第4話 兄に近づく女の子その2、ユリアさんですよ?

 モンスターを倒さなければ金にならないこの職業だったが、俺は倒すモンスターをいちいち選んでいた。

 オークの血のせいか、なまじ彼らの言葉が分かってしまうので、倒すに値する奴かそうでない奴か、俺と気が合いそうな奴かそうでない奴か、しっかりと見極めていかないと、後ですごく悩むことになるのだ。


 というのも、なぜかモンスターは自分から俺に攻撃してこない。

 こうやって俺の方から戦闘に持ち込まないと、攻撃してくる素振りすらない、俺に対しては無害な存在なのだ。

 怖がっているというより、同じモンスター仲間だと感じる何かが俺の中にあるような感じで接してくる。


 じつは俺は小心者なので、そんなモンスターを倒した日にはもう、夢にうなされるぐらい悩んでしまう。

 常に女の子にモテるために全力で生きてきた俺でも、本当は心を痛めながらモンスターを倒してきたのだ。

 そんな気分で手に入れたお金で、妹にクリスマス・プレゼントなど買ってあげられない。ゴムは買うけどな。ゴムは必需品だ。


「じゃあ、あーいう天然なのはどうよ?」


「グルる?」


 ウェアラブル・ウルフの濁った黄色い目が、ちらり、と俺の示した方向をむいた。


「だあああんちょおおおおぉっ! どいてぇぇぇぇぇ!」


 大きな胸に窮屈そうな鎧、騎士候補生のユリアが、のったのったと走りながら一角獣アルミラージに向かって突進していった。


 動きは遅いが、凄まじい大剣を振りかぶっている。

 1本25キロもある巨人用の諸刃の剣バスタードだが、進化の鎧が筋力の動きを補助してくれるため、女子のユリアにも軽々と持ち上げることが出来るのだ。


 至近距離で攻撃したときの破壊力はすさまじかった。

 誰もがその次の惨劇を予期して彼女から遠ざかったころに、えいやっと剣を振り下ろした。


 ばごんっ。


 剣先がむき出しの岩を深くえぐり、ウサギさんは木っ端みじんになった。

 肉片がびちゃびちゃと辺りに飛び散り、黒い霧と3つの色とりどりの宝石になって消えた。


 そして、後ろからその様子を見ていた俺たちは、ユリアが前かがみになった瞬間に、彼女の黒いスパッツに包まれた臀部がぷりんっとこちらに突き出されるのを見て、おおっ、がるるっ、と声をあげた。


 ユリアは、鉄兜のバイザーを親指でかちゃっと持ち上げると、ふー、と息を吐いた。

 汗ばんだ頬に栗色の髪の毛がはりついていて、いかにも健康的だった。


「あれっ……このアルミラージ、魔石3個もってる? いやっほー! ラッキー!」


 そして、守銭奴である。

 戦闘中にもかかわらず、地面にかがみこんで、雑魚が落とした石を回収してにやにやしていた。


「がるるる!(いいね! いや、あれどうかと思うよ! いや、かわいいじゃん! いや、あざとすぎだって!)」


「そうかそうか、やっぱりそう思うか」


 だから、どれだってば。


 ウェアラブル・ウルフは、毛皮の中に無数の魂を封じ込めたアンデッド系の上位モンスターだ。

 いろんな人格が合体してしまっているので、言うことがちぐはぐなのだった。

 俺と趣味の合う奴なら逃がしてやろうと思ったが……この場合はどうしようか悩む。


 俺はこいつを倒した時に手に入る利益について考えてみた。

 モンスターを倒したときに得られる魔石は、成分によって値段が違ってくるが、標準的な水晶とベリル鋼なら、1個につき銀貨1枚と銅貨2枚(約3000円)と言ったところだ。

 ここは、周囲の地面に金や銀の鉱脈が見受けられる。

 ここにいるモンスターの魔石もそういった成分を吸収して成長するので、うまくいけば『魔鋼』を含んだレア魔石になる可能性がある。


 星6級のこいつなら、『星雲』というボーナス魔石もかなりデカいのをドロップするので、銀貨紙幣2枚(おおよそ5万円)は堅い。


「じゃ……間を取って、悪い奴ってことでいいかな?」


 俺の気配が変わるのを感じ取ったのか、ウェアラブル・ウルフはとっさに身を引いた。

 ガルルルッ、と声の獣性が増した。

 その表情は見る間に変貌していく。

 耳元まで口が吊り上がると、ワニのようにずらりと並んだ牙がのぞいた。口までチャックみたいだ。これで等級もう1段階あがらないかな? 無理か。


 じいいいいっ、と閉じられていた全身のチャックが開くと、中からニョキニョキと腕が生え始めた。

 うっすらと透けて向こうが見える、黒い血管の浮かび上がった腕、腕、腕。

 まるで中に人間がいるように、毛皮から次々と腕が出てくる。


 ウェアラブル・ウルフの固有スキル、亡霊の腕(ファントム・アームズ)だ。

 剣や盾、斧を持った、かつての冒険者たちの生霊、ようするに、ウルフの中の人たちの腕が御開帳である。


 どうやら、相当なレベルの冒険者たちをこいつは食ったと見える。

 雷剣カラドボルグ、竜呼びの槍、炎剣レーヴァテイン、血濡れの鎌、暗殺剣『必殺(シヌガイイ)』、同じく暗殺剣『斬殺(キリステル)』。

 持っている武器もいちいちレベルが高いやつばかりだ。


 この手のモンスターは、強い奴と弱い奴の格差が激しい。

 強い奴は強い冒険者を食って、その強さを極端なレベルまで磨き上げる。


 その戦闘力は、実際にこうやって戦ってみなければわからない。

 俺はそれらが持つ武具を眺め渡しながら、ひゅーうと口笛を吹いた。


「いい腕もってんじゃん?」


 どうしてだろう、俺は家にいるときよりも、学校にいるときよりも、こうやってダンジョンにいるときの方が落ち着く。

 それはオークの血のせいなのか、それとも姫騎士の母親から受け継いだ勇者の血のせいなのか。


 ひょっとすると、両方かもしれない。

 そのふたつは、けっして矛盾しないはずだ。

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