第12話 兄さん、誰です? そのエルフ(真剣)

 エルフの調味料、なんて聞けば身構えてしまうかもしれないが、なんてことはない。

 肉食を禁じているエルフが、タンパク質を摂取するために生み出したという魔法植物を使った調味料だ。

 俺はエルフ大豆と呼んでいるが、それがなんと、ほぼ大豆なのだ。


 アールシュバリエには隣のマルドラームからやってきたエルフの新都民が多いので、スーパーには味噌そっくりなエルフ味噌や、醬油そっくりなエルフ醤油、発酵食品のエルフ納豆まで取り揃えてあった。

 そんなエルフ料理に日本から転生してきた俺が記憶を呼び覚まされないわけがなかった。


 一度マルドラームの民族料理を出してくれる料亭に行ったことがあるが、木でしつらえられた壁や柱は漆で黒光りしており、ドアまで障子やふすま、いわゆる紙でできている。

 とんがった耳の女将が着ている素朴な藍染の着物の図柄も花柄と、そこではすべてが植物で成立していた。

 ひっつめた黒髪には花のかんざしが一輪。これぞまさしく、森の民の文化である。


 これまた木製の簡素なテーブルの上には、真っ黒い液体の入った瓶が1本でん、と置いてあって、他に何があるの? というぐらいにラベルもなにも貼られていない。

 これがエルフ醤油だった。ほぼ醤油である。これをエルフ豆腐にかけて食べる。


 定食は定番のエルフ味噌汁に、エルフのきんぴらごぼう、エルフ油揚げと根菜の酢漬けに、肉なんて申し訳程度にサケの切り身が1枚しかなかった。


 そうだよな、肉食を限りなく廃したら、こうなるよな。

 エルフの食卓が日本食と似ているのか、日本食がエルフの食卓と似ているのか。

 俺は懐かしすぎて思わず涙した。


「お、お肉の方がよかったですか」


 エルフ料理を前に、とつぜん泣き始めたハーフオークの俺に、申し訳なさそうに言う女将。

 俺は彼女を抱き寄せ、「いいや、そうじゃない」と、とんがった耳に唇がふれるぐらいの至近距離で囁いた。


「い、いけません……お客様……あっ」


「騎士に人前で涙を流させるなど、よくも恥をかかせてくれたな。罰として、今夜はお前の耳が真っ赤になるぐらい沢山の愛をささやいてやる」


「あんっ……けだもの、けだものーっ!」


 閑話休題。

 みそ汁の完成である。


 米は、ケーキを買ってあったのでやめておいた。

 オートミールやリゾットにするための米なので、日本米みたいにふっくら炊けないだろうが、機会があれば挑戦してみたい。


 豚肉のソテーと、里芋の煮っ転がし。

 あとはケーキとオレンジジュースのささやかなクリスマス料理が出来上がった。


 自分で味見してみると、可もなく不可もなく。

 日本のガチ料理店に比べれば足元にも及ばないぐらいだが、まぁこんなもんだろう。


 魔法の調味料をつかえば、ガチ料理店と同じくらい旨くできてしまうんだがな。

 例のごとく、リリエンタールの魔法舌には通用しない調味料なので、我が家では封印せざるを得ない。

 リリエンタールは食欲がわかないのか、神妙な面持ちでそれらを見つめていた。


「ほら、食べてみろリリエンタール。昼も食べてないんだろ? 今日のはそこそこ上手くできたと思うから」


「いつもコンビニ食ばっかりの兄さんの料理はあんまり信用ならないのですが……」


「最近のコンビニ食ってけっこう美味いよ?」


 リリエンタールは、ケーキに突き刺したフォークをくるくる皿の上で迷わせながら、妙に不安げな表情で言った。


「兄さんは『残留魔法』が気にならないのですか?」


「『残留魔法』ってあれだろ? 魔法合成食品とか、倍速育成農法とかいうやつ」


「あんまり分かっていませんね。自炊をすれば安全かと言われれば、必ずしもそうでもないのですよ」


「そうなんだ」


「そうなのです。スーパーで買った鶏や牛の肉にしたって、飼料を生み出すのに魔法を使うし。魔法無添加といわれている自然派野菜も、冷凍保存して輸送するのに魔法の力を使うし。冷凍保存せずに輸送する場合は転移魔法のゲートをくぐらせなければならないし。必ずどこかに魔法を使っているものなのです」


「それって、もう何を食べても変わらないってことじゃない?」


「危機意識の問題なのです。最近は、どんな食品でもおいしく仕上がる『魔法の調味料』まで存在するのです。まったく、とんだ魔法の調味料なのです」


「……あれ、俺にはふつーに美味いんだけど。そんなにダメなの?」


「ダメです」


 と、リリエンタールは苦虫をかみつぶしたような顔をして言った。


「人間が毎日食品から残留魔法を浴び続けていると、がんの発症や、発育不良、はては魔法を浴びてミュータント化するなどの問題が考えられます。兄さんも、コンビニ食ばっかり食べるのはもうやめてくださいよ?」


「わかった、これからはなるだけ自炊することにするよ」


「素直な兄さんは好きです」


「俺もお前のことが好きだよ」


「兄さんの方が私の事をもっと好きです」


「お前の方が俺の事をもっと好きなんじゃないの?」


 体に悪いけど美味しいものの存在を認めてくれない、厳しい妹なのだった。

 コーラを飲んだ時は、幸福感も得られるのでトータルで健康にいいという理論があるんだけどな。言っても理解できないだろう。


 まあ、せっかく異世界の記憶もよみがえってくれた事だしな。

 妹がおいしい食事を食べられるのなら、頑張って自炊するようにしよう。


 リリエンタールは豚肉のソテーを口に運んだ。


 もぐもぐもぐもぐ……。


 リリエンタールが危惧している残留魔法に関しては、俺はまったく心配していなかった。


 なんせ俺は魔法を一切使わずに調理ができるのだ。

 おまけに闇魔法をこっそり発動させて、残留魔法をあらかた消し去っていたからな。


 いま、彼女の口内は、初めて味わう『無属性』の味によって満たされているはずだ。

 この無属性攻撃は、魔法使いに効く。

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