第11話 初めての召喚獣戦 1
俺はリンネを連れて、エルフェリア中央区西口とある小さな雑居ビルの前に着いた。
周りのビルには赤やピンクの極彩色の看板が並んでいる。
この界隈は居酒屋、バー、コスプレ居酒屋、キャバクラなどが集まっている大人の街、歓楽区だ。
俺だって20歳、大人ではあるんだけどこういう場所はまだ未体験だし、正直怖い。
そんな周囲の雰囲気のせいでもあるけど目の前の雑居ビルも怪しい。
築40年は経過してると思われるレトロなデザイン。煤けた壁に壊れたままの郵便ポスト。
ポストを見ると、5階建のビルにテナントスペースは5つ、1階はバーが入って、目的の会社は3階。あとは空きスペース。
3階のポストにはピンク色のペンギンが可愛くデフォルメされたプレートと安いデザイン文字で『ピンクペンギン』と書かれている。
やっぱ、大人のおもちゃでも売ってそうだな。
様子を見るだけなのに、入りづらい。ここに入る人って、この会社に用事がある人しか居ないじゃん!
エントランスは古い煤けた蛍光灯のぼやけた灯りに照らされてとても不気味だし。
暇になって路肩にしゃがみこみ、ダンゴムシをつついてるリンネの脇に立ち、入ろうか帰ろうか迷っていると、早足で歩いてきた男女がビルに入っていく。
女の方は、明らかに水商売だろって感じの、タイトなナイトドレスにファー付きのコートを羽織った綺麗なお姉さん。
俺達に気付いたらしく、すれ違いざまに俺に微笑みかけていった。
後ろに付き従うように入っていった男は、ガタイの良い浅黒いスキンヘッドのおじさん。
地味な黒っぽいスーツを着込み、まるでボディーガードだった。
うわ、関わっちゃいけない人達だよきっと!ここに入るって事は、あの会社の関係者か客だろ!
帰ろう、ここに居ちゃいけねえ……。と踵を返した道の先から、何やらピンクの塊が駆けてくる。
「わぁ~、遅刻、遅刻ぅ~!」
と、ベタなラブコメアニメの冒頭みたいな勢いで走って来たのは、ヒラヒラピンクのお姫さまみたいな格好の幼女。
頭にはリボン、短いスカートに白のニーソックス、赤い靴には毛玉みたいな飾りが動きに合わせてぽむぽむ揺れてる。
その格好のせいもあるが、見た感じは小学生くらい幼い。
お人形みたいなこんな幼女がなんでこの界隈に?!
なんて見ている間に、その幼女も例の怪しい会社の入った怪しい雑居ビルの中へ駆け込んでいった。
この会社は幼女ポルノも手掛けているのか……。
まさか、召喚術師募集ってのはオクトパス種やモルポル種を使った『触手モノ』か!あのお姉さんといたいけな幼女が……!!
なんてこった……。
この会社はだめだ、腐ってやがる……。
……リンネ行こう、ここもじき腐界に沈む……。
こうして逃げるようにこの場を離れると、再びエルフェリア中央駅から列車に乗って俺達の住む住宅区に戻る。
しかし、荷物が重い。
歩くたびにダンベルみたいなリンネのクロスボウに、二人の防具や手入れ用具、消耗品などが入った荷物が肩に食い込む・・・。
だけど夕食の買い出しをしないとだし、装備を買って財布もカラっぽだから銀行も寄らないといけない。
重いけど1回家に戻るのも面倒だからこのまま行くか・・・。
荷物を抱えて駅前の銀行に入ると、預金窓口の列に並ぶ。待ってる間に通帳を開いてみると、残高は150000ギル少々。
家賃も入れたら生活費を切り詰めてもあと1ヶ月しか暮らせない……。早く働き口を見つけないとなぁ。
並んで待つのに飽きてきたリンネの相手をしてる間に、ようやく俺の順番まであと一人。
手続きするのに邪魔なのでリンネに荷物を持たせておく。
「ほらリンネ、自分の大事な装備なんだから、ちゃんと見ててね」
「わかった!自分の装備、ちゃんと見てる!」
うん、いいお返事だ。さて、お金を下ろすのに必要な物は……、通帳に召喚術師登録証っと。
肩掛けバッグから財布を探してガサゴソしてると、俺の後ろでも何やらガサゴソカチャカチャ……。
「組み立てできたぁ~!!」
「え、何が……?」
「すーぱーかすたむ、くろすぼー!!」
秘密道具を出した猫型ロボットみたいにリンネがクロスボウを高々と掲げる。
「ばかっ!こんな所で出すんじゃない!!」
銀行のど真ん中だぞっ!
