第9話 見合い会場

 クリスとキャスバルの見合いの宴は、滞りなく進行していた。


 その宴の席で二人が、近い時期に結婚する事を参加者達に改めて発表されて、この国の王であるクリスの父親と母親も喜んでいた。


「早速、転送の魔法を防ぐ結界を張れる魔術師を数人ほど、この城へと派遣しましょう。交代させながら結界を維持する様にして下さい。敵が城内に突然あらわれる様な事は無くなるでしょう。また、この国の魔術師達が、その結界魔法を学ぶ事の出来る様に手配します」


 キャスバルは宴の席で、そう約束した。


 クリスの父親と母親、そして城内で働く近衛兵達やメイド達から安堵の表情が見てとれる。

 クリスも複雑な気持ちだったが、その約束を取り付けられた事を素直に喜んでいた。


 ユウキは、その様子を見ながら……これで良かったんだ、と自分を納得させている。


 しかし……。


「ところで、ユウキ殿。君は今回の対オーガ戦の最大の功労者だ。何か望みがあれば、なんでも一つだけ叶えよう……。何か、あるかい?」


 突然キャスバルがユウキに、そんな事を尋ねてきた。

 ユウキは驚いたが、落ち着いてキャスバルに確認をする。


「なんでも……ですか?」

「もちろん、私に出来る事に限らせて貰うが……」


 問い掛けたユウキの真剣な眼差しにキャスバルは、思わず予防線を張ってしまった。


 ユウキは少しだけ考える。

 しかし彼女の望みは、既に決まっていた。

 それでも……この場で、その願いを口にする事に躊躇いがあったので考えたのだ。


 ユウキは勇気を振り絞って、キャスバルに己の望みを伝える。


「クリスとの結婚を、今少しだけ待って貰えませんか? 高校を卒業するまでの間だけで良いですから……」


 宴の場が凍りついた。


 クリスは驚いて目を見開いている。

 彼女の両親も一緒だった。

 メイド達は声こそ出さなかったものの、全員なぜか喜色満面の笑顔だ。

 兵士達は驚いている。


「もちろん魔術師達の派遣は、予定通りで御願いしたいのです」


 ユウキは注文を付け加えた。


「何を身勝手なっ!」


 キャスバルの斜め後ろに控えていた彼の親衛隊であるエルフ族の女性騎士が、気色ばんで叫ぶ。

 キャスバルは、それを片手で制した。


「……クリス……君は、どうだ? まだ私とは、結婚したくは無いかね?」


 両親が心配そうな目を向ける中でクリスは、少しだけ迷ってからハッキリと答える。


「今この国にとって、この婚姻は重大な意味を持っています。でも、ボク……いいえ、私にとって異世界の学校での生活もまた、とても大切である事に違いはありません……。一人の高校生として学問を、きちんと修めておきたいという思いは、確かにあります」


 クリスの母親が、後ろ向きに倒れそうになったのを父親に支えられた。


「私は……高校生活をユウキと共に過ごしてきました。同じテニス部で頑張って……今年の春は、県大会で優勝もできました。夏を過ぎれば、秋季大会もあります。大学までは行けないでしょうが、その為の受験勉強というものも、経験しておきたいという思いもあります」


 クリスの目から、わずかばかりの涙が流れる。


「私は嬉しいです。こんなにも私の事を想ってくれている友人がいた事が……。彼女と……いいえ、彼と一緒に高校を卒業したい……。今は素直に、そう思えます」


 キャスバルは目を閉じると、後頭部を片手で掻いて溜息をついた。


「自分が叶える事が出来る願いなら、なんでもと言ったのは、私からだからなあ……」


 そして瞼を、ゆっくりと開く。

 キャスバルは、少しだけ恨めしそうにユウキを見詰めた。


「分かった……。ユウキ殿、クリス姫の高校生活を君に預けよう。よろしく、頼んだぞ?」


 ユウキは無事に希望を聞き入れて貰えた事に、ほっと胸を撫で下ろした。


 クリスは両手で口を覆って涙する。


 メイド達は全員で我慢しきれなくなって歓声をあげてしまった。


 今にも駆け寄って親友を抱き締めたい。

 流石に今は不味いだろう……と、ユウキは衝動を抑えるのに苦労していた。


 その代わりであるかの様に、キャスバルがユウキに近づいて来る。

 彼は微笑みながらユウキの手を取って握った。


 握手を交わす二人を割れんばかりの拍手が包み込む。


 キャスバルはユウキに顔を近づけて、そっと周囲に聞こえない様に尋ねる。


「しかし、ユウキ殿……。貴女は本当に、その願いで満足したのかな?」


 その問い掛けの真意を、まだ理解できる筈も無いユウキだった。

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