第6話 狂い桜

「これか?」

 間宮は、俺たちが着くと同時に聞いた。

『うん、そうだよ』

 後ろで花の声がした。間宮は顎に手を置き、思案気に桜を見つめる。

 それにつられて、俺も桜を見上げた。

 以前に見た時と、特に変わった様子はない。相変わらず五分咲きで、その花が風に揺られている。


「ねぇ、桜の木の下といえば?」

「桜の木の下には死体が埋まってる、か? まぁそれ自体は迷信だが、今回はそうじゃないかもしれない」

「そうか?」


 俺は思わず言った。それに対し間宮は小馬鹿にしたような目を向ける。

「花が唯一覚えてるのがこの桜の木の下だ。ということは、花はここで死んだ可能性が高い。葉蔵、お前ならここで人を殺したらどう行動する?」

「そうだね。この河川敷に死体を埋めるかな」


 あぁ、そういうことか。

 よっぽどの物好きじゃない限り、死体を移動させようとはしないわけだ。  

 誰に見られるかわからんし、後処理も面倒だからな。

「そうなら、スコップかなにか持ってくればよかったね。どこかで借りられないかな?」

 俺たちは周囲を見た。少し離れたところにホームセンターがある。

「あそこ、行ってみようか」

 言うが早いか、先生はホームセンターに入っていく。どうやら売っていたようで、数分後には希望通り大きなスコップを持ってきた。


「はい」

 先生が俺にスコップを差し出す。

「はぁ? 俺がやるんですか?」

「だって、鈴音はやりたがらなだろうし。僕は持つだけで精一杯」

 俺にはそう見えんがな。

 持ってくるときの足取りは軽かったような気がしたが? 

