第3話 大広間
ユウキが脱衣場を出てから、クリスに案内されながら廊下を歩いて行くと、大きな両開きの扉のある部屋の前に着いた。
扉の前には一人だけ兵士の格好をしたエルフの若い男性がいた。
クリスは彼に向かって何事かを伝えて、お辞儀をする。
兵士は敬礼すると何事かをクリスに話した様子だったが、ユウキにはクリスと彼が何を話しているのか、まったく分からなかった。
ユウキはクリスに尋ねてみる。
「あの人は、誰?」
「近衛兵の人だよ」
「何を話していたんだ?」
「……え? 単なる挨拶を……あ、そうか。言葉が通じないから……」
ユウキの質問の意味が、一瞬だけ理解できなかったクリスだったが、すぐ原因に思い当たった。
「ユウキ、ちょっと目を閉じていて貰えるかな?」
ユウキはクリスに言われた通りに瞼を閉じた。
するとクリスの片手が前髪に触れて、ユウキの額を露わにする為に掻き上げる感触が、ユウキの肌に伝わってきた。
クリスは自分の前髪も、もう片方の手で掻き上げて、ユウキと額同士を合わせてきた。
まるでクリスが、ユウキに熱があるかどうかを測っているかの様な姿だった。
「ク、クリス?」
「ごめん、ちょっと我慢して目を瞑ったまま動かないで?」
そう言われた時に少しだけ、クリスの吐息がユウキの口元に掛かった。
ユウキは若干、身体が熱を帯びた様に感じながら、額から彼女自身の頭の中へと何かが流れ込んでくる様な感覚に囚われていた。
「うん、これで良し」
クリスの額が、ゆっくりとユウキの額から離れた。
「じゃあユウキ、少し近衛の人と話をしてみてくれる?」
クリスが微笑んでユウキに指示を出した。
ユウキは近衛兵の顔を見る。
「こ、こんにちは」
ユウキは近衛兵に向けて会釈しながら挨拶をした。
「いらっしゃいませ、ユウキ様。私達の国へ、ようこそ。歓迎いたします」
近衛兵は、にこやかに言うとユウキに向かって敬礼をした。
クリスはユウキに向かって確認する。
「言葉が通じる様になったみたいだね?」
「……これも魔法なのか?」
「そう……ユウキが僕らの世界で使われている言葉で会話をできる様にしたんだ」
ユウキの質問返しにクリスは、微笑んだままで答えた。
二人が扉を近衛兵に開いて貰って部屋の中へ入ると、そこは豪華絢爛な大広間だった。
「今日の夕方から、ここで婚約を披露する為の宴が催されて……その、お見合いの席でボクは、初めて自分の婚約者と顔を合わせるんだ」
「今日が初めてだって!?」
クリスは部屋の案内と、その部屋で今日は何が行われる予定なのかをユウキに説明した。
ユウキは、その内容に大きく驚いた。
「相手は同じエルフで、ボクの国よりも大きな国の王様で、年齢が二百歳くらいで……」
「にぃひゃくぅ!?」
「でも、エルフだから……外見も中身も若い三十代前半くらいの人間の男性と変わらない筈だよ? 会った事は無いけどね」
ユウキの驚き様に、クリスは笑った。
「会った事が無いって……」
「ボクが、この世界へ帰って来られる様になる前に親が、勝手に決めた結婚相手だからね」
「いいのか? そんなんで?」
「ユウキの世界に男でいた期間が、長かったせいで少し妙な気持ちだけれど……」
クリスは俯いて少し考え込んだ。
「今……ボクらの国は、少し面倒な事になっていて……どうしても強力な大国の助けが、必要なんだ……」
「政略結婚?」
「……みたいなもの……かな」
そう言うとクリスは、ユウキの視線から目を逸らして頷く。
ユウキは、酷く弱々しい姿のクリスの両肩を掴もうとした。
その行為は運命に翻弄されるクリスを慰める為のものだったのか?
それともユウキは、彼女に……嫌なら止めろ! ……と、はっきり言うつもりだったのだろうか?
ユウキの両手が、クリスの両肩に触れようとした……その時だった。
大広間の扉が勢い良く開いて、慌てた様子の近衛兵が中に入って来る。
「クリス様! 避難して下さい! オーガの群れが突如、城内に現れました!」
「敵が!?」
その近衛兵の報せを聞いたクリスは、顔が青ざめていった。
「……敵?」
ユウキは事態が把握できずに近衛兵とクリスの顔を交互に見てしまう。
「ユウキ! こっちへ!」
クリスに手を引かれてユウキは、大広間を飛び出す様に後にした。
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