「だってリンネのそーび、見てろって言ったもん!!」
「その『見てろ』じゃねえ!いいからそれ貸しなさい!」
「やーっ!これはリンネのそーびだもん!!」
「こら振り回すな!こら!大人しくしなさい!!」
これはさすがに看過できない。ここは厳しく叱って、しっかり世の中のルールを教え込まないとダメだ。
俺はリンネの縛術首輪を掴んで力ずくでクロスボウを取り上げると、厳しい口調で叱りつける。
「リンネっ!よく聞きなさい!街中で武器を出して振り回しちゃダメだろ!」
何よりリンネは召喚獣だ。人間と違って治安を乱す召喚獣は問答無用で処分される。ましてここは銀行だ。
可愛いからって甘やかすとリンネの為にならない。
「いいかっ!ちゃんと俺の言うこと聞きなさい!こんな事すると大変な事になるんだぞ!」
(支店長!クロスボウを持った男が女の子を縛って人質にしてます!)
ジリリリリリリリリリリリリリリッッ!!!
大変な事になった。
『『犯人に告ぐ!人質の子供を解放し、武器を捨てて出てきなさい!』』
どうやら銀行の外は駆け付けた警官隊に取り囲まれているらしい・・・。
俺は怯えた表情で両手を挙げている相談窓口のお姉さんの元に向かう。
「あの、すみませんが外の方々と投降についての相談をしたいんですが・・・」
・・・全く、ひどい目にあったぜ!
あの後、相談窓口のお姉さんの取り次ぎで誤解が解けたが、それは以前にお世話になった中年のお巡りさんが居てくれたおかげでもある。
あー、そういえば前に父さんが言ってたな。
『社会に出たら、最後にものを言うのは人脈だ』って・・・。こういう事か。
こってり絞られたあと警察署から解放され、買い物に行って、ご飯作って、リンネを風呂に入れて、やっと一息つく。
・・・疲れた。ひたすら疲れた。
子供は大人の考えつかない事をするから大変だと言うけど、こんなに大変だとは思わなかったぜ・・・。
今はただ、眠りたい。
模擬戦闘訓練や就職のことは明日から考えよう。
―――そして、次の日曜日。
俺はリンネと共に列車で王都郊外の田舎町、クレイリバーに向かっていた。
クレイリバーは俺の実家のある生まれ故郷でもある。
だが今回のメインの目的は帰省ではなく、リンネに模擬戦闘を経験させるためだ。
本来なら専用の広い訓練場のある演習センターで行いたいところだが、例の理由でそれが出来ない。
他に専用の施設が完備されてて、対戦相手となる召喚獣も用意できる場所といえば、心当たりは一つしかない。
代々、有名な召喚術師の家系で両親ともに召喚学界の権威といわれる、プルムの実家だ。
やがて電車は王都の街や城壁を抜け、田園地帯が広がる郊外に出る。
「うわぁ~、木と畑ばっかり!すごい、すごい!」
王都の街しか見たことのないリンネは窓から見える風景にやたら感動していた。木は街路樹しか知らないし、見渡す限りの広い畑なんて初めて見るからそれも仕方ないだろう。
一時間ほど列車に揺られ、見慣れた駅に到着。
改札を出ると目の前に黒塗りの高級車が停まっていて、車の前には蝶ネクタイに燕尾服のおじさんが直立不動で立っていた。
「カイル様、お久しぶりでございます。お迎えに上がりました」
と恭しく一礼するいかにも執事、といった感じのおじさんはプルムの家の執事、セバスチャンさん。
俺がまだ実家に住んでてプルムの家によく遊びに行ってた頃からの顔見知りだ。
