第8話 初めての戦闘訓練 2
召喚獣訓練施設のグラウンドに設けられた広い野外訓練場では、すでに様々な種の召喚獣達が訓練を行っていた。
訓練用の召喚獣を相手に単身で戦うパーピーや、飛んで来る砲丸を身体で受けて物理防御を鍛えるアイアンゴーレムなど、どの召喚術師も自分の召喚獣のステータスアップに余念がない。
召喚獣の強さは、そのまま術師のキャリアに反映するからな。
俺はリンネを連れて『野外基礎訓練場』に向かう。
そこは動かない訓練用の召喚獣を標的にして、武器の習熟訓練を行う場所だ。
クロスボウに武器特性があるリンネはしっかりと習熟訓練を行って、武器技能を高めなければならない。
俺は訓練場のトレーナーに訓練施設利用証を渡す。
トレーナーは利用証にかけられた記録魔法を鍵言語で解き、さっき記録されたリンネの身体能力や技能データを確認する。
「ほう、エルフ族か?!ここまで人間そっくりな召喚獣なんて初めてだな……」
受付やトレーニングルームでは流れ作業だったからか、珍しいリンネにもあまり気にされなかった。
しかしここではトレーナーが専属で付き、召喚獣の種類や能力に合わせた訓練をしてくれるから、注目されるのは当然だ。
「しかもなかなかの基本能力だね!しっかり育成すればかなりの強さになる召喚獣だよ、これは!いやぁ、これは訓練のしがいがあるなぁ!」
リンネのデータに目を見張りながら熱っぽくまくしたてる。
長年多くの召喚獣の訓練をしてきたであろう中年のトレーナーも興奮を隠しきれないようだ。
自分の召喚獣が誉められるのはなんかすごく誇らしい。
リンネも誉められているのが分かったのか、「わたしって、凄いらしいよ!」と言いたげなしたり顔で俺を覗き込んでくる。
はいはい、リンネは特別な、自慢の召喚獣ですよ!
という意味で笑い返してやると、テヘヘ、と照れたように微笑む。
全く、さっきは武器が扱えなくてあんなに凹んでたくせによ~。
「さて、早速だがどんなものか見せてもらおうか。お前さんの得物はクロスボウか。器用と俊敏が高いからいいチョイスだ。必要ないとは思うが、一応あんたの複製精紋も借りておくぜ!」
トレーナーは訓練証に記録されたリンネの召喚獣登録証データから複製された精紋、つまり召喚獣を扱うためのパスワードを読み取る。
これは未熟な召喚獣や犯罪に利用された召喚獣の動きを一時的に抑え込む為に、召喚術師は資格取得と同時に王立騎士団の召喚術部門に全て登録されている。
「じゃあ……、リンネちゃんだったか?まずは基本攻撃からだ。この位置に立って、あのクレイエレメントを攻撃してみろ!」
トレーナーの指示に従い位置についたリンネは基本の構えで前方の大きな土塊、クレイエレメントを狙う。
「始め!」
合図で素早く腕を上げつつレバーを引き、続けざまに5連射。
短い鉄矢は吸い込まれるように浮遊するクレイエレメントに命中。
クレイエレメントはダーツの矢が刺さったリンゴみたいになって浮いている。
「こりゃあ見事だ。基本攻撃は一射でいいんだが、もうお前さんは速射スキルまで身に付けてるのか!」
リンネは最初から5連射してたから考えもしなかったが、普通は一発撃つ度にクロスボウを下げてレバーを引かなければならない。
狙いを付けた状態のまま片手でレバーを引いて連射するには相当の腕力と集中力が必要となるはずだ。
「この調子ならすぐに模擬戦闘もこなせるだろう。召喚獣の訓練はこっちに任せて、あんたも召喚獣戦闘の使役訓練受けてきな。この子の学習速度なら、術師の方が置いてかれるぜ!」
そういえば召喚獣の訓練ばかりで、俺自身の召喚獣戦闘の訓練は大学で習った基本戦闘術しか知らない。
トレーナーの言う通り、使役する術師の指揮能力が低ければ成長の早いリンネを使いこなせないだろう。
俺はトレーナーにトレーニングを任せると、心細そうに俺を見送るリンネの姿に後ろ髪を引かれる思いで建物内にある召喚術師専用の訓練区画に向かう。
ここでは召喚術師が習得すべきあらゆる技能を習得することができる。
案内板を見ると、多くの講義室が並び、受講可能なカリキュラム一覧が表示されている。
ざっと見ただけでも、
基本戦術及び応用戦術戦闘、召喚獣戦での戦術・陣形、各種モンスターの弱点、補助魔法の習得、複数同時召喚における使役方法、パーティ戦闘方法、騎士団からの戦争参加依頼など大規模戦闘における戦闘方法などなど・・・。
うえ!ようやく大学を卒業して召喚術師国家試験に受かっても、また勉強かよ!
