第17話 初仕事はワーム退治 1

また例の如く警察署にご厄介になったせいで、この日はほぼ一日を費やしてしまい、急いで会社に戻ると『急がなくても今日はお給料ついてないから~』と、早速の給料カット。


翌日はちゃんと営業開始の10時に出社してタイムカードを押す。

その後、オフィスの会議室に集まって今回受注した依頼のミーティングが始まった。


「ん~、これは昨日お願いしようと思ってた依頼なんだけど、初日から無断欠勤だったから今日お願いするわね~」


ぐ・・・、何も言い訳できねえが、すごく理不尽な気がする。


「ほ~んと、就職して初日に無断欠勤なんていい度胸よね!しかも買春容疑で警察署に拘留されてたなんて、恥ずかしいにも程があるわ!身元引き受けに行った私の身にもなってよ!」


ココットが俺を睨みつけながら吐き捨てるように言ってるけど、こんな年端もいかない子供が身元引受人として認められた事が驚きだった。

対応したベテランの警官とは親しそうに話していたから、顔見知りなんだろうけど。


「ココットちゃん~、それもお給料のうちよ~」


とファミルさんがたしなめて、今回俺とリンネ、ココットの三人で担当する依頼の説明が始まった。


何でも、とあるお屋敷の地下倉庫にワームが現れて食料やワインを食い荒らすので退治して欲しい、というものだった。

どうやらギルドの依頼センター経由ではなく、一階で経営しているバーのお客さんからの依頼らしい。

驚くことに報酬は破格の25万ギル。

低級魔獣のワームの退治程度の報酬にしてはかなり高い。依頼センターならEランク依頼になるから6~7万ギル程度だろう。


念のため魔獣図鑑でワームのデータを調べてみる。


『ワーム(小) 低位軟体種 全高15センチ 全長約55センチ ステータス 攻16 防19 俊10 魅16 魔8 知5 社 4  スキル 溶解液 締め付け』


ふ~む、前にやったローチよりもステータスが低いし、これならリンネと俺だけでも余裕じゃないか。

見る度に思うが、この図鑑の魅力と社会性の項目がよく分からん。魔獣のステータスに魅力と社会性って必要か?


「ほとんどおつかいみたいな依頼だからカイル君達だけでも大丈夫だろうけど、依頼主との手続きがあるからココットちゃんも付いて行ってあげて~」


ということで、俺とリンネ、ココットの三人は列車に乗って王都の端にある高級住宅街に向かった。


「あと、お屋敷で何を見ても気にしないでね~」


と、会社を出るときにファミルさんが言ってたのがちょっと気になるが、これ位の依頼なら大丈夫だろう。



事務所を出た俺とリンネ、ココットの3人は中央駅から列車に乗り、二駅先の住宅区の駅に降りる。

計画的に作られた王都は王宮を中心に、ちょうど上から見た傘みたいに中央商業区や歓楽区、官庁区などの区画に別けられ、その外周を高い城壁が囲んでいる。

依頼人の屋敷は王都の端、王族や政財界の大物などの富裕層が屋敷を構える住宅区にあった。


上流階級が住んでいるだけあって、家駅前のロータリーや駅舎、街灯など街並から『お金が掛かってますよ』感が溢れている。


「相変わらすここは嫌みな雰囲気ね!」


改札を出て開口一番、ココットが街並みを見渡して悪態をつく。

俺みたいな金の無い一般庶民からすれば、この街灯や豪華な装飾の付いた車止め、幾らするんだろう? と考えてしまう。

その発想が既に貧乏人の証拠なんだろうが・・・。


「金持ちのご機嫌取るためにどうしてあたしたちの税金が使われなきゃいけないのよ!」


と、今度は体制に不満をもつ労働者みたいな発言。


「まあ、仕方ないよ。ここに住んでるのはこの国の支配階級なんだし、ご機嫌とっとかないといろいろやり難いんだろ?」


「仕方がない、ってあんたみたいなそういう諦めの姿勢がエリート主義を増長させるのよ!」


たしなめたつもりが変なスイッチを押してしまったらしい。

それから道すがら、ココットが隣で自由主義思想や現代の社会格差的ヒエラルキーについて熱く語っているが、自分の会社に借金を背負わされてる俺にとっては社会体制など、はっきり言ってどうでもいい。


