第4話 再会

 数日後、倉田先生に知り合いを紹介してもらうことになった。

 先生は時間通りに来ると、挨拶もそこそこに歩き始める。


 倉田先生に続いて行くと、古そうな木造の店についた。

 看板には「九十九屋」と書かれている。どうやらそこそこ繁盛しているようで、中では話し声や笑い声が聞こえてきた。


「ここは?」

 倉田先生は答えず、店の戸を開けた。途端に話し声が止む。 

 先生に遮られて、店の様子はわからない。


「やぁ、骸。鈴音はいるかい?」

『あぁ、死に読みの兄ちゃんか。おや? ははぁ、また鈴音が怒るぞ』

 会話というよりは、独り言に近い。渋い感じの男の声だった。

 この声、どっかで聞いたような……。

 カランと何かを置く音がすると、下駄の音が聞こえた。


 倉田先生が店の中に入る。 

 俺も中をのぞいた。

 どうやら九十九屋は、骨董品屋らしい。

 左右の棚は天井に届きそうなほど大きい。その中に茶碗や箱など様々な品物が置いてある。

 奥は座敷になってるのか、障子で仕切られていた。

 少し開いたところから、誰かが寝ているのが見える。髪が長いので、女だろう。


 では、さっきの男はどこにいるんだ? 店の中には見当たらない。

 あの声は障子越しではなかったし、開け閉めの音も聞こえなかった。


『おい、鈴音。死に読みの兄ちゃんが来たぞ。起きたらどうだ』

「……あぁ」

 障子の向うで、女が起きたような気配があった。きっと、その女が鈴音とかいうんだろう。

 鈴音は障子に手をかけると、するするとあけた。眠そうな女が現れる。藍色の着物を着ていた。この女、どこかで……。


「あっ! あの時の着物女!」

 俺は思わず声を上げた。

 黒く長い髪に、病的なほど白い肌。眉には八の字型に皺が寄り、不機嫌さを演出していた。

 いや、本当に不機嫌なのか?