とりあえず、召喚獣戦闘の初心者の俺はまず基本戦闘術から受講することにした。
・・・召喚獣戦における基本戦闘術とは使役専属方式、つまり術師が後方に下がり、召喚獣に指示を出すことに専念する戦闘法だ。
複数同時召喚や召喚獣に使わせるスキル、魔法など思い通りに細かな命令が出来る反面、術師自身が参加出来ず、攻撃の手数が減り、あわせて術師自体が無防備になるデメリットをもつ。
この戦闘術は相手が知能の低い低位魔獣や少数の場合は有効だが、相手の数が多い場合、知能の高い高位魔獣や接近禁止指定の高戦力魔獣である場合、相手が人間だった場合は避けるべきである・・・
うん、この辺は大学の基礎講座で習った覚えがある。知能が高ければ、召喚獣よりもまず術師を狙うからな。
・・・次に応用戦闘術として随意行動方式、召喚獣に戦闘行動を任せる戦術がある。これは予め召喚獣に簡単な行動目的を指示し、術師自身はそのサポートや戦闘主体として積極的に攻撃に参加する。
術師自身で攻撃や防御が行える半面、訓練度が低い場合や知能が低い中位B級以下の召喚獣の場合はフリーズ、行動遅延、暴走などの状態異常に陥る危険性を伴う・・・
なるほど、自分で考えて行動させる場合は諸刃の剣ともなりうるのか。知能の高いリンネだって最初は噛みついてきたり、どうすればいいか分からず混乱したりしてたから、様々な経験を積ませる事が必要だって事だな。
こうして基本戦闘術講座を終え、次に何の講座をうけようか考えながら見て回っていると、召喚術師専用の室内訓練場が目に止まった。
確かに召喚術師は召喚獣を使役して戦う事がメイン火力だが、サポート攻撃や魔法も重要なダメージソースだし、中には自らがメイン火力として戦う武闘派の召喚師すら居る。
召喚師もまた武術訓練は必須なのだ。
ちなみに俺の大学時の必修武術は魔杖術だった。とは言っても俺の魔力レベルはCクラス。
攻撃魔法威力、微小。生命回復量、微小。強化バフ持続時間、極短。弱体異常付加確率、小。
かと言って他に剣術などの得意技能がある訳でもなく、魔法を撃ちながら杖で戦うしか選択肢が無かったんだが・・・。
俺もまた魔杖術の練習しないとな。
ぼんやりと武器を振るう他の召喚術師達を眺めていると、その中に見知った顔を見つけた。
「はぁーーー!ルナ、ファシム、エル、モナスッ!!」
幼馴染の一人で大学のクラスメイトだったライリー・ハミルトンが呪文を唱えると魔杖の先に炎が現れ、みるみるバレーボール大に膨らむと弾けるように前方へ放たれる。
炎は曲線を描き、移動する標的の木人に命中して粉々に吹き飛ばした。
魔法生物や魔法技術が溢れたこの世界では攻撃魔法は減退し、通常兵器より劣るため過去の遺物と化している。
それでもこの魔法威力は相当な物だ。
「よう、ライリー!相変わらず攻撃魔法の強化訓練続けてるんだな」
「あ!カイル君、久しぶり!やっぱ攻撃魔法は魔術をたしなむ者のロマンでしょ~!・・・僕は必ず偉大な魔法使いになる事が約束されているからね!」
前からこいつはそんな事を言ってたが、その根拠がよく分からない。
「一体、お前のその自信はどこから来るんだよ?」
「え?だって僕って大人の女性に興味ないだろ?この年でもこれほどの魔法能力があるんだから、40歳になれば大魔導士さ!」
・・・ああ、こいつはロリコンだしな。
『その者、青き心のまま純潔を貫き、齢40にして魔道の極みに至れり』
という王都に伝わる都市伝説を信じてるのか・・・。
「そんな事より、カイル君の可愛い金髪ロリッ娘召喚獣は?!どこに居るの?連れてきてないの?・・・まさかあの子に手出ししたんじゃないだろうね!」
いつものひ弱なボウヤのライリーのとは思えない勢いで俺に迫ってくる。
「ば、ばか!あいつは召喚獣だぞ!例えそうじゃなくてもあんな幼い子に手出しなんかしねえよ!」