 だが、ここで押し問答をしたってしょうがない。ここは、大人しく従おう。


「わかりましたよ」

 いやいやであるということを強調して、俺はスコップを受け取った。

 それに同情したのか、後ろの方から骸の声がする。

『まぁまぁ、そう嫌そうな顔をしなさんなよ。おいらも手伝ってやっからさぁ』

 あぁ、骸。なんていい奴なんだ。間宮や先生にはもったいない。

「助かる」


 そう言った瞬間、スコップが軽くなった気がした。きっと、骸もスコップを持ったんだろう。

「いくぞ。せいの!」

『ちょいと待ちな』

 女の声がした。辺りを見回すが女は間宮しかいない。


『別に掘るのはいいんだけどさ、もっと慎重にやっておくれでないかい』

 俺は間宮を見た。間宮は桜の木を見ていて、桜の木が声の主であることを示している。


『おやあんた、最近見ないと思ったら。極楽にでも行ってるもんだと』

「この子を知ってるんだな?」 

『あぁ、そりゃあ。ずっとここら辺うろちょろしてたからねぇ』

「なになに、花ちゃんのこと知ってる人がいるの? あぁ、人じゃないかな。それで、誰と話してるの?」

 先生が軽口を叩いた。しかし、誰も反応しない。


「こいつのことは気にしなくていい。この子の事について聞かせてほしいんだが」

『……まぁいいさ、話してやろうかねぇ。つかの間の暇つぶしにね』

 そう前置きをして、桜は話し始めた。


『どれくらい前かなんて覚えてないけどね。そこの……、花ってのかい? その子がここらで遊んでたんだよ。毎日のようにね』

「誰かと一緒に?」

 俺が聞いた。邪魔をしたらしいく、桜はため息をついて質問に答える。

『あぁ、一緒だったよ。友達とね。いや、待っとくれ。遊んでたわけじゃないが、男がいたねぇ。その子が死んだ日も』

「死んだ日? じゃぁ花はここで……」

「男? いつも遊ぶ友人ではなく?」

 俺と間宮が続いて言った。桜は間宮の問いに答える。


『花はまだ十とかそこらだろ? その男はいい歳した青年って感じだったね』

「いい歳って、いくつ位の?」

 俺が聞くと、思い出そうとするかのような声を出した。

『そうだね……、二十五、六ってとこだったと思うよ。何かの次男坊みたいな男だったね』

 桜がそういうと、鈴音は先生の方見た。状況がわからない先生は、突然の間宮の視線を笑って受ける。


「ん? どうかした?」

「いや、ついな」

 間宮が言葉を濁した。それに骸が、隠そうともせずに笑う。

『鈴音。死に読みの兄ちゃんを基準にしちゃいけねえぜ。次男坊だからって、全員がこんなんじゃあないんだからよう』

 あぁ、やはり先生はお金持ちの家の次男なのだ。

 さっき間宮も「金持ちのボンボン」と言ってたしな。


「ちなみに、その男はどんな奴だったんだ?」

 間宮が桜に向き直って聞く。

『そうだねぇ。そこの兄ちゃんみたいに色が白かったね。線も細くて。気がとっても弱そうだったよ』


「ほう、そりゃあまた」

 無意識なのか、間宮がそうつぶやいた。

『そいつぁ確かに、次男坊って感じだな』

 間宮の言葉を引き取って、骸が答える。

「花、どうだ?」

『……、わかんない』


 間宮の問いに、花は力なく答えた。それを慰めるように、骸が返す。

『まだ始めたばかりだ。焦んなくったって、そのうちわかるこった』

『うん……』

 そう答えた声は、何だか無理に笑っているような気がした。俺はかける言葉が見つからず、ただ黙っている。


「じゃあ、花が死んだときのことは覚えているか?」

『あぁ、覚えてるよ。あんまりいい記憶じゃないけどね』

 桜が顔をしかめたのが見えた気がした。まぁ人が死んだ所を見るなんていい気持ではないだろう。


『秋の終わり頃だったかい。その日はさ、何だか雰囲気が違ったのさ。

 いつも物陰から見てたそいつが、その日に限って花にしゃべりかけて来たんだよ。重々しい感じでね』

「重々しい?」

『あぁ。今で言う“すとーかー”とかいう奴だったんだろうね』

「ストーカー……」


「まぁ、今の情報ではそう結論付けるのが妥当だな。計画的犯行だった可能性も」

 間宮がそう返す。しかしその言葉は、桜の一言で覆された。

『そいつぁ違うよ。あれは事故さね』

 間宮が驚いたように桜を見た。構わず桜は続ける。


『昼頃やってきてさ、それから日が暮れるまで遊んでたのさ。

 日が落ち切っても花はまだ帰らない。他の子はみんな帰っちまったのにさ。

 それを狙ったのかねぇ、男が近寄って来たんだよ』

 しんみりとした口調で、桜が言った。

『ちょっと遠くて何を話していたのかはわからないけどさ、さすがに不審がってね。

 それで土手を上がってきたんだけど、その男もしつこくてさ』


 桜が小さくため息をついた。まるでその時の花に同情するかのような、そんな悲しみを帯びたため息だった。

『それで、男はどうした?』

 骸が聞く。桜はそれを受け、またゆっくり話し始める。


『男はさ、花の洋服の裾をつかんだんだ。

 花は嫌がって腕を振り回してるとね、男がいきなり離しちまったのさ。

 ひょろかったって言ったろ? 花は体勢を崩しちまって、土手を転がっていったのさ』

 あっさりと桜が言い放った。それを聞いて、俺は花のことが気になってくる。


 こんなこと、花が聞くべきではない。俺はそう思う。花はまだ幼い。それでなくとも、自分の死に際の話など聞きたくないだろう。


『私、事故で死んだの?』

 花が聞いた。その声は驚きと安堵が入り混じっているように聞こえる。

『そうさ。きっと、打ち所が悪かったんだろうね』

『そう……、なんだ……』

 そう言った切り、花は何も言わない。

 こういう時、顔が見えないのは困る。花がどんな表情かわからないから、慰めようがない。 

 まぁ、表情がわかっても、掛けられる言葉が見つかるとは思えないが。


『その後は、次男坊が慌てた様子で担いで行ったのを見たきりだ。

 医者にでも連れて行ったのかと思ったが、確かめようがないね』

『そうかい』


「……今日の所はこれで終わりだな」

「え、何か分かったの? 僕にも教えてよ」

 一人だけ状況を分かっていない先生が言う。俺は手に持ったスコップを見た。

 無駄になっちまったな。


『兄ちゃんたち、もう帰るのかい?』

「ほかに聞けることはないだろう?」

『まぁね。ついでと言っちゃあなんだけど、根っこのところを掘ってくれないかい? なんだか最近調子が悪いんだ。人間でいうと、何か悪いもん食べたみたいな感じかねぇ?』


 間宮が俺を見る。

 あ、やっぱり俺なんだ。

『まぁまぁ、おいらも手伝ってやるから』

 数分前もこんな会話しなかったっけ? 

 そう思いながら、俺はスコップを握りしめた。二度目のスコップが軽くなる感覚に骸の存在を確認する。


 俺は思い切りスコップを地面に刺した。土を掬うと、脇にどかす。

 その調子で掘っていくと、何かが歯にあたった。

「『ん?』」

 俺たちは穴の中をのぞき込む。

 ちょっとした深さのある穴に、白いものがはみ出していた。

「なんだろうね、あれ」

『もう少し、掘ってみるかい』


 周りの土を崩すように、掘り進めた。すると、白いものが段々姿を現してくる。

 嫌な、予感がする……。

 少し見えていた白いものが、段々と長くなっていく。その周辺にも、同じような色が現れた。

 そしてとうとう、動かしようのない事実を掘り当てる。骸骨が出てきたのだ。

「ひやぁ!」


 俺は変な声を上げると、スコップを投げ出して後ずさる。

 反対に間宮が前に行き、まじまじと骸骨を見た。

「おい、ここをもっと掘り下げろ」

 数秒は誰も動かなかった。しばらくして、間宮は着物の裾を捲り上げ、手で土を掘り返し始める。

 唖然としてみていたが、すぐに俺も手伝った。

 骨にあたるかもしれないので、スコップはもう使わないことにした。

 俺と鈴音が掘っていると、一か所勝手に掘られていくところがあった。骸がやっているんだろうと察しが付く。

 こんな時でも先生は、高見の見物よろしく俺たちを見ていた。


 掘り進めていくと、骨は一人分だけではないことがわかった。

 ざっと見ると、十人分。どれも背が小さく、子供だ。

「こんなものか?」

 間宮が手を払いながら立ち上がった。俺も釣られて立ち上がる。

 するとどこからかサイレンの音が聞こえてきた。


 訝しげにしていると先生が携帯を持っていた。それをこちらに向ける。  

 そこには、110番がかけられていた。

「こういうのは、警察に通報した方がいいでしょ?」

 いつもの笑みで、先生はそう言ってのけた。

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