依頼人の屋敷は住宅区の一番奥にあるとのことなので、ファミルさんから貰った魔印紙で住宅区の地図を開いて場所を確認する。

え~と、この交差点はさっき通った場所だから、次は右だな・・・。


「てかさ、あんたさっきから全然人の話聞いてないわよね・・・」


まだ話を続けていたらしいココットが生返事で返していた俺をぎろりと俺を睨む。

たぶんこいつは年を取ると、平日の昼間に区役所の窓口で文句を言ってるばあさんになるだろうな。

するとふとココットが足を止め、沿道の大きな屋敷を怪訝そうな表情でじーっと眺めている。


「ああっ!ここってあの野郎の家じゃん!くそぉ・・・、フレイムボール撃ち込んでやろうか」


そう言うや否やココットが右手を水平に上げて魔法詠唱の構えに入るのを慌ててとめる。

真昼間に閑静な高級住宅街の真ん中でいきなり攻撃魔法ぶっぱなすなんてどこの愉快犯だよ。


「バカッ!警備員がこっち見てるぞ!・・・ってお前、ここって召喚術研究所長官の公邸じゃねえか!思い切り政府関係施設だろ!」


愉快犯どころか、政府関係施設への攻撃って完全に革命家かテロリストの発想だ。


「だってこいつってさ、権威をかさに着て威張りちらして、ホント性格悪いやつなんだよ!だからほら、嫌いな子の家にロケット花火撃ち込む的な感じ?」


全然ちげーよ!


「てか性格悪いとかどうとか、どうしてお前が研究所の長官を知ってるんだよ?相手はエルフェリア軍の軍用召喚獣を研究するて召喚している巨大組織のトップだろ?」


「だってあたしは昔、研究所の研究員だったからさぁ。今の長官はそんときの上司だし」


「ああ、元所員だったのか、それなら知ってて・・・ってちょっと待て!お前歳幾つだよ!」


考えてみれば、今までのココットの言動は見た目相応ではない。クラリス教官やファミルさんとも対等に話してるし、何かしら因縁がありそうな感じなんだよな。


「この際だからあたしの秘密、って言っても隠してる訳じゃないから話しておくわ。あたしってさ、見た目は8歳くらい、身長143センチの超可愛いミラクル美女児じゃん?」


じゃん? とか言われてもうん、とは言わないぞ。

・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・

・・・・・


「まあいいわ。・・・実はね、見た目はこんなだけど年齢はクラリスやファミルと同じ28歳なのよ。研究所に勤めてた時にさ、ファミルが趣味で研究してた実験に付き合わされて、このザマよ!」


