる。
風呂に入っていた時もクリスは、タオルで前を隠していた。
自分の裸は、見られたのに……何だか不公平だな……。
そう思いつつもユウキは、素直にクリスの指示に従った。
クリスは下着や服を着ていきながら説明を続ける。
「最近になって僕達の高校の側にある大きな林と、このエルフの国の近くにある森を繋げるゲートが、深夜の十数分間だけ開く事が分かったんだ」
「ああ……ときどき幽霊が出るって、噂になっていた?」
「もしかするとエルフの国の兵士達が、ボクを捜しに来てくれていたのをユウキの世界の誰かが、見掛けたのかもしれないね。一応この国では、ボク……お姫様っていう立場になっているから捜索されてはいたんだよ」
「それでクリスは兵士達と接触する事が出来て、この元の世界へと帰れる様になった、と?」
「うん、まあ、そんな所だね……」
クリスの声のトーンが、落ちていった。
「でも高校生活が……部活も楽しかったから、まだユウキのいる世界に居たいって、御願いをしていたんだけれど……」
「けれど?」
「親に決められた許嫁が、この世界に帰って来られる様になる前からボクにいて……もう目を開けても、いいよ?」
ユウキは瞼を開くと、振り返ってクリスを見詰めた。
服を着終えたクリスの瞳は、少し哀しそうだった。
「ボクは……結婚する事になって、アパートから実家に……この世界にある、この城に引っ越す事になってしまったんだ……」
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