第7話 医務室

 ユウキは城内の医務室にあるベッドの上で目覚めた。


 瞼を開けると、側にある椅子に座っていたクリスの顔が間近に見える。

 横になっているユウキを心配そうな表情で覗き込む様に、クリスは見詰めていた。


「……無事だった?」

「……馬鹿……」


 ユウキの問い掛けにクリスは、そう答えた。

 微笑むクリスの瞳には、涙が滲んでいる。


 扉からノックの音がした。


「姫様、キャスバル様がユウキ様の御見舞いにみえられました。お通ししても宜しいですか?」


 ゆっくりと名残惜しそうに、ユウキから顔を離すクリス。


「……どうぞ」


 目に浮かべた涙を指で拭いながら、クリスは了承した。


「失礼する」


 メイドの姿をした女性のエルフが開いた扉から入って来たのは、ユウキが意識を失う直前に見たエルフの男性だった。

 長い金髪と長い耳をした二枚目の歳が若そうな男性は、片手を挙げて挨拶をしながらユウキとクリスの側へと近づいて来る。


 クリスは椅子から立ち上がると男性に向けて、お辞儀をする。

 ユウキも彼を出迎える為にベッドの上で上半身を起こした。

 医務室での治療のおかげかユウキに痛みは、余り感じられなかった。


 この人が、炎の魔法を使ってオーガ達を退治してくれたんだ……。


 ユウキは直ぐに理解できた。


「「助けて頂いて、ありがとうございます」」


 ユウキの御礼を言うタイミングが、クリスと被った。


「気にしないでいいさ。こちらも花嫁を助けて貰って礼を言いに来た身だからね?」


 相手の男性……キャスバルは微笑みながら、そう答えた。


 花嫁?


 ユウキはクリスを見た。

 クリスは頬を赤く染め、目を閉じて恥ずかしそうに頷く。


「えっ!? じゃあ、この人が例の二百歳の?」

「ちょっ!? ユウキっ!」


 驚いて、つい喋ってしまったユウキの言葉を押し戻すかの様に、クリスは慌てて彼女の口を両手で塞いだ。


「す、すみません……。後で、よーく言って聞かせておきますので……」

「はっはっは。……慣れているから構わんよ?」


 クリスの謝罪をキャスバルは、笑って軽く受け流した。


「……そんなに珍しいかね?」


 なおも驚いた表情を崩さないユウキに、キャスバルは尋ねた。


「はい……とても、お若く見えるので……」

「エルフだからね。実際に若いのだが……」


 キャスバルは苦笑する。


「いえ、それだけじゃなく男性なのに、お綺麗な方だな、と思って……」

「君の美貌には負けると思うが……有り難く受け取っておくよ」


 美貌?

 オレが?


 ユウキは再びクリスの方を向いた。

 そしてユウキは、自分の指で自分の顔を差す。

 クリスは、にこにこしながらユウキを見て頷いた。


「いや、あの……実はオレ……元は男でして……」

「ゲートの話は、クリス姫から聞いている。大変な目にあわせてしまって、すまなかったね?」

「そんな……とんでもないです」

「しかしクリス姫との見合いも兼ねた宴は、予定通り行われる事になった。ゲートが再び開いて、君が元の世界に戻れる様になるのは、深夜だ。積もる話もあるし……君の身体の具合が大丈夫なら、ぜひ宴に参加して欲しいのだが?」

「大丈夫です。ピンピンしていますから……」


 ユウキは片腕の肘を曲げて、力こぶをキャスバルに見せた。


「それは良かった……。では、後ほど宴の席で会おう。それまで、ゆっくりと傷を癒してくれ」


 キャスバルは扉へ向かおうとすると、クリスにも声を掛けた。


「それではクリス姫も後ほど宴の席にて、お会いしましょう」

「はい、楽しみにしています」


 キャスバルが部屋の外へ出ると、ユウキがクリスに感想を漏らした。


「いい人そうだね」

「うん……」


 いい人だが……クリスが望まぬ政略結婚の相手だ。 

 せめて、クリスの心の準備が整うまでの時間を用意してあげられないだろうか?


 ユウキはクリスの友人として、そう思っていた。


 小さな針が刺す様な痛みを少しだけ心に感じながら……。

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