なんか凄く納得。それでこの見た目とミスマッチなやさぐれ具合にも合点がいく。


「ねえ・・・もっと『えええええ!!』とか『じゃあ付き合っても犯罪じゃないんですね!』とか、そういう驚きは無いのね・・・」


「後者の回答は無い。いや、逆にすごく納得してしまって『ああ、やっぱり』って感じでさ。なんつーか、その見た目でも『行き遅れOL感』が出てるんだよ、お前」


「誰が行き遅れOLよ!クラリスやファミルと違って、こんな格好になったせいでお嫁に行けなかっただけよ!」


「大丈夫だ!その見た目の方が逆に需要あるぞ!」


と、励ましておいた。


「だけどさ、『体は子供、頭脳は大人』って、マンガじゃないんだからほんとにそんな事出来るのか?」


確かに魔法立国のエルフェリア王国の技術は他国よりも進んでいると言っていい。魔方陣から召喚獣を出現させたり、様々な攻撃魔法や補助魔法が開発、使用されている。

高度なスニーク魔法の一つに、自分を見た相手の認識を変える、というのもあるが完全に人を若返らせるなんて非常識すぎる。


「それがね、失敗して偶然できちゃったらしいのよ・・・。あんたも召喚術師なら召喚術が開発された過程で基になった基礎魔法が何か知ってるわよね?」


「え~と、二つのジゲン魔法だろ?空間の広がりを意味する次元と時間の広がりの時元ってやつ」


「そう、今の私達と同じ時間軸上の過去からの召喚と、そこから派生した別の平行世界からの再召喚、この二つの魔法効果を複合的に利用しているのが現在使用されている召喚術なの。召喚術の発展にはこの二つの魔法の研究が不可欠よ」


うん、その辺までは国家試験の出題範囲で勉強してるから覚えてる。


「クラリスと私とファミルは研究所の同期だったんだけど、時元魔法の研究員だったファミルは『物体を過去の状態に戻す』研究してたの。んで、ある日『若返る魔法ができたわよ~』って言葉と笑顔に騙されて実験台になった訳。失敗しておいてあの女『ごめ~ん、戻しすぎちゃった~』って、私は寒天か!!」


話しているうちに怒りが込み上げて来たらしく、そこからしばらく『実験失敗が表沙汰にならないよう研究所を追い出された』とか『あのまま居れば私もマクダール賞を取れたのに』とか愚痴や泣き言を聞かされる羽目になった。


