第11話 兄と私は相思相愛ですよ?

 俺は魔法文字のネオンが輝く夜の街を抜けていった。

 ぶひぶひ言いながら走って、スーパーの暖かい空気に、ようやく人心地がついた。


 魔法使いたちが集まってできた魔法都市ガーデノンは、世界一飯がまずい街と言われている。

 かつてドワーフの学者がガーデノンを研究して、「彼らはエールを飲むだけで生きていける。なぜならスーパーに他の食料が売っていないからだ」と結論したという冗談まである徹底ぶりだったらしい。


 対して、迷宮都市のアールシュバリエはいろんな地方から冒険者が集まってできた町なので、平均すればメシはうまい方だった。アイスクリームやジェラートに至っては絶品である。


 そんな街のスーパーには世界各国から食材が輸入されていて、俺の記憶にある日本とほとんど変わらない豊富な品ぞろえになっていた。


 かつて金と取り引きされていたほどの高級品だった南海産のコショウに、日本でも戦争の行く末を左右していた塩。

 妖精の幻惑魔法がかかった『魔法の調味料』なる商品もあったが、これは今は使えない。


 それらのコーナーをしり目に、さらに奥に向かうと……あった。

 俺の大好きなエルフの調味料だ。


 いや、こう書くと俺がエルフの女の子大好きみたいだが、俺が好きなのは調味料の方だ。エルフも大好きだが。


 それらの商品には、小さくアルミラージ社の紋章が書かれていた。

 健康志向の妹のメガネにかなう数少ない企業である。ありがたい気持ちでそれを手に取る。


 ウニ、マグロ、エビ、イカなど、名前と形は少々違っていても似たような食材はいくらでも手に入った。冷凍して転送魔法で国外から送ってくるので、さすがに魔力を帯びてしまっているが。


 前世の記憶がよみがえったせいか、体が料理をする感覚を覚えている。必要な食材をてきぱきと籠に詰め込んで、頭の中で調理の手順を思い浮かべていた。

 カゴ一杯になるぐらい、何時間でも買い物をしていたいが、あいにく時間がない。


 両手に袋を携えて、アパートの部屋に戻ると、リリエンタールは姫騎士の格好ではなく、平素の女の子の姿に戻っていた。


 髪も白から金色に、肩はずいぶん狭めだった。

 相変わらず可愛らしい妹だったが、欠点があるとすれば、胸がデカすぎる。


 俺も童貞のころは、女の子の胸は大きければ大きいほどいいと思っていたが、異種族だといくらでも巨乳がいて、胸を揉むたびに手が異様に疲れるので、ほどほどがいい事に気づいた。

 2リットル入りペットボトルと、500ミリリットル入りペットボトルを揉み比べてみると、どちらが楽かは明白だ。1リットル入りの牛乳パックぐらいが人間にはちょうどいい。

 ちなみに、妹は全部同時に片手で揉むくらい重たい。なんでこんなにデカくなった。


 本来は可愛らしい猫が仰向けに寝転がったイラストがプリントされているはずのTシャツが、イラストが横に引っ張られすぎて、まるでカンフー猫みたいなアグレッシブな猫になっていたり。


「兄さん、私は別に兄さんを待っていたわけではありませんが、3分遅刻ですよ?」


「分かってるよ」


 エプロンを身に着け、遠火炉(コンロ)に火をつけた。

 出来れば魔法は一切使いたくなかったのだが、火は仕方ない。

 フライパンに豚の背油を敷くと、ふんわりとしたいい香りの予感が漂った。


「てっきり、クリスマスは仕事仲間と飲んだりするんだと思ったけどな」


「兄さんはわかっていません……恋人のいない姫騎士なんていないのですよ?」


「そりゃそうか、恋人のいない姫騎士なんてお前ぐらいだよな」


「ぷー、そこで納得しないでほしいのです」


「安心しろ、今日は兄ちゃんがお前の恋人になってやる」


「兄さん愛しています」


「俺も愛してるよ、リリ」


 妹がにっこり笑った。

 ふごふご、と俺は笑った。

 リリエンタールは美人のくせに社交性が低くてあんまりモテないのだった。


 料理の味が分からないというのは不便なものである。

 仲間とパーティに行ってもあんまり楽しめないし、お酒もまだ飲めない。なにかと理由をつけて早々と帰宅してしまう。

 そんな妹を支えてやるのが兄としての俺の役割だった。


 妹はあまり食欲がないだろうから、ドレッシングをさっぱり目に。

 野菜も軽く湯通ししてから細かく切り刻んだ。


 トントントン、包丁のリズミカルな音に、ピョートル君もネズミ車を回すのをやめていた。


 この世界には、調理魔法という便利なものがあって、俺も小さい頃はよく使っていた。


 都内の有名料理店ではこれを駆使し、1日のピークタイムに30分で数千食をいっきに作り上げるという離れ業をやってのける。


 けれど、今の俺は魔法なんてまったくこれっぽっちも使えない。

 前世で自炊していた記憶も戻ってきた今は、使う必要もなかった。

 そこが俺の強みでもあった。


 深鍋にお湯をはり、手のひらをかざしたり裏返したりして温度を確認する。

 豚肉をさっと湯通ししてから、フライパンで片栗粉とともに焼き上げる。

 砂糖、みりんなどの定番調味料を各種混ぜ合わせ、フライパンで強火で加熱して玉ねぎをあえ、特性のソースを作る。


 ふごふご~♪ と鼻歌を歌いながら隣の鍋の様子を見る。

 別の鍋では煮干しと昆布でダシを取っていた。

 ここで登場するのがエルフの調味料だ。

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