第32話 カレーは私と兄さんの愛の結晶だと思っていたんですよ?
避難所では他にすることもない。
女の子たちととりとめも無い話をしていると、獣人のおっさんがなにか喚いていた。
「がーっ! べっ! なんだこれは、不味すぎる!」
見ると、おっさんはお腹が空いていたのか、さっそく非常食を食べていた。
インスタントのクラムチャウダーに、冷凍食品のエビピラフだ。
俺も割とお世話になっていた部類のコンビニ食だが、いったい何が気に食わなかったのか、おっさんはヒゲを膨らませて、怒り心頭の様子である。
「魔法使いのメシがマズイとは聞いていたが、まさかここまでとは! わしを一体誰だと思っている! タンデム王室秘書官、ミズライール様であるぞォ!」
おっさんはおもむろにマントを翻し、腰からぎらりと輝く半月刀を抜き放つと、大声で雄たけびをあげた。
「わしにこのような不味いメシを食わせようとは、おのれ人間どもめ、いますぐ戦争だ! どこからでもかかってこい!」
すぐさま周囲のレンジャー部隊が駆けつけてきて、おっさんに銃が向けられた。
おっさんは「冗談じゃわい」とぐちぐちいいながら半月刀をおさめ、怒って席に戻った。
冗談だったのか。獣人のジョークは真に迫っていて分からない。
タンデム王室秘書官……なんだろう、と思ってググってみると、モンスター・ハザードの膨大なニュースに隠れて、「タンデム王室秘書官、行方不明」のニュースが小さく存在していた。
列車でぐーぐー眠っていた姿からは想像もよらなかったのだが、ひょっとすると、ただのゴブリンスレイヤーではなかったみたいだ。
聞いたことのない国名だったが、きっと西方の獣人が治める小国の一つだろう。
アールシュバリエではアフリカの国名みたいなもので、知らない人の方が多い。
おっさんの事はいちおう記憶にとどめておこう。
ひょっとすると、クエストを受注する前にすでにクエストを攻略してしまった的なことがあるかもしれない。
そう思って、俺はおっさんが食べていた非常食に鼻を近づけてみた。
美味いか不味いかはオークの嗅覚でだいたい分かるのだが、そんなにマズそうではない。
その辺に破り捨てられていたパッケージを見ると、賞味期限もまだ来ていない、初級魔法をかけるだけで誰でも手軽にできる簡単なインスタント食だった。
圧縮・乾燥・冷凍の3重呪術を料理にかけることによって、日持ちしやすい状態にしたものである。
食べるときは反対魔法で呪術を解呪するだけ。まさに残留魔法のオンパレードだ。
なるほど、だから、おっさんのような獣人にはちょっとキツいのかもな。
おっさんもきっと『魔法舌』に違いない。薄味すぎて受け入れられなかったんだ。
獣人はエルフやレプリカントと同じ、れっきとした水の魔法民族である。
人間よりも生まれつき魔力が強くて、得意技はヒーリングだ。
ならば、俺が闇魔法を使ってやれば、きっと魔法がかかるまえの本来の味が取り戻せるだろう。
そう思って闇魔法をかけてみると、クラムチャウダーは水分がなくなって、ぺしゃんこになってしまった。
味も匂いもまったく変わって、小麦粉を水で溶かしたようになっている。
どうやら魔法調味料で味を整えていたようだ。人間の食品はどこまでも魔法頼みなんだよなぁ。
人間は他の魔法民族にくらべて魔力が少ないから、リリエンタールぐらい強度の『魔法舌』を持つ者はごく希なのだ。
それになんと言っても非常食だしな、味はさほど重要ではないのだろう。
辛うじて、まともな食品に戻せたのはご飯ぐらいだった。
もともと味のついていないデンプンの塊だから、大して魔法をかける必要がなかったのだろう。
これを使ってなんとか美味しい料理に変貌させられないだろうか。
しばらくうーんと頭を捻った末に、俺はとてもシンプルな結論に至った。
「カレーだ」
ある日急にカレーが食べたくなって、この世界にもカレーがあるのか、と思ってネットでさんざん探しまくったことがある。
すると、ホビットの伝統料理であるシチューに似た牛乳系のルーや、亜人の伝統料理である激辛なものなど、多種多様な料理がヒットした。
この亜人の激辛なものが、数十種類のスパイスと野菜をドロドロになるまで煮詰めるもので、一番カレーっぽいものだった。
ハチミツやリンゴ、イチゴなんかも加えて、苦心してまろやかな日本風の味わいに仕上げ、瓶に詰めた状態で1ヶ月分は携帯していた。
こういう災害には常日頃から備えておくよう、姫騎士の妹には口うるさく言われているのだ。
それに、カレーは自他ともに認める自信作だった。
俺の闇魔法料理が、ここにいる大勢の魔法使いたちに一体どれほど通用するか。
いずれ料理人になるには、決して避けられない関門だ。
ここで俺の腕を試さずにはいられない。
だが、そうなると、カレーのルーとご飯だけではどうしても物足りない。
俺の中ではそんなものをカレーと呼ばない。
具材が必用だ。
この村でもなにか食材は手に入らないかと、あたりをウロウロと歩いてみることにした。
幸運にも、過疎地の山村がまるごと召喚されている緊急避難場所は、ちょっと角を覗いてみると、あった。
広い畑だ。
定期的に管理されているのか、作物もしっかりたわわに実っている。
トマトっぽい野菜をもぎってかじってみた。
もう冬なので魔法を使って栽培されているのかもしれないが、闇魔法をかけてみても新鮮なトマトの味しか感じられない。
