おにぎりスタッバーをめぐる冒険

 おにぎりスタッバーとの出会いはまったくの偶然だった。

 新着レビューだったかランキングだったかは忘れてしまったが、トップページに表示されていたの何気なくクリックしてあらすじに目を通し、内容と言うよりもその語り口に惹かれ一話目を読み始めた。これだけ★を集め書籍化もされているというのに、ほとんど前情報なしの状態で私はこの作品に触れたわけだが、先入観もなくフラットに接することができたのはある意味では幸せだったのかもしれない。

 概要そのままの、饒舌でありながらポップな女の子の一人称に身を委ねながら、なぜこうも女性一人称は心地よいのだろうか、リズムなのか、肩肘はってない(かに思える)ゆるい語りなのか、言葉のチョイスが上手いのかと考えながらも、文章はつるつると流れていった。庶民的な生活感あふれる単語に混じってときおり挿入されるいかにもライトノベルライクなワードに最初こそ戸惑ったものの、慣れてくるとむしろその異物感に頬が緩むようになりどこかで見覚えのあるガジェットも視点を少しずらされるだけでこうも新鮮に映るのだなと感心していた。それらワードの配置は物語的な仕掛けとしての役割も担っていたのだが、伏線として回収されて少しづつ設定が開陳され背景があらわになっていっても世界観のほうにはあまり興味が向いていなかった。

 思わず、うひゃーなどと珍妙な声をあげたくなるほど私が強く惹きつけられたのは三話目で穂高についてのある真実が明かされた瞬間だった。思いっきり突き刺さった。スタッバーだけに。SFチックな設定を積み重ね、いわゆる「きみとぼく」における相手の他者性をここまで突き詰めるのか、ちょ、これすごくね?と唸り、ブラウザで新しいタブを開いてレビュー読んだり作者の情報集めたりして、そこでやっと私は出版もされた小説なのだと知った。

 これは良作に違いないと確信し私はそのまま迷わず家を飛び出し書店へと向かった。というのは嘘でベッドに横になって就寝前にスマートフォン片手に読んでいたので出かける気にはならず画面をオフにして興奮冷めやらぬままなんとか眠りについた。

 翌日の帰りに書店に寄って、たぶんまだ新刊棚にあるだろうと見当をつけてライトノベルコーナーに行ってみたものの、面陳してあるのはアニメ化の帯やシリーズ累計何万部と帯がついた売れ線の作品ばかりだし棚に刺してある背のタイトルをチェックしてみても平台を眺めてみても目当てのものは発見できなかった。

 ひょっとしたらと思って一般文芸の文庫棚の新刊コーナーも検めてみる。近頃はアルファポリスなんかの四六判のライトノベル専用コーナーを設けている書店も増えてきたが、メディアワークス文庫ノベルゼロ新潮文庫nex講談社タイガあたりのゼロジャンル的なライトノベルはいまひとつ整理されておらず、店舗によってどこにおいてあるかがまちまちだ。おにぎりスタッバーはスニーカー文庫なのでそのあたりの混乱には巻きこまれないかもしれないが、事情に疎いアルバイトの店員が間違って棚に仕舞っている可能性もある。

 しかし、文庫コーナーでも見つけられなかった。せっかく足を運んだのに、このまま何も購入せずに帰るのももったいなく感じ店内をうろついて適当に物色してみたが欲しいものも特段みつからなかった。

 もしかしたら見逃していたのかもしれない。最後に、念のためにともう一度ライトノベルのコーナーに戻ったところでひとりの客に目が止まる。

 時間のせいかなのかはわからないがライトノベルの新刊のところにいる客は他におらず、さっきほど私がおにぎりスタッバーを探していたときからずっと同じ位置でひとりぽつねんと立ち読みをして嫌でも目につく。

 女子高生だった。私の母校でもある高校の制服を着てアウトドアのリュックを背負ったどこにでもいそうな黒髪の女の子がマフラーに半ば顔を埋めるようにして文字を追っている。うつむき加減の姿勢もあって、毛先がマフラーに巻きこまれたセミロングの髪がサイドで膨らんで輪郭を隠し、はっきりと横顔が見えるわけではなかったが、それでも特徴らしい特徴のない地味な顔立ちであるのは見て取れた。ブレザータイプの紺の制服とパステルカラーのリュックの印象が強く、翌日と言わず数時間もすればどんな顔だったか思い出せなくなってしまいそうだ。

 この書店では女性向けのライトノベルは棚というか区画が分かれている。彼女が読んでいるのは男性向けのものだろう。萌えを全