第13話 兄が模擬面接を受けるようですよ?
リリエンタールは、電撃が走ったみたいにぴしりり、と背筋を伸ばした。
胸のカンフー猫がダイナミックに飛び膝蹴りを放ってきて、真正面にいた俺は顔を背けてそれをかわした。
まるで皿の上に何か不思議なものがあるみたいに俺の作った豚肉のソテーに目を落としていた。
さらに、一口、二口、と食べていく。
箸が止まらない、どうやら気に入ったらしい。
最後に味噌汁をすすって、ふわぁぁ、と目を輝かせて感嘆をもらしていた。
リリエンタールは、素晴らしいものを食べてしまったという驚きの表情で器を見ていたが、やがてその輝く目を俺に向けた。
「兄さん兄さん、去勢しましょう」
「どうした、リリ。懐かしい冗談だな」
「去勢しましょう!」
俺は苦笑して首を振った。
懐かしい気持ちになる冗談だった。冗談だよな?
その昔、母親が他界したころ、マザーと相談してリリエンタールは実家に引き取ってもらうことになったのだが、「兄ちゃんと結婚する!」といって実家から飛び出し、俺のところに押しかけてきたのだった。
ひとりになるのが嫌で、俺が学校に行こうとするとわんわん泣いて、けっきょく騎士学園まで引っ付いてきたりしていた。
やれやれ、仕方ないな、学生の身分で苦しい生活をしているけれど、ここは兄ちゃんが養ってやるか、などと言っていた端から、妹は騎士学園に入学するのとほぼ同時にアールシュバリエ騎士団からスカウトを受け、姫騎士になって俺を養う立場になった。
ちなみに姫騎士というのは、毎年騎士候補生の成績優秀な美男美女から選ばれる近衛兵だ。
王国の華とも呼ばれ、国王など政府の重役が国外に出かけるときにその近辺警護をしたり、国際イベントがあればその警備を務めたりなど、国の顔となるようなアイドル的存在である。
そんな王国のアイドルが生計を立てるためにアルバイトなんかをしていると、国の威信にもかかわるため、給料は通常の騎士の5倍から10倍は保証されているという。おうふ。
日々ダンジョンに潜ってモンスターと戦っている騎士とは、まるで別世界の存在であった。ちなみに俺は目つきが悪いから採用されなかった。
「大丈夫、兄ちゃんはリリがやしなってあげるからー!」
と言っていた頼もしい妹は、兄妹では結婚できないという事実を知ると、代わりに「兄ちゃん、私が養ってあげるから、去勢して?」というようになってきたのだった。
リリにとって、結婚するということは貞操を独占するということと同義だったらしい。
騎士にはなりたくないが、このまま騎士をやめてしまえば、妹に養ってもらう未来が確定している。
そして貞操を独占されてしまう。
俺は将来、高収入の仕事に就くために、どうしても魔法士の資格が欲しかったのだ。
「ではー、わがしゃににゅーしゃするりゆうをおきかせねがえますかー」
魔導学園の3代目クラスの教室には、10才にも満たないちびっこ達がいて、わーきゃー騒いでいた。
魔法使いのクラス分けに年齢は関係ない。
むしろ大人になると魔力が消えてしまう人もいるので、なるべく若い頃からの鍛錬と独立が望まれていた。
「はい、御社アルミラージは、世界でもトップクラスの業績を持つ食品メーカーのひとつであり、御社の魔法無添加食材へのこだわりに強い感銘を受けました。また独自の魔法無添加食材の技術開発に、私の能力を生かせるのではないかと思ったからです」
「ふむふむー」
子どもたちは、ぎこちない手つきで真面目にメモを取ってくれていた。
可愛らしい仕草で、見ているとほっこりしてくる。
いま、俺と子どもたちは向かい合わせになるように椅子を並べて、俺を対象にした模擬面接試験に挑んでいた。
騎士学園の生徒なのに魔法士の資格を取ろうとしてツインタワーの反対側に通い詰めていた俺は、クラスでも浮いた存在だったのだが、子どもたちはひそかに俺の事を応援してくれていたのだ。
あと、彼らは手作りクッキーが弱点だ。闇魔法料理の練習台にもなってくれた。
「ではー、ドナテッロさんはー、騎士学園に10年通っておられますがー、その間なにをなさっておいででしたかー」
「はい、私は『魔法舌』の妹のために、魔法を使わない料理の作り方を研究していました。その分野の知識に関しては誰にも負けません。その結果として、御社の食品が1番有効な素材だという考えに至りました」
「ではー、在学中に魔法技能資格をひとつも取られていないのには、なにか理由があるのでしょうかー」
「……正直に言いますと、妹の魔法の才は確かなものだったのですが、私の魔法の才はほとんどなかったのです。しかし、その代わりに魔法を使わない作業が得意でして……」
「げんざいアールシュバリエはー、急速にグローバル化が進んでいますー。
「……ええと、ですね」
「『魔法舌』の妹さんのために就職先を決めてるんですねー、ドナテロさんはー、シスコンでいらっしゃいますかー」
「ああそうさ、俺はシスコンさ! シスコンで何が悪い!」
俺は思わず声を上げて立ち上がり、スマホのお気に入り妹画像集を見せつけて力説した。
「ほら! 見ろよ、めっちゃくちゃ可愛いんだぞ、うちのリリエンタールは! こんな可愛い子が毎日俺と一緒にご飯食べて、俺みたいなできそこないの料理を美味しい美味しいって言いながら幸せそうな顔してくれるんだ、そりゃー料理人目指すぐらい人生変わるってのー!」
「落ち着いてくださいドナテッロさん」
「ドナテロにいちゃー、落ち着けー」
「さっきから妹という単語を使いすぎだぞー」
「ではー、最後に、これだけは他の人には負けないという、ドナテロさんならではのセールスポイントはありますかー」
「はい……それはこれです!」
俺は持参していた包み紙を開き、子どもたちの前にクッキーを取り出して見せた。
バターや砂糖をふんだんに使った高カロリーなこってりクッキーである。
歓声を上げながら子どもたちはわらわらと駆け寄ってきて、あっという間にクッキーはなくなってしまった。
「採用!」
「さいよー!」
「ぜひ明日から来てくれたまえー!」
ふっ、ちょろいぜ。
本番もこのくらい上手くいってくれることを祈ろう。
くすくす、笑い声が聞こえて、俺はどきん、と胸の高鳴りを覚えた。
「なかなかいい面接ね、ドナテッロ」
見ると、窓にセーラー服の美少女が腰かけていた。
金色のさらさらとしたロングヘアは、子どもたちが触りたがるぐらい不思議な透明感がある。
しなやかな足はプリーツスカートの端から惜しげもなく陽光の中にさらされていた。
誰が見ても美少女と呼ぶにふさわしい迫力を備えた顔に、白い耳がみょんっと伸びていた。
エルフ耳に、セーラー服とスマホ。そして腰に差しているのは厳めしい日本刀。
魔道学園3代目クラス、50年生のビビ先輩だ。
俺の憧れの先輩でもある。
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