代用品としては充分だろう。
ニンジン、玉ねぎ、じゃがいも、ブロッコリー。ちなみに肉はない。
ウサギやスズメなんかの野生動物はいるのだが、彼らを狩って精肉するなんてスキル、シティボーイの俺は持ち合わせていなかった。素直に諦めよう。
ほかにも、採れたての季節の野菜をザルに乗せて、畑から村の中心部へと戻っていった。
俺の荷物には愛用の携帯用ガスコンロがあるのだが、これ1台で30人分の調理をするのは無理なので、村の厨房を拝借することにした。
煙突がついた家に入ってみると、かまどや暖炉がそのまま残されている。
薪もその傍らに麻縄で縛った状態で積んであった。
薪に火をつけるのに魔法なんていらない。
ガスコンロの火を使って紙を燃やし、その種火を薪に移す。
火の粉が俺の指を多少焦がしたが、問題ない。
配給された飲料水を鍋にすべてぶちまけ、かまどの上に設置。
手早く30人分の食材を切り刻んでいく。
普段から数キロの剣を振っているので、こういった作業はまったく苦にならなかった。
ふっ、やはり俺は調理人になるべき男だな。
俺のこれまで積んできた全ての経験が、俺を料理人になる運命へと導いているようだ。
隣の家のかまどで深鍋を用意して、ぐつぐつ煮えたぎってきた頃合いを見計らって、大量の具材を鍋に投入する。
薪の火力が思いのほか凄すぎた。10リットルの水がもう煮立ってる。煙もすごい。
ものの数分で野菜が煮えてくるにおいがして、ふごふご、と鼻を鳴らす余裕もなかった。
火加減を調節するために、慌てて2件の家を行ったりきたりする俺の様子を、他の避難民たちは不思議そうに見ていた。
この下準備におおよそ2時間がかかった。
そして、いよいよ仕上げは闇魔法だ。
闇魔法をコントロールするだけで、俺がイメージした通りの味を生み出すことはできるのか、実験したことがある。
答えは、半分イエスだ。
極端な魔法舌のリリエンタールは、ほんのわずかに魔力付与された食材があれば味を感じなかった。
なので、最終的に俺が闇魔法を強くしたり弱くしたりすれば、それがイコール彼女の感じる味の強さになってしまう。
これを逆に利用して、俺の思うままの味を生み出すことができた。
だが、そこまで極度の魔法舌でないイルレーヌたんは、俺のカレーをひと口食べて「辛いれす」と言っていた。
俺が騎士の精神を持っていなければ口をぺろぺろしていたところだったが、なんとか踏みとどまった。
どうやら、魔力付与のかかりが弱かったスパイスが、イルレーヌの舌の弱い属性バリアに弾かれず、そのまま彼女の舌に当たってしまうみたいなのだ。
妹の『魔法舌』が標準だと考えていると、失敗していたところだ。彼女は特別だったらしい。
なので、イルレーヌを喜ばせるためには、魔法舌でなくとも本当に美味しいと感じるようなカレーを作らなければならなかった。
そのためには、ひたすら料理の腕を磨くしかない。
イルレーヌたんがにっこり笑って「おいひいれす」と言ってくれるまで苦心を重ねることに、俺は労力を惜しまなかった。
「イルレーヌ、お前に美味しいといってもらえるまで、俺は諦めないからな」
「ありがとう!」
「大丈夫、最初は痛くても苦くても、そのうち、だんだんとお前を気持ちよくしてあげられるように、頑張るから」
「うん、楽しみにしているね、ドナテッロ!」
「イルレーヌ……ッ!」
「うむ、へーキュンも楽しみにしているぞ」
「……はい、そうですね」
「なぜそこでテンションがダダ下がりする? ぷんぷん」
ともあれ、俺とイルレーヌの愛の結晶がこのカレーのルーなのである。
けっして妹との愛の結晶ではない。
閑話休題。
俺は広場のテーブルの上にカレー鍋を置いて、銀の食器にインスタントご飯と一緒によそっていった。
「さあ、こいつを食べてくれよ。そんなインスタント食品なんか食ってたら体こわすぜ?」
「わぁー!」
最初に飛びついてきたのは、もちろんちびっこ達だった。
常日頃から俺の自作クッキーをあげてるからな、食いつきがいい。
「おいしー!」
「兄ちゃんこれサイコー! おかわりー!」
俺の料理は、強い魔法使いほどよく効く。
魔法の使えないユリアとジャガーも、「すごく美味しい」「ドナテッロ、今すぐ店を開くべきだ」という評価をくれた。
魔法舌じゃないと、あんまり効果がないと思ったんだけどな。げんに、俺はそこまで美味しいとは思わない。
けれど、こういった非常事態における炊き出しほど心に染み渡る美味しいものはないのではなかろうか。
最初はよそよそしく、遠慮しがちだった他の被災者たちが、カレーの魅力に取りつかれるのにさほど時間はかからなかった。
不満げにふんぞり返っていた獣人のおっちゃんも、口の中にいっぱいライスを含んだまま「んー!」と喜びを言い表し、親指を立てていた。
亜人カレーの味をイメージしながら闇魔法をかけておいたからな。ほぼその通りの味に仕上がったのだ。
ビビ先輩はカレーを一口食べると、黙ってカレーの写メを撮っていた。
どうやらそんなに嫌いではないらしい。
炊き出しは全員に行き渡り、あっという間になくなった。
俺はほっと息をついた。
この世界で料理人をやっていくのは、そう難しい事ではないのかもしれない。
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