第6話 兄は触手に興味があるようですよ?
ウェアラブル・ウルフから出てきた魔術師は、表情のないのっぺりとした顔を震わせ、声を押し殺して笑った。
「こいつは、冒険者を食うのが好きでな……貴様のような腕の立つ冒険者を、もう何人食ってきたかわからぬ……」
「ああ、そうかい」ちなみに俺は冒険者じゃないけどな。
「ふくく……貴様も一度、モンスターになった気分を味わってみるといい……すばらしいぞ、奴らの力は無尽蔵だ……! この身体になって、わしは何百年と研究を重ねてきた……!」
ウェアラブル・ウルフの開きっぱなしになったジッパーから、腕の代わりに、ぬらぬらとしたヘビのような触手が伸びてきた。亡霊の触手だ。
おいおい、いったいどんな冒険者を食ったんだ、こいつ。
地面に横たわって動けないでいる騎士候補生たちは、粘液を飛ばしながらのたうつ触手たちに怯えて悲鳴を上げた。
「ひっ、やだ、これ、ぬるぬるしてる……!」
「いや……いやあああぁぁっ! 触らないでぇ!」
ああ、ジャガー……ユリア……すまん、俺はこの状況で、ちょっと興奮してる。
だって触手だぜ。触手プレイなんて転生してから17年、まだお目にかかった事すらない。
「や、やめろ! 放せ!」
触手はジャガーの胸元に這い寄ると、万力のような凄まじい力で鎧の胸当てをはぎとり、両腕を無理やりこじあけ、足を押さえつけ、大きく膨らんだシャツの中へと乱暴に侵入していった。
ユリアは両腕を縛られた状態で前屈みにさせられ、ぬめった触手にスパッツの中に侵入され、声も出せないでひくひくしている。
いいぞ、その調子だ!
「ぐぅぅ! ひれつな……!」
「ふははは! 安心しろ、命までは取らん! 貴様らは私の開発した新薬の実験体として、地下深くで死ぬまで飼い続けてやるからな!」
俺はふつふつと血が煮えたぎるのを感じていた。
怒りではない、怒りなんかよりももっと神聖な感情。
そう、性欲だ。
オークという種族はモンスターの中でも性欲がけた外れているという。
異種族でさえも襲って妊娠させてしまうというその性欲は、人間の10倍、エルフに換算すると250倍。
ひょっとすると神聖なモンスターなのかもしれない、と思うことがある。
だって怒りが破壊をもたらす悪の感情ならば、性欲は新たな生命を生み出す聖なる感情じゃないか?
全身に血がたぎり、細胞の新陳代謝が活発になると、深海と同じ組成の魔鋼の粒子、マジック・ミネラルを利用して、体内につぎつぎと魔力が放出されていく。
この世界における、すべての魔法生物に共通の細胞機能だ。この謎の多いエナジー魔力を利用して、魔法が発動する。
そのとき、魔法の発動を邪魔するように、胸の中心にずどんっと、まるでブラックホールのような凄まじい質量の塊を感じた。
呼吸ができないほどの苦しみを覚える。
まただ。いつもこれだ。最近、魔法を使おうとすると、俺の体の中に決まって現れる、謎の黒い孔。体中からあふれる力が、そこにどんどん吸い込まれていく。
「が……は……ああああッ!」
意識がふっと遠ざかりそうになる。俺はすんででそれをこらえた。こんなところで気絶するなんてありえなかった。
地面に爪を立て、血管がブチ切れそうになるぐらい力を込めて、どんどん成長していくブラックホールに魔力のエサを与え続けながら、全神経を集中させて覚醒し続けた。
そのとき、俺の体内にあった黒い孔が、影のようにぬうっと伸びあがった。
それはまるで壁面にうつった俺の影のように、物理的な一切の抵抗を受けずにのうのうと巨大化していく。
やがて横にも伸びて十字の影となり、俺の背中から黒い翼のようなものが生えてきた。
「ぬぅッ!?」
ウェアラブル・ウルフはとっさに飛び下がった。
黒い波動がダンジョンの屋内に広がり、俺たちの体を縛っていた透明な縄は燃え上がり、ただの土くれと金色の昆虫になって崩れ去った。
騎士候補生は全員の体が自由になったが、それよりも魔術師は俺の存在を脅威ととらえた様子だった。
「ば、バカな……ありえん、『虚無の縄そのⅠ(レージング)』が……破壊されるだとッ! そんな……そんな魔法は、理論上ありえん……ッ!」
どうやら、魔術師にとって破られると困る決め手を破ってしまったらしい。
本来なら壊れちゃいけないものだったのか。ごめんな、俺、古い魔法には詳しくないんだわ。
ちらり、と他の女騎士たちの様子を見ると、鎧や服を脱がされかかっていた。『脱がされかかっていた』。……俺はその場にくずおれそうになった。
俺はウェアラブル・ウルフを睨みつけながら、「もう一度お願いします」と泣いて謝っていた。心の中で彼に全力で土下座していた。
けれど、騎士はそんなみっともないことはしない。なぜなら騎士は触手プレイみたいなアブノーマルな趣味をもたないからだ。
「はぁっ、はぁっ……な、なに、これ……!」
「う……動けない……ッ!?」
魔法が解け、手足が動くようになったにもかかわらず、女騎士たちはなかなか地面から立てずにいた。
あ、そうそう。俺の黒い翼は『すべての魔法を封じる』。
進化の鎧は総重量40キロ、パワー・アシストがない状態で動かすのは、至難の業だ。
まあ、俺には関係ないけどな。俺の鎧はこの力がいつ発動してもいいように、常に魔工デバイスを切ってあった。
「みんな、落ち着いて……鎧を脱いで……!」
その一言に従って、女騎士たちはいっせいに鎧を脱ぎ始めた。
ふっ……。
俺は眼前に広がる桃色の光景を見ながら口の端を吊り上げた。
「ドナテッロ! あんた何者なの!」
「俺の秘密はベッドの上で教えてやる……後で部屋に来な?」
などと言ってみたけれど、俺にもこの黒い翼の正体はわからない。答えられる質問には限りがある。
「はぅぅ、ドナテッロさま」
けれども、女の子たちはきゅんときたみたいだ。何人かは本当に来てしまいそうだ。
騎士になってわかったのは、中身はともなわなくてもコミュ力さえ鍛えれば、欲しいものは大抵手に入るってことだ。
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