少しすると女も気づいたようで、あぁ、と短く呟いた。

「あ、やっぱり知ってた?」

「この前お前が厄介ごとを押し付けただろ? その時のな」

「あのトンネルの付近で負傷者って言うからそうかと思ったんだ。じゃあ、この人が話の『不運な男』?」


 どんな話だ! それより待てよ。するとまさか……。

「もしかして、こいつが?」

「そうだよ。彼女は間宮鈴音」

 倉田先生が紹介すると、不機嫌そうな顔で間宮は俺を見た。視線を下にずらすと、さらに嫌そうな顔をする。


「葉蔵。また厄介ごとを持ってきたな」

「厄介ごとだなんて言い方は良くないな。これは人助けだよ」

 倉田先生は満面の笑みで言った。


「で、こっちが坂田幹一郎君」

 倉田先生は鈴音の言葉を無視して、俺を手で示して紹介する。

「彼、困ってるんだって」

「えっと、困ってるのは俺じゃなくて……」

「その少女か」

 間宮が俺の足元を睨んで言った。靴が後ろに下がる音が聞こえる。


『お兄ちゃん、あのお姉さん怖い』

「あぁ、きっと寝起きだから目つきが悪いだけだ」

『いや、あいつの目つきはいつだって悪いぜ』

 俺の耳元で、さっきの声がした。俺は周囲を見回すが、誰も見えない。


『おや。こっちの兄ちゃんは視えないのかい?』

『うん、そうなの。聴こえるだけ』

 今度は頭上から聞こえてきた。思わず見上げるが、やはり見えない。


『おじさんのお名前はなんて言うの? 』

『ん? おいらはなぁ、骸ってんだ。お嬢ちゃんは?』

『……、わかんないの』

 少女が悲しそうに言った。骸はかわいそうに思ったのか、頭を撫でる音がする。

『そうかい。それはかわいそうになぁ。よし、おいちゃんが付けてやろう』


 骸はそう言った。考えているのか、しばし沈黙が流れた。その間に、俺はさっきから思っている質問を投げかける。

「おい。その骸ってやつも幽霊なのか? さっきの店での話し声は? そうだ、死に読みって何なんだ」

「一気に聞くな」

 間宮が面倒そうに言った。こいつ、やっぱり口が悪いな。というより、偉そうだ。

 女のくせにとは言わないが、どうかと思うぞ。


『まぁまぁ、一つ一つ答えてやるさ。死に読みってのは、おいらが勝手につけたそこの坊ちゃんの渾名だ』

「あだ名?」

 俺は首をかしげる。あだ名でそんなのが付くとは、不吉すぎる。


「死に読みって、なんのこと? まさか、僕のことかな?」

 自分を指さして、倉田先生が言った。


「僕はね、人の死に際の光景が見えるんだ。この左眼でね」


 倉田先生はそう言うと、自身の眼帯を軽く叩いた。

 いい加減非科学的な展開には慣れたと思ったが、まだまだだったらしい。

「それで、骸……さんも」

『骸で良いやい。そうさ、兄ちゃんの考えてる通り』

 からから笑う声がすると、店にあったはたきが持ち上がった。


「うわっ!」

 俺が驚くと、間宮以外の三人が笑った。

 それを聞いて、俺は拗ねたように頬をかく。間宮は大分そっけないが、骸は話が通じそうだ。俺は話を一気に戻す。

「それで、頼みを聞いてくれるのか?」


「どんな依頼か、まだ聞いてないが?」

 間宮の言葉で気づき、俺は急いで言う。

「えっと、こいつの遺体を探して欲しいんだ」

 間宮は、面倒そうまた俺の足元を見た。すぐに視線をそらすと、柱にもたれ掛る。

「わかった、引き受けよう」

『ほんと?』

 少女がそう聞いた。それに対しても、そっけなく答える。


「あぁ、引き受けるとも。でないと骸がいじけて面倒だ」

 一言多い。が、引き受けてくれるならよしとしよう。

『よかったな、嬢ちゃん』

『うん!』

 少女は嬉しそうに答えた。俺もつられて微笑んだ。


『骸のおじちゃん。あたしの呼び名は決まった?』

『そうさなぁ。花! 花ちゃんなんかどうだい?』

 少し自信げに骸が言った。それに対し、間宮は呆れたように言う。

「安直だな。洋服の柄が花柄だから花か」

「かわいいじゃない。花ちゃんか」

 倉田先生は顎に手を当てにこりと笑って言った。花は嬉しそうに笑う。


「話がまとまったようだから、俺は帰るとするよ。じゃあな、花」

 俺は店の戸に手をかけた。しかし、すぐに間宮が呼び止める。

「おい」

 俺は眉を寄せながら振り返る。

「なんだ?」

「どこにいく気だ? これから話を始めるのに依頼人が帰ってどうする」

「依頼人? 俺がか?」

 俺は別にこいつに依頼なんかしてないぞ。依頼人は花だろう?


「まさか、タダで働くとでも思ったか?

とんだ考え違いだな。料金はきっちり貰う。幽霊は金が払えないからな。だからあんたが依頼人だ」

「はぁ?」

 たしかに理屈はそうだ。が、しかし……。


「嫌なら辞めてもいいんだがな。むしろ厄介ごとをしなくて済む」

 なんだ、その言いぐさは! こいつには情ってものがないのか? 

 誰がこいつに依頼なんかするか。とは思うものの、頼れるのはこいつしかいないわけで……。

 しようがない、払うとするか。これで断っても後が悪い。


「ちなみに、料金はいくら位なんだ?」

「そんなの、終わってから考えるに決まってるじゃないか」

 では、場合によっては高額になるってことか。どうか、そうならないように祈るとしよう。

 そう考えていると、目の前で声がする。


『鈴音の料金は半端じゃないぜ。覚悟しとくんだな、霊聞きの兄ちゃん』

「た、霊聞き? なんだそれは」

「あぁ、君もつけられたんだ、あだ名。骸は人にあだ名つけるの好きらしいから」

 あだ名はいいが、そんな物騒なあだ名はやめてもらいたい。いや、それよりも……。


「高いってどのくらいだ?」

『まぁ、終わってからのお楽しみだ』

 全然楽しみじゃないんだが。むしろ嫌な汗が出てるんだが。

「さて、そろそろ本題に入りたい」

 腕を組み、間宮が俺たちを見て言った。

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