「そういう事だから、私は28歳であんたより先輩で年上なのよ。敬語と様付けしなさいよね!」


いや、もうここまで来たら無理だろ。

そんなどうでもいい話をしているうちに、今回の依頼人の家に到着。


「あ、ここじゃないか!表札は、『ゾルタン・ペスドラード』。間違いないな!」


明らかに金持ちですよ、と言わんばかりの御影石造りの大きな屋敷に広い庭。俺達の前には見事な細工が施された鉄の門がそびえている。


「敬語使いなさいって言ってるそばから・・・、ほーー!デカい門ね~。この門扉だけでいくら掛かってるのかしら?」


感心しながらココットは門を見上げている。身体が小さい分、さらに大きく見えるのだろう。


「ええ~、こんなおっきな家もあるんだ~?!」


と、家といえば一部屋だと思ってるリンネも驚きの声を上げる。

まあこんなお屋敷に訪問をしたことがないから俺もここに入るのは勇気がいりそうだ。


「じゃあとりあえず依頼人に会って話をききましょうか!」


ココットは何でもないようにスタスタと門の内側に立ってるスーツの人に要件を告げている。

さすが28歳、人生経験を積んでるだけあって場慣れしてるなあ。


すぐに確認がとれてすんなりと門が開いた。いかにも『お金持ちの屋敷』って感じで緊張する。プルムの家は広すぎて家というより城だから、格が違いすぎて逆に平気。


スーツの人に案内された俺達はデカい屋敷の立派な玄関を入り客間に通される。

キッチンからリビングまで繋がってて、めちゃ広い。キッチンだけでうちの部屋より広いし、調理台が壁沿いではないアイランド式だ。


それにリビングの中にガラス張りになった庭がある。


「ちょっと、なんで部屋の中に庭があんのよ?」


「わぁ!見てカイル!家の中なのに木が生えてるよ!カブトムシ飼うの?」


二人とも目を見開いて同じ事を聞いて来る。


「あれはね、パティオっていうんだよ。ちなみにカブトムシは飼わないよ」


『パパあれなあに?!』と二人の娘に聞かれた父親みたいに答えてやった。


「ははは!可愛いお嬢さん方ですね。とても戦闘士にはみえませんな~」


と、温厚な笑みを浮かべて高そうなスーツを着た親父が奥から出てきた。でっぷりと肥え太り、指にはいくつもの指輪と金のネックレス。ザ・金持ちって感じだ。

その姿を認めて、案内してくれたスーツの人が一礼をして戻ってゆくところをみると、やはりこの親父がこの屋敷の主のゾルタンという男だろう。


「どうぞ、お掛けください」


ゾルタンは広いリビングの中央にある革張りのソファーに座るように促すと、使用人らしき男がコーヒーとオレンジジュース(シマシマストロー付き)を二つ運んでくる。

目の前に置かれたオレンジジュースを睨みつけてるココットは放っておいて、俺は本題を切り出した。


「今回のご依頼は、地下倉庫に住み着いてるワームの駆除ということですが・・・」


「ええ、つい一週間ほど前なんですが、うちの社員と商品の搬入を行っていましたら、床板が腐っていたのか商品の重みで穴が開いたんです。するとそこからワームが次々と沸いて出てきまして、驚いたのなんの!私も社員も対魔獣戦闘はからしきなもので、すぐに扉を閉めて出てきたのいいですが大切な商品がまだ中に置いたままですからね、早く運び出して先方に届けないとけませんので、一つ早急にお願いします!」


大げさな手振りでひとしきり説明すると、ゾルタンは笑みを浮かべつつもうむを言わさぬ勢いで頭を下げる。自分のペースに引き込み、下手に出ながらも要求は強引に押し通す、まさにやり手の商人だ。

しかも、「対魔獣戦闘はからきし」ってことはそれ以外の戦闘はお手の物みたいな言い方だよな。


「ではまず状況を確認したいので、倉庫の場所を教えていただけませんか?」


「ああ、これは失礼!いや実はここにご足労頂いたのは訳がありましてね、その地下倉庫というのはこの屋敷の地下なんですよ~」


「ええっ!ではいまもこの下に大量のワームが居る状態ってことなんですか?」


「ええ、恐らくそうだと思います。私は貿易業を営んでいるものでして、ここの地下倉庫は特に大事な商品を保管する為につかっておりましてね。工業区にも倉庫は持ってますが、あちらは何かと物騒ですから」


自分の居るこの床の下で大量のワームが蠢いていると思うとかなりゾッとする。なのにゾルタンはワームのすぐ上で生活してるんだから肝が据わっているのか鈍いのか、それとも離れられない理由でもあるのか・・・。


「では早速、ご案内いただけますか?状況を確認した上で、早急に対応いたします」


「ええ、くれぐれもあまり大袈裟な事態にならないように対処をお願いしますね」


冗談めかして念を押すようにそう言ったゾルタンの目は明らかに笑っていなかった。

それに気付いたココットと地下への階段を下りながらそっと目配せを交わす。

ギルドや王立軍、警察に魔獣退治を依頼せず、知り合いとはいえうちみたいな零細冒険社に直接依頼したのは何か訳があるはずだ。


壁が煉瓦で覆われた屋敷の地下への階段を降りきると、かなり厳重な鋼鉄製の扉が目の前に現れる。個人の家の地下倉庫というよりもちょっとした銀行の金庫のようにも見える。

大事な商品と言ってたから、相当に高価な物が入っているのだろう。


ややかび臭い地下は俺達の足音以外は物音ひとつ聞こえないが、この扉の向こうに大量の魔獣が潜み、入って来る者を待ち受けていると思うと足がすくむ。


「大丈夫よ、私やリンネちゃんも居るんだし!」


俺の心を見透かしたようなココットの力強い言葉に正直救われた。この見た目と口の悪ささえなければ頼りがいのある先輩として素直に尊敬できたかもしれないな。


「ではくれぐれも、商品には被害を出さないようにお願いしますよ・・・」


ゾルタンはそれだけ言い置くと首に掛けた大きな銀色の鍵を扉の鍵穴に差し込んで回す。戦いの開始を告げるかのように、鍵の外れる音が大きく響いた―――

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