第2話 耳の違和感
目が覚めると、俺は病院にいた。ぼんやりしたものが像を結びはじめ、段々焦点が合ってくる。
最初に見たのは、白い天井だった。次第にピッピッピッという機械音が聞こえてきた。だけど、何か違和感を感じる。
「ん、う~ん……」
左側頭部に鈍い痛みが走った。思わず手をてると、巻かれた包帯に触れる。それと同時に耳に触った。そしてやっと、違和感の正体に気づく。
俺、左耳聞こえてない。
試しに耳を擦ってみたが、案の定聞こえない。
「あ、気づかれたんですね」
一人の看護師が俺のベットに近づいてきた。それでやっと、ここが病院であると気づく。
「今、医師を呼んできますね」
にっこりと笑って、そう言い残す。
そういえば、何で俺、病院にいるんだっけ? 遅ればせながらその疑問にたどり着き、昨日の記憶を辿っていく。
えっと……、卒業前祝いの飲み会に行って……、十二時くらいに解散になって……、それで……。
俺は、トンネルでの出来事を思い出して目を見開いた。ゾワッと鳥肌が立ち、呼吸が荒くなる。
痛いくらいに心臓が早鐘を打つ。一人でいるのがたまらなく怖くなり、ベットから降りようともがいた。その途中でナースコールに目がとまり、ボタンを連打する。
「あ……、あ……、あ……、だれか……」
「どうしました? 」
看護師と医者が小走りで近づいてくる。ベットのそばまで来ると、俺は医者の肩をつかみ、爪を食い込ませる。
「っ、落ち着いてください。ここは病院です。わかりますか? 」
「あ……、あ……」
返事をしたいのに、うまく言葉に変換できない。目だけを血走らせて、医者に縋りつく。
「おい、鎮静剤を」
「頼む、そっち押さえてくれ」
俺は医者から引きはがされると、ベットに抑えつけられる。
医者や看護師の後ろに影が見えた。それがトンネルの幽霊どもに見えて、俺は逃げようとベットの上でもがく。その拍子に看護師の一人を突き飛ばしてしまった。
「きゃぁ!」
短く叫ぶと、看護師は踏鞴を踏む。しかし一人の医者が支えたおかげで壁に激突せずにすんだ。
「おっと……、大丈夫?」
「はい、すみません倉田先生」
のんきな声でその医者は聞いた。看護師のお礼を、ひらりと手を振って答える。
「ちょっと、しつれ~」
おどけたようにそう言って、目の前にいた医者をどかせた。足に手をやり、スリッパを脱ぐ。
「あの……、何を?」
「その子、抑えといてね」
言うが早いか、医者はスリッパを高々と上げた。それを勢いよく振り下ろす。次の瞬間、甲高い音が病室に響き渡った。
「あ……」
俺は思わず硬直した。驚きに目を見開く。目の前には、両足分のスリッパが閉じた状態で停止している。
「どう、おさまった?」
少し呆けたまま、目線を上にあげた。すると、満面の笑みを浮かべた男と目があった。
イケメンだなと思う。それと同時に、左目の眼帯が気になった。
チャシャネコの様な笑みを浮かべている。
「は~い、深呼吸。吸って~、吐いて~」
俺は素直に、医者の声に合わせて胸を上下させた。すると、さっきの恐怖感が薄らいでいく。
「こんなもんで、どうでしょうか?」
大分呼吸が安定してくると、くるりと振り返ってチャシャネコが医者に聞いた。
「あ、真美ちゃ~ん。今度ごはん行こうよ」
一人の看護師に、手を振りながら聞いた。やんわりと断られると、残念という顔をする。そしてそのまま病室を出て言った。
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