「そうだよね、美幼女や美女児は決して触れず、大切に愛でる存在だもんね。その分、僕は副産物でたっぷり楽しむけど!」
「別に愛でてもねえよ!てか、副産物ってなんだ?」
「副産物ってのは使用済の下着にリップ、食器、文房具・・・。とにかく触れた物すべてさ!ねえ、君の召喚獣の副産物譲ってくれないかな?いや、買ってもいい!」
ああ……。見た目は可愛い男の子って感じなのにライリーはどこまでも残念な奴だった。
副産物とやらの値段交渉に持ち込もうとするライリーを適当にあしらい、リンネが訓練する野外訓練場に戻る。
すると、その一角に人だかりが出来ていた。その人垣をかき分けて行くと、広い射撃訓練場の中央に立つリンネの姿があった。
リンネを取り囲むように、地面には幾つかの標的用の召喚獣が現れる魔方陣がある。
「よし、つぎは同時に三体!始め!」
トレーナーの合図と同時に魔方陣から三体のアイスエレメントが出現すると、バラバラに動きながら一体がリンネに突進してゆく。
リンネは素早く前転してそれを避け、すでに装填済の鉄矢を前方の一体に打ち込む。
鉄矢が命中したアイスエレメントは氷の粒を光らせながら砕け散る。
立て膝のまま装填中のリンネを狙って、すかさず二体目が向かってゆく。
間に合わねえ!っと思った瞬間、リンネは地面に着いた手を支点に華麗な回転キックでアイスエレメントを打ち砕く。
ジーンズ地のハーフパンツから覗く細い脚の遠心力を用いてそのままクルリと立ち上がると、突っこんで来た三体目に止めの一発で仕留める。
「訓練終了!そこまでだ!時間、10,7秒!最速記録更新だ!」
トレーナーの声に、呆然と見ていたギャラリーから大きな喝采が巻き起こる。
もう複数戦闘訓練までもこなしてるのか……!
リンネの戦闘技能習得速度は驚異的で、ついさっきまでとは別人のような動きだった。
呆気に取られる俺を見つけたリンネが満面の笑顔で駆け寄って来る。
「かいる!見た?しんきろく!私すごい?ねぇ!」
「あ、ああ……!すごいよ、リンネ!お前は戦いの天才だな!」
褒めて、褒めて!とばかりにピョンピョン跳ねながら催促してくるリンネの頭を撫でてやると、うっとりとした表情で微笑む。
「いや~、リンネちゃんには本当に驚かされるよ。聞けばクラスは極超高位級だっていうじゃないか!騎士団召喚術本部のデータからもこの個体は世界に一体しか確認されてない。まさに魔術史に残る特別な存在だ!」
興奮冷めやらぬ様子のトレーナーに礼を言って別れると、プルムを探して模擬戦闘の実技研修室に向かった。
だか、講義に続いての実技研修はまだ数時間掛かるらしく、俺達だけ先に帰ることにする。
途中で立ち寄ったスーパーでの買い物帰り、ご機嫌な様子で魔女っ娘アニメの主題歌を歌うリンネの横顔を眺める。
「こんやは~、わたしが全部つくるね!」
振り返って無邪気に微笑むリンネが浮かない顔の俺を見て不思議そうに小首をかしげている。
リンネの凄さに比べて、召喚主である自分のちっぽけさ、不甲斐なさに今更ながら愕然としていたのだ。
見た目はほぼ人間、中身は小学生なのに、既に大人どころかその辺の召喚獣よりも強い。
その正体は2000年前に滅んだ伝承の種族、エルフ。世界でたった一体の極超高位級の特別な存在か・・・。
だけど俺は武術も魔法の才能も無く、ギリギリで試験が受かっただけのノーコン召喚術師。
そんな俺が召喚出来るはずのないリンネをこの世界に放り込んでしまった。
たった一人ぼっちの世界で一生を過ごすリンネに、俺はどんな人生を与えてやれるんだろう。
そう思うとたまらなく心が痛んだ―――
これまでの召喚獣の成長値(演習センターのデーター共有による基本能力値を加算)
腕力 26 器用 35 俊敏 23 魅力 37 魔力 15 知力 48 社会性 38
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