第3話 兄に近づく女の子その1、ジャガーさんですよ?

 氷の迷宮をいただきにもつ山に、ぽっかりとあいた巨大な洞窟。

 俺はそこで、1匹の狼型モンスターとギチギチつばぜり合いをしながら語り合っていた。


「なあオオカミ、ところでお前、女の子はどういうのがタイプだよ?」


「グルル?」


「ほら、あるだろ? 年下じゃなきゃダメだとか、胸がデカけりゃなんでもいいとか」


 お相手は、毛皮に包まれた全身にチャックがついた、オシャレな二足歩行のオオカミだ。


 ジップの魔女によって、さまざまな獣を継ぎ合わせて作られたという、フランケンシュタインみたいに継ぎ接ぎだらけの身体。

 血色の悪い紫色の舌をでろんと伸ばして、死者の魂が出入りする6つのチャックをちゃりちゃりと鳴らしながら、焦点の定まらない濁った眼で冒険者をじっと品定めしている。

 品定めしている、というからには、好みぐらいあるんじゃないか? と思ったのだが。


「グルルるルル(あるある、俺年上ダメ、年下ダメ、俺を好きになってくれる女なら誰でも、タイプとかそんなんはないけど胸は絶対、胸がデカくてもにおいが気になるとかある)」


「どれだよ」


 こいつが迷宮に巣くうモンスター、種族名はウェアラブル・ウルフ。

 チャックの数によって階級が異なる。《シックス・ジッパー》は6つのチャックを持ち、6つの大型魔石を核に持つ、星6モンスターに相当した。

 継ぎ接ぎになった魂も6匹ぶん。軽いアパートだ。


 俺のアルバイトは、こういったモンスターと戦う戦力として、ダンジョン探索のパーティに参加する事だった。

 探索パーティを結成するのは、昔は王侯貴族だったらしいのだが、いまは研究資材をあつめる魔法士だったり、あるいは大企業の錬金術師チームだったりする。

 成績優秀な騎士は、どのパーティにも引っ張りだこだ。


 ツインタワーのすぐ目の前に『氷の迷宮』の入り口があって、山の中腹までの低レベル層なら、学校の帰りにも通うことが出来る。


 おまけに学割もきくので助かった。ダンジョン探索はタダではないのだ。

 ダンジョンの中に落ちているアイテムは、法律でダンジョンの所有者の物と定められているので、勝手に中のものを拾っていい訳ではない。


 その点、探索者の活動で成り立っているアールシュバリエはかなり寛容で、一定の金額を支払えばダンジョンのアイテムは拾い放題、さらに学生は銅貨紙幣2枚(日本円で約1000円相当)で1日潜り放題だった。


 さらに俺のポジションはタンクだ。

 他のメンバーが雑魚を散らしている間に、モンスターの群れの中でも、一番強い奴を引きつけておくのが俺の役目だった。


 報酬はドロップアイテムが山分けとなっていたため、1体だけ引きつけておけばあとのザコは無視していい俺には、かなり割のいいお仕事だったのだ。


 敵の群れのボスと思しきモンスターと一触即発のにらみ合いをしている……ふりをしながら、女の子たちがわーきゃー言いながら脇に汗をかき、お尻をふってモンスターと戦っているのをちらちら眺めつつ、雑談でお茶を濁していた。


「チャックは多い方がいいのか? それとも少ない方?」


「ぐるるるる(多い方? いや、少ない方? いや、俺と同じくらい? いや、チャックなんているか?)」


「どれだよ……じゃあ、あーいう女の子って正直どう思うよ?」


「でやああああっ! はぁっ!」


 紫色の鎧に身を包んだ騎士候補生、ジャガーは、いったいどうやってダンジョンに入ったのか不思議なくらい巨大な石の斧を持った星5モンスター、ドレッドフル・オーガに肉薄すると、相手が振り下ろす斧に対してカウンター気味に顔を切り裂いた。


「ごおぉばぁぁぁぁぁあッ」


 ドレッド・ヘアからわずかに顔をのぞかせた巨人、ドレッドフル・オーガは、霧を発生させる謎の雄たけびをあげる。

 すると、ピーン、という音と共に、機械的な声がどこからともなく響いてくる。


絶叫ドレイド、検知しました。反対魔法を構築、無効化します』


 混乱した幽霊が地面から踊り出してくる、情緒不安定を誘う雄たけびだったが、ジャガーの身につけている英雄の兜は瞬時に防御魔法を構築し、その効果を散らしていた。


 この兜を身に着けていると、やたらめったら斧を振り回して暴れているドレッドフル・オーガの攻撃が、ゆっくりと水中をただようように緩やかに見える。

 加速魔法によって、人間の脳の情報伝達速度を倍加させる、軍御用達の最新魔工デバイスが搭載されているのだ。


 それに彼女くらいの身体能力があわされば、オーガの攻撃ぐらい、落ち着いて回避することができる。


 騎士という職業は、エルフでもドワーフでもない、魔石工学機器を発達させた人間の固有ジョブだ。

 こういった特殊な防具を身に着けることによって力を得るのだが、魔法の効きやすい人間が向いているという。


 ジャガーが構えた破邪の剣は、電撃によるダメージを与える中距離・近距離での戦闘に特化した高性能の剣だ。

 地面から蒸気機関のような水蒸気が吹き上がり、幽霊達を蹴散らす。スタンガンのごとき高電圧の嵐が駆け抜け、ドレッドフル・オーガが一瞬喉を詰まらせて沈黙する。


 進化の鎧によって動きをアシストしてもらっているジャガーは、超人的なジャンプで斧を飛び越え、ダンジョンの鍾乳石を背中で削りながら素早く攻撃を重ねた。

 角を飛ばし、腕を飛ばし、足を飛ばし、もう一度飛び上がって、ドレッド・ヘアを掴んで喉笛をひとつき。

 ドレッド・ヘアの巨人が仰向けにひっくり返って、ようやく息絶えると、切り離された5体は黒い霧と5つの大宝石に、それと10数個の透明な宝石になって跡形もなく消えた。


「ふん……たわいもない……」


 ジャガーは兜を脱いだ。金色の髪がふわっとなびいた。

 さして美形でもない、ふつーの卵顔。そのくせ、つり目でいかにも威圧的だ。

 武芸で名を馳せた名門の令嬢らしく、将来は伝説の姫騎士アリアのような姫騎士になるのが夢だという。なれるんだろうか。

 このパーティを発足したのも彼女自身だ。いちおうチーム・リーダーの肩書きを持っている。

 態度もデカい。胸もデカい。尻もデカい。そこがたまらない。現在恋人募集中。


「ぐるるる……(あれはない、いや、俺は好き、いや、怖すぎ、いや、だがそれがいい)」


「そうかそうか、やっぱそう思うか」


 俺はうんうん、と頷いた。

 いや、だからどれだよ?

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