第7話 兄はマザーさんに頭が上がらないようですよ?
女の子たちの身体にからみついていた亡霊の触手が、しゅるしゅると宿主のところに戻っていった。
俺も黒い翼を背中に収納すると、そのままウェアラブル・ウルフに向かって歩いていった。
魔法を封じられ、相手はすっかり戦意を喪失した様子だったが、俺の力はまだ体から黒い霧となってこんこんと湧き上がっていた。
それにつれて、俺の背後の黒い影はますます肥大化し、ダンジョンの床も壁も天井も真っ黒に染め上げた。
ウェアラブル・ウルフは、前の顔も後ろの顔もうろたえていた。
前の顔なんて特に逃げたくて哀れで仕方ないって顔をしていた。……この顔を見れば、どんな悪党でも殺す気が失せてしまう。
そうだ、モンスターたちには、わかるらしいんだ。
目の前にいるのが、自分がけっして逆らってはいけない相手だというのが。
「これは……この黒い気配は、『瘴気』か……ッ!」
「へぇ、これの名前、知ってんのか。さすがだな」
「古(いにしえ)の時代、魔王領を支配していた強大なモンスターたちが、常に体から放っていたという暗黒……! なぜ、貴様がそれを……!」
魔術師の顔は、木のうろのような目を半月状に吊り上げ、歯のない口を食いしばっていた。
嫉妬か? どうやら嫉妬しているのか。自分より俺の方がモンスターだったから嫉妬しているようだ。
ふふん、魔王討伐時代のモンスターなんて、現代のモンスターにとっては神話の怪物レベルだからな。
地上の覇者だった時期もあるから、まさにトカゲと恐竜というたとえがぴったりくるレベル差だ。
「その魔法を、人間に使いこなせるはずがない、『闇魔法』の中でも、『王の魔法』に属する最上位魔法だぞ……! ダンジョンでは一部のモンスターが『ボス部屋』を生み出している魔法だと言われている……き、貴様、いったい……!」
「なるほどなぁ、『ボス部屋』を作る魔法だったのか……なんで俺にこんな力があるのかと思ったら、そういう事だったのか」
「し、知らなかったのか!? 何者なんだ、貴様……!」
さすがウェアラブル・ウルフさん。勉強になりますね。
「じゃあ、俺はこのダンジョンのボスってことでいいんじゃね?」
俺は、グーでそいつを殴った。
一撃。どぱんっ、と毛皮の隙間から黒い霧が噴出し、ウェアラブル・ウルフの名の通り、着ぐるみみたいな毛皮がくたっと地面に落ちた。
悪霊は7つの一等魔石と、大量の星雲魔石をじゃらじゃらと落として消え去った。
魔石の組成はオーソドックスな水晶に、ベリル鋼、わずかに金も混じっていた。
金は魔鋼素材として産業でかなり需要があるんだ。スマホにも組み込まれている。
おまけのドロップアイテムも、魔術師がえり好みしたらしい伝説級の剣が6本。
そして忘れちゃならない、5名からなる下着姿の女の子たちをゲットした。
たとえ俺の正体が勇者だろうとオークだろうと、この状況でやることは決まっている。
クリスマス前に早速いただいた。
ハーレムは大変美味しかったが、これで何か問題がおこらないわけがなかった。
後日、騎士学園から呼び出しを食らった俺に、学園理事長がじきじきに対面した。
俺の母の友達、というからには最低でも30は超えているはずだが、彼女といざ対面してみると、まるっきり少女のような可愛らしい姿をしている。
聞いたところによると、ドワーフの血が流れているらしい。
人間だったら10代前半になるかならないかといった容姿で、俺より年下に見える。
なんでも作らなければならない性分のドワーフは、赤ん坊のミルクも手作りなので、胸も一生ぺったんだ。
生徒用の椅子に座ると地面に足がつかないので、椅子を上り下りするたびに抱っこしてあげる必要があった。
これでもマザーは300年前にツインタワーを生み出した冒険者のドワーフの末裔で、いくつかの学園の理事長をつとめている。
マザーは俺と向かい合って座ると、実年齢を感じさせる落ち着いた眼差しでまっすぐ俺を見つめてきた。俺はその目をまっすぐ見つめ返せなかった。
「あの子たちがお嫁に行けなくなったら責任を取るの?」
「全員ってわけには……」
「私はふざけているんじゃないの。どこからか貴方の本家のことをかぎつけた連中がいたらしくて、嫁に取れってしつこいくらいに問い合わせがきているのよ」
「マザーのところに?」
「いちおう、あなたたち兄妹の保護者という肩書ですからね」
俺の本家、つまり姫騎士の母親の実家は、2000年前の光の勇者の子孫を標榜していて、かなりの名門だった。
母親が俺を身ごもった時、一族は俺を産むことに猛反対したが、母親は「この子を産んで育てる」と言って親戚と大喧嘩をし、その末に国宝に指定されていた実家の巨大な石の門を蹴っ飛ばして粉砕しながら実家を飛び出し、ここ迷宮都市アールシュバリエの小さなアパートを借りて住むようになった。
指先に凍傷や赤切れを作りながら『氷の迷宮』に幾たびも潜り込んで、まだ赤ん坊だったころから俺を育ててきた。
母親がいない間の俺の世話をしてもらったり、母親の友人であるマザーには、その頃からなにかと世話になっていたのだった。
俺のおしめを変えていたころからマザーは今と変わらない見た目だったので、俺の方がでかくなっても俺の中ではずっとお姉ちゃん的な立ち位置だった。
なので、いまだに彼女には頭が上がらない俺である。
「そりゃまあ、あんな状況になったらああなるのが自然というか、向こうからやってきたんです」
「騎士はそのような言い訳はしないわよ」
「……わかっています」
「だって、あなたにも下心がなかったわけじゃないんでしょう?」
「……はい、おっしゃる通りです、すみません」
俺はふごふご、とうなだれた。
どうやら俺は、マザーが呆れるぐらい、どーしようもない女好きになってしまったらしい。
それがオークから受け継いだ性質なのか、勇者から受け継いだ性質なのかはわからない。
両方だとしても決して矛盾しないから始末が悪い。
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