エピローグ
蔵を出て浅生に連絡し、匿名の通報と言うことで遺体を行方不明者リストと照合してもらった。
一致したのは十年前にいなくなった上谷日向という、当時小学三年生の女の子。多分花だろう。
無理言ってご家族に会わせてもらうと、花は『お兄ちゃん、ありがとう』と言ったきり姿を消した。きっと成仏したんだろう。
そして俺は、九十九屋の店内でハタキを振っている。
大学卒業までの店番が今回の料金らしい。どうせ暇を持て余してたから、俺は喜んで引き受けた。はずなんだが……。
『あの兄ちゃん、振り方が下手だねぇ』
『ろくに掃除もしてこなかったんじゃないのかい? 煙たくて仕方がないよなんとかしとくれ』
『おいら達に埃が飛ぶじゃねぇか、なぁ?』
後ろの方で、付喪神たちの話し声が聞こえる。少しムッとするけど、不思議な感覚がした。
声だけさせて姿はない。一人のようで、一人ではない。
間宮もこんな思いを抱くのだろうか?
そんな日々も終わろうとするある朝。
俺がいつも通り九十九屋の扉を開けると、襖の向こうから話し声が聞こえてきた。どうやら間宮と骸が話し込んでいるらしい。
「今年も死ななかったな」
『桜も大体散っちまったしな』
死ぬ。その単語を聞くと、以前先生から聞いた話を思い出した。
美しい死に方。それはどんなものなのだろうか?
「まぁ。これで何があっても来年の春までは死なないな」
『まるで死にてぇみてぇな口調じゃねえか』
「まさか……。だが私の最後を見届ける人物が誰なのか知りたくはある」
『死に読みの兄ちゃんが言うには、逆光で見えなかったらしいじゃねぇか。まぁ、そん時のお楽しみだな。
なんならよぉ、辞世の句でも詠んでそいつに伝えたらどうだい?』
「考えておく」
そう言ったきり、二人は話を終わらせた。そして、俺の出ていくタイミングも。
このままでは何だか盗み聞きをしていたみたいで出て行きづらい。
その時ガラリと勢いよく九十九屋の戸が開いた。
俺が振り返ると、日本酒の瓶を持った先生が立っている。
「あ、幹一郎君。鈴音居る?」
「え、えっと……」
何となくバツが悪くなって、うまく答えられない。すると襖が開いて、間宮が座敷からかを出した。
その眉間にはいつも通り皺が寄っている。
「なんだ騒々しい」
「じゃーん!」
先生が見せびらかすように酒瓶を間宮の鼻先に突き出した。チラリと目線を向けて、また先生を睨む。
「これがどうしたんだ?」
「いいお酒もらったから、お花見でもしようかと思って。鈴音も行くでしょ? もちろん幹一郎君も」
ね、と同意を求めるように俺の方を見る。
「いいんですか、こんな昼間から」
「いいのいいの」
「お店どうするんです?」
「そんな堅いこと言わない。どうせ客なんて来ないんだから。そうでしょ?」
先生がそう聞くと、間宮が立ち上がった。かと思うと、着替えてくると言って二階に上がっていく。骸は店の戸締りをし始める。
「ほら、ね。ついでに、幹一郎君の歓迎会&送別会なんてどう?」
俺はどう答えていいやらわからず、苦笑いをする。
『こんな時期にお花見かい?』
『いいじゃないか。案外乙なもんだよ』
振り返ると、付喪神たちの話し声が聞こえてきた。
しかし耳が治りかけているのか、その声は日に日に小さくなってゆく。
俺はきっと一生、この一か月半を忘れないだろう。そう確信していた。
完
また、桜の咲くころまで 星うとか @starlight
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