第8話 面会

 数日後。指定された時間に留置場に行くと、受付に一人の男がいた。

 その男は私を見ると、小走りで近づいてくる。

「あなたが間宮さんですか?」

「確かに」

 その男は私と同じくらいの年で、少しヨレたスーツを着ている。多分葉蔵の患者の刑事だろう。


浅生あさおです。間宮さんの事は倉田先生から聞いてます。

 えっと、面会でいいんですよね? 

 受付でお名前を記入してください。それからご案内します」


 私は渡された紙に必要事項を書くと、それを刑事に返した。

 刑事はそれを受付嬢に渡すと、先に立って歩き始める。


 通されたのは、ドラマでよく見るような面会室だった。

 相手はまだ来ておらず、私はパイプ椅子に腰かける。

「あの、これが例のです」

 そう言うと、透明な袋を差し出した。

 その中には、大きな花のトップが付いている髪ゴムが入っている。

 私は袋に手を伸ばしかけたが、寸前で止めた。

 ゴムの周りからドス黒い煙が出ていたのだ。それに加え、声が聞こえてくる。


『ひ……なた……ちゃ……。ごめ……。つ、ぎは……、うま……』


『あぁ、こいつぁ……』

 隣で骸が顔をしかめた。私は伸ばした手を引っ込める。

 浅生は不審そうに見たが、何も言わずにゴムをテーブルに置いた。

 

 そんなことをしていると、容疑者がガラスの向こうに現れた。

 名前は何と言ったか……。確か、小野だったと思う。

 小野は、言ってしまえばひょろ長い男だ。歳は三十後半だろうか。少し茶の入った髪はカール気味で、耳あたりで跳ねている。

 白いシャツにチノパンという服装で、腰と手に紐がかかっていた。

 私を見て不審に思ったのか訝しげに顔をしかめた。


「どなたでしょう?」

 確かに、まっとうな質問だな。きっと葉蔵のことだから、この刑事を言いくるめて強引に面会させるように仕向けたんだろう。

 容疑者にも拒否権はあるだろうに。くわばらくわばら。


「間宮だ。聞きたいことがあって来た。これについて」

 私はゴムを目で示す。小野は目線の先を追って、嫌そうな顔をした。

 多分、散々刑事に説明したんだろう。

「悪いが話してもらう。このゴムはどこで見つけたんだ?」

「……、家の蔵で見つけたんだ。その日は家の大掃除で、もちろん蔵の中も掃除させられて」

 イラついた表情を見せながらも、小野は話始めた。


「蔵の中を掃除してたら、躓いて。それで見たら、下に扉があったんだ。開けたら下に階段が続いてて」

 その時のことを思い出したのか、目に後悔の色が浮かぶ。

「その時、中を覗かなきゃ今頃こんなとこにはいなかったんだ。それよりまず、大掃除の手伝いなんかしなけりゃ。俺ってなんて間が悪いんだよ、ほんと……」


 それからブツブツと言い始めたので、私は仕方なく机を軽くたたいてこちらに意識を戻させた。

「おい、時間が無いんだ」

「あぁ、すいません」

「それで、隠し部屋に入ったんだな?」

「はい。階段があったんで下に降りると、部屋があって。電気が通ってたみたいで、天井から釣り下がってた電球のひもを引っ張ったんです」


 階段を下りたってことは、地下だ。昔の折檻部屋か? だが隠す意味がない。

「机の上に木の箱があって、その中に入ってたんです」

 話が抽象的すぎる。しかし、聞きたいことは大体聞けた。あとは……。

「ゴムから声が聞こえたといったな。どんな内容だったんだ?」

「女の人の名前。呼びながら謝ってました。ごめんよ、次はうまくやるよって。あ、殺すつもりはなかった、ってのもありました」


 女の名前は、さっきの「ひなた」だろう。殺すつもりはなかったというのもわかる。

 だが、「次はうまくやる」というのは何だ?

「他には何かないのか?」


「……。声じゃないんですけどね、僕、何回もやるうちに声の人の気持ちがわかってきたんです。

 男の人なんですけどね。彼はその女性に恋をしてたんですよ。

 でも、不慮の事故で殺してしまった。だから、やり直そうとしてるんですよ」


 小野の様子が少し変化した。何というか、一番の親友を自慢するかのような。そんな口調だった。

「……、具体的に」

「彼は、告白の仕方が悪かったから拒絶されたと考えたんです。だから、もっと素敵な告白の仕方を考えて、それを実行したんです」

「相手はもう死んでいるのにか? そいつはそれで満足したのか? 歳が近いだけの少女に?」

 恋は盲目とはこのことだろうか。しかしこれは行き過ぎて、吐き気がしてくる。

「彼は思い込んだら疑わない性格なんです」


「少女たちを自分の想い人だと思い込んだのか? 

 それで、告白をして、フラれて。それの繰り返しか。

 だが殺す必要はなかったんじゃないか?」

「だって、そのままじゃマズいじゃないですか。

 彼は自分が告白したと思ってるけど、実際にやったのは僕なんですよ。

 近所の噂とかになったら、僕は殺されます」


 大きな倉があると言っていたし小野は厳格な家の出なのかもしれない。

 そうすれば、家の名に泥を塗ることほど恥なこともあるまい。

 確かに殺されるだろう。


「最近のガキは生意気で、小遣い渡したくらいじゃ黙んないじゃないですか。

 そこら中に触れ回るに決まってる」

「もういい」

 私は声を張り上げて、小野の言葉を遮った。振り返ると、骸が鬼の形相で睨み付けている。

 私はため息を一つ吐くと、イスから立ち上がった。それから骸の眼前で手を振って、ドアノブに手を伸ばす。


「もういいんですか? まだ時間ありますけど」

「これ以上やったらコイツが死ぬ」

 それだけ言うと、私は面会室から退出した。外に出ると、苛立ったような表情の骸が付いてくる。


「骸」

『わぁってる。生者は生者の法がある、だろ。あんだけ言われりゃ耳タコよ』

 叔父の残した言葉の一つだ。何だか懐かしい気がする。


「精神鑑定次第だが、塀の中には行くんじゃないか?」

『でねぇとおいらがぶっ殺してやる』

「さっきの言葉はどうした」

 会話をするにつれ、骸が落ち着いてくる。それに心の中で安堵していると、ふと葉蔵の顔が浮かんできた。


 骸には悪いが私は若干小野に同情の気持ちがある。もちろん罪もない少女たちを殺したのは罰せられるべきであると思っているし、殺しても仕方がないと思っているわけではない。 


 私が同情するのは、家庭環境にだ。

 厳格な家に育って雁字搦めになる。それが長男であるなら期待も大きかっただろう。

 相談することもできなかったに違いない。

 もし、相談していたら。世間体など気にせず精神科に罹っていたら、きっと葉蔵の耳に入っていたに違いない。

 そうすれば、これほどの事にならなくて済んだかもしれない。


 そこまで考えて、私は思いを打ち消すようにため息をついた。

 起きたことは取り消しが効かないのだから、これからのことを考えよう。

 さて、どうするべきか……。


 葉蔵に丸投げしよう。最終的にそう自分の中だけで決め、私たちは留置場を出た。

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