第18話 初仕事はワーム退治 2
重々しい音を響かせて地下倉庫の扉が開いた。
ゾルタンの屋敷の地下に作られた倉庫はまるで金庫室のような外見同様に、内部の壁もしっかりとレンガで補強されている。
大きく無骨な天上灯が照す倉庫内部にはかなりの数のワイン樽が保管されていた。
樽が天上近くまで積まれた棚が両側に並び、その間を縦横に通路が走っている。
入口から続く中央の通路からは奥の壁が遠くに見える。横幅、奥行きともに相当の広さがあるようだ。
「これは、広くて立派な地下倉庫ですね」
俺が素直に感想を述べると、ゾルタンは自慢げにうなづく。
「ええ、奥行きは50メートルほどあります。私は各国からワインやウィスキーなどの輸入を行っておりまして、温度変化の少ない保管場所の確保は大変なんです。すぐに配送する商品は工業区の倉庫で扱ってますが、ここには特に重要なお客さまへの貴重な品を納めているのです」
「なるほど、ですがこの住宅区だと大量の貨物を運ぶのは大変でしょう?」
工業区は住宅区の反対側に位置しているため他国から届いた荷物をわざわざ工業区からここに運び入れ、再び運び出して相手先に届けるというのはかなり非効率なはずだ。
「申しました通り、重要なお客さまへの大切な商品に『もしも』のことがあってはいけません。手元に置かないと安心できない性分でして・・・」
それなら警備の厳重な貴重品用の倉庫だって工業区にはあるはずだが、相当な心配性なのかもしれない。
確かに商人は顧客からの信頼が命だ。手間や費用を惜しまずに安全確実に納品するのが信頼に繋がるだろうしな。
まして相手が大物なら尚更慎重になるのも解る。
「ですから商品に被害がおよぶ前にワームの駆除をどうかお願いします」
ゾルタンはまるでこの話はこれで終わり、とばかりに話を打ち切った。
「あ、失礼しました・・・。ではここから見る限りワームの姿は無いようですが、ワームが現れた場所に案内して頂きますか?」
「そうですね!こちらです・・・」
と、ゾルタンの案内で倉庫の通路を奥に向かう。倉庫内には樽に使われた木の匂いと少しのお酒の匂いが充満していた。
静まりかえった広い倉庫には俺達が木の床をあるく音だけがこだましている。
ちょうど倉庫の真ん中辺りに差し掛かった時、リンネが突然俺の背中に身を寄せて、両手で手を握ってくる。
「おい、どうしたんだリンネ?」
「わかんないけど、おでこの内側がピリピリする。なんか怖いよ・・・」
確かに広くても閉塞された音のない空間というのは恐怖を感じるかもしれないが、リンネがこんな怯え方をしたのは初めてだった。
もしかしたら近くに潜んでいる大量のワームの気配を、本能的に感じているのかもしれない。
なんといってもリンネは狩猟や戦闘を得意としたエルフ族だからな。
ふと振り替えると、最後尾を歩いていたココットも脚を止めている。そして床をじっと眺めたあと、注意深く少し歩き、また二、三歩後退。
こいつもまた変な動きをしている。
「おい、ココット?なにやってんだ?」
俺が声をかけたので前を歩くゾルタンもココットを怪訝そうに振り替える。
「あ、えーと、床の段差でつまずいちゃって、おはじき落としたの~!」
お、おはじきって最近の子供は持ってねえだろ!やはりとっさの言い訳の発想に年齢を感じるよな。
ココットは後ろ向いてしゃがみこみ、すぐに立ち上がる。
「みつけたよ~!ごめんなさい~」
舌をぺろっとしながらペコリと頭を下げる姿は誰が見ても可愛い普通の幼女のそれだ。
拙い話し方に見た目相応の幼い仕草は、明らかにいつものココットとは違う。
「そうかい~それはよかった!今度はつまずかないように歩くんだよ。お嬢ちゃん!」
ニコニコとそれに応じるゾルタンもココットの言葉を微塵も疑っていないようだ。
あの見た目なら、中身がアラサーの口の悪い女だとはまさか思うまい。
「しかし、カイルさん。ファミルさんからお話は聞いてましたが、あのお二人のお嬢さんはかなり若いようですね。その、大丈夫でしょうか?」
前を歩くゾルタンが少し声を落としながら俺に苦笑する。
ゾルタンの心配は最もだ。
見た目が8歳と13~4歳の女の子が魔獣と戦うなんて誰が聞いても不安になる。
「その点は大丈夫です。二人とも実際に依頼で魔獣と戦ってますから。ココットは魔法、リンネはクロスボウを得意としてますので、その辺の大人の男よりずっと頼りになりますよ」
むしろ、このメンバーの中で一番戦闘力が低いのは大人の男の俺だろうな。
「そうですか!それを聞いて安心しました!」
ゾルタンは心底ほっとしたように破顔する。
そして少し歩くと、ゾルタンが歩みを止めてワイン樽が並んだ奥の通路を指差した。
「床が抜けて大量のワームが出てきたのはあの通路の奥なんですよ」
そう言ってゾルタンは一歩も動かずに俺をじっと見ている。
『自分は行きたくないから見てきてくれ』ということだ。
「リンネ、ココット、戦闘準備。密集隊形で注意して進め」
「「りょ~かい!」」
俺の指示に元気よく二人は返事をしているが、ココットの表情は『何偉そうに命令してんのよ』と言っていた。
近接職の俺が先頭で樽を積んだ棚の間をゆっくり進んで行く。