最初会った頃は、『執事でセバスチャンなんてそんなベタな!』と思っていたが、もう慣れた。
セバスチャンさんの運転する車に乗って少し走ると、こんもりとした森の中に建つプルムの実家、シルヴァンティエ家の屋敷が見えてきた。
いや、もう家というより城だけどね・・・。
装飾の施されたデカい門を入ってから玄関までがまた遠い。宅配便が来たら、ハンコ取りに戻るのも一苦労だよな。
ようやく屋敷の玄関に着き、セバスチャンさんの案内で裏手のテラスに向かうと、そこには優雅にアフターヌーンティーを楽しむプルムの姿があった。
「あら、やっと来たの?待ちくたびれたわよ」
「途中でアイテムやクロスボウの矢を買ったりしてたからな。それと、今日の模擬訓練の事もありがとな・・・」
先日、電話で今日の模擬訓練の事を頼んだら、プルムは何も聞かずに快くOKしてくれた。
「模擬訓練するなら演習センターですれば済むのに、わざわざうちにまで来てやりたいってのは、何か理由があるんでしょ?この前からリンネちゃんにも基礎訓練しかさせてないみたいだしね」
演習センターでもプルムと時々会ってたから、やっぱり変だと思うよな。
俺はプルムにクラリス教官とのやり取りや、これからの事を話しておく事にした。特にプルムの両親は召喚学会の大物だけに、事情を話しておいた方が情報が洩れる心配がないだろう。
それにもしプルムの両親が俺達に協力してくれるなら、これほど心強い味方は居ない。
「なるほどね・・・。召喚術って結局、召喚された召喚獣をどう使役するか、精紋を解析して有用な召喚獣をいかに安定的に供給するか、ってだけだから研究の発展性が少ないのよね。言ってみれば技術開発的に飽和状態。だから現用種より有能な新種の召喚獣が発見されたら、確かにクラリス教官の危惧する通りになると思うわ。もちろん私だってリンネちゃんがそんな目に会うのは耐えられない!及ばずながら私も協力するわ」
さすがプルムだ、そう言ってくれると思ってたぜ。
だがすぐにプルムは申し訳なさそうに目を伏せる。
「でもね・・・、パパとママは、難しいかもしれない。もちろん親としては尊敬してるし、人としても立派だと思うけど・・・。上手く言えないけど、パパやママには召喚学界を発展させる責任があるし、多くの研究者や技術者、召喚術師や召喚獣に関わる関係者の未来やその家族の生活だって背負ってる。だから多分、個人的な感情だけで召喚学界にとってマイナスになる事はしないと思うのよ。ごめんなさい・・・」
映画やマンガと違って世の中は善と悪は表裏一体。完全な悪も無ければ、完全な善もない。
世界から戦争が無くならない訳だ。
「まぁ、その代わり私がちゃんとフォローしてあげるからさ!ここではリンネちゃんは『私のクリスタと模擬戦闘訓練をしにきた凄腕の人間の戦闘士』ってことになってるから安心して!」
任せなさい、とばかりにきゅぴん☆とウインク。
「いや、それで十分だよ!ありがとう・・・。お前が友達でほんとに良かったと思う」
「気にしないで、これは罪滅ぼしみたいなものなの。・・・私も最初はね、召喚獣なんて仕事の道具だとしか思ってなかった。召喚術師になって強い召喚獣をバンバン召喚して名を上げてパパやママみたいになりたいって。だけどクリスタと出会って、訓練して、一緒に過ごしてくうちに、この子は大切なパートナーだって思えた。リンネちゃんみたいに可愛くもないし、話すことは出来なけど、今ならカイルの気持ちがよく解るから・・・」