すると通路の一番奥、床が割れて窪んだ場所で何かが動いている。それは子供の頭くらいの大きさの茶色い物体で、穴からこちらを伺っているらしい。
ワームだ。
同時に向こうもこっちを敵と認識したらしく、頭の下に付いている牙をキリキリと鳴らし始めた。
それに呼応して床の穴から次々とワームが現れる。
「うわぁぁっ!で、でたっ!みなさん、お願いします!」
さっきの場所から通路を覗き込んでいたゾルタンが怯えた悲鳴をあげる。
図鑑で見た通り、全長50センチほどの形も色もウインナーに似たワームは俺達を取り囲むように数を増してゆく。
「カイルっ!やっちゃわないと、どんどん数が増えてくよ!」
「わかった!みんな攻撃開始!囲まれないように注意して戦え!」
「わかった!」
俺の号令でリンネが放ったパワーショットを皮切りに、ココットはフレイムボールの詠唱を始め、俺は地味に魔杖で近くのワームをぶん殴る。
リンネの放つクロスボウの鉄矢に貫かれたワームは体液を撒き散らして転がり、ココットが放ったフレイムボールは一度に数匹のワームを黒焦げにして吹き飛ばす。
一方、俺は力一杯魔杖の頭でワームをガスガス殴るがなかなか倒せない。
「一匹にいつまで手間取ってるのよ!役立たずね!」
「思いきり殴ってるけど死なないんだから仕方ないだろ!」
今はココットとリンネの活躍のおかげで包囲される事は防いでいるものの、明らかに倒すより穴から沸いてくる数の方が多い。
自分の戦闘力の無さが悲しい。
すると防戦する俺達に向けて、後方に居たワームが鎌首をもたげるようにして身体を震わせた後、『溶解液』を放ってきた。
次々と放たれる溶解液に、一時後退を指示して俺達は中央の通路付近まで下がる。
放たれた溶解液が周囲の床や樽に着弾すると、表面が焼けただれるように溶けてゆく。皮膚についたら大火傷だ。
「ひいいっ!商品がぁ!みなさん、早く駆除してくださいよ!」
次々と表面が焼けただれれていくワイン樽にゾルタンも悲鳴を上げる。
しかし、今は中央の通路で食い止めているが、このまま数が増えると俺達だけでは抑えきれなくなるだろう。
「みんな、こっちに来てくれ!裏からこの棚を倒すぞ!」
ワームが出てくる穴の脇にある棚の裏に回り込むと、三人で棚に体当たりを食らわせる。
「「「せーのっ!」」」
二、三度体当たりをすると軋みを上げてゆっくりと棚が倒れ、その隣、その隣とドミノの様に次々と棚が倒れてゆく。
もうもうと巻き上がった埃がおさまると、棚から崩れた樽で倉庫の床の半分が埋め尽くされている。
「あぁぁぁ!何て事するんだ!商品がめちゃくちゃじゃないか!」
ゾルタンは頭を掻きむしって狼狽えていたが、棚の間に蠢いていたワームは退治できたし、湧き出てくる穴も塞げた。
ワイン樽だって破損してない訳だし、とっさの機転に誉めてもらってもいいはずだ。
「あーあ、派手にやったわね~。でもあんたにしてはいいアイデアだったわね」
珍しくココットからのお誉めの言葉。
「だけどあのワームの数は異常よ。どこから来てるのかを突き止めないとね・・・」
そう独り言ちると、ココットは何か閃いたように俺を振り替える。
「ねぇ!さっきのあの場所の床、足音が違ったの、気付いた?」
ココットが指差したのは、つまずいたと言ってしゃがみこんだ場所だ。
「そうだったか?全然解らなかったけど」
「鈍いわね~、たぶんあの床の下だけが空洞になってるのよ。きっと何か秘密があるわよ・・・」
すると突然、それを肯定するかのようにココットが指差した場所の床がバーンと大きな音をたてた。
そのまま立て続けに下から何度も床を突き上げるような音と衝撃の後、火山噴火のように床板が悲鳴のような音をたててどんどん盛り上がっていく。
やがて倉庫の中央の床をメキメキと突き破って現れたのは今までみた物より10倍以上も巨大なワームだった。
まさに数メートルはあろうかというでかいフランクフルトだ。
・・・これでしばらくフランクフルトは見たくないな。
「でかっ!なんだこいつはっ!」
「カイルっ!おっきなう○こみたい!こいつがボスっ?」
「うん○言うな!」
○んこは別として、リンネが言うようにゲームでよく見る雑魚戦の後のボス戦といった感じの登場の仕方だ。
「ちょっと、こいつは接近禁止指定のクイーンワームじゃない!なんでこんな高位の大形魔獣がここにいんのよ!!」
ココットが幼女の演技も忘れてへたり込んでるゾルタンに怒鳴りつける。
「し、知りませんよ!こちらが聞きたいくら――」
「避けろぉぉぉぉ!!」
「「うわぁぁぁ!!」」
言い切るのも待ったなしでクイーンワームが俺達を目掛けて頭を叩きつけてくる。
もちろんこれはゲームじゃないので戦う前の会話だと言っても待ってくれない。
どうにか避けたものの、俺達を狙ったクイーンワームの攻撃で、床に転がっていた幾つものワイン樽がくだけ散る。
だが不思議な事に、樽から漏れだしたのはごく少量のワインと藁くずだった。
その藁くずの中には油紙に包まれた物体が沢山入っている。
「何これ?中身はワインじゃないじゃん!」
俺が油紙の包みを開くと、そこから出てきたのは鈍く光る『拳銃』だった。
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