プルムはティーカップを指でいじりながら、そう言って自嘲気味に笑う。
「それじゃあ気を取り直して、私が愛情を込めて鍛えたクリスタとあんたが愛情と劣情を注いだリンネちゃん、どちらの愛が強いか勝負よ!!」
「おい!劣情は注いでねえよ!」
・・・たぶん。
俺達はプルムと共に広い庭園の一角に作られた召喚獣戦用のコートに向かう。
その他にも精霊種用のソウルクリスタル生成所や召喚獣用トレーニングルーム、武器や防具の調整設備、使用アイテムの錬金施設まで揃っているらしい。
召喚獣戦用のコートは一辺が50mの正方形で、外周には周辺に被害が及ばないように防壁魔法が張られている。
そこで審判を務めるセバスチャンさんが訓練のルールを説明してくれた。
1、まず今回の戦闘方式は基本戦闘術の使役専属方式とする。
2、判定方法は、相手の召喚獣の体幹部分、つまり体の中心線と弱点部への有効打 で1ポイントとし、3回戦中2ポイント奪取で勝利。
3、術師への攻撃は禁止、術師の魔法、スキル、アイテム使用も禁止。
4、ただし、召喚獣の魔法、スキル、アイテム使用は可能。
5、セーフエリアからの術師の命令は遮音魔法で相手チームには聞こえない。
つまり術師が出来るのは命令のみで、あとは完全に召喚獣の実力勝負となる。
俺とリンネ、プルムとクリスタはそれぞれのベンチに分かれ、使用スキルや魔法、戦術の最後の確認を行う。
まず、リンネが身に付けてるスキルは射撃系の速射、パワーヒット、バフ系のスリップダッシュの3つ。
補助武器があれば有利だったが、お金がないから仕方ない。
魔法もまだ魔力ステータスが低く覚えられなかったが、クリスタと違ってアイテムを携帯できるのは強みだ。
リンネに持たせるアイテムはクロスボウの特殊弾である煙幕弾、猛毒弾、麻痺弾、跳躍弾。
こうやって改めて見ると、武器は奮発したぶん強力だが、防御力は低いしスキルはショボい、魔法は無いし、アイテムもありきたり。
基本能力が高い極超高位獣ってだけじゃ、やっていけない事を実感する。
一方、対戦相手のクリスタ、『クリスタルゴーレム』はかなりの強敵だ。
召喚獣図鑑で調べたところ、体力は極高、攻撃力は中、防御力は高、回避は低、異常耐性は高。
今回のルールでは1ヒットでポイントなので体力量が影響しないのはラッキーだった。
しかし逆に厄介なのは防御魔法のインスタントシールド。
これは前面に強固な対物理障壁を展開する魔法で、かなりの耐久があり、再展開の詠唱時間が1秒という神スキルだ。
複数同時攻撃を出来ればどうにかなるが、一対一で普通に攻撃してたらまず破ることは出来ないだろう。
初めての模擬戦の相手が高位召喚獣なんて厳しいよな。・・・さて、これをどう攻略するかだが。
やがてそれぞれのチームが準備を整えてコートの中央に進み、俺とプルム、クリスタとリンネが相対して開始の合図を待つ。
俺達の間に立つセバスチャンさんが腕を高らかに上げると、いよいよ模擬戦闘訓練の開始を告げる。
「「模擬召喚獣戦、第一回戦!始めっ!!」」――――
これまでの召喚獣の成長値
腕力 34 器用 45 俊敏 38 魅力 44 魔力 18 知力 56 社会性 49
これまでに通報された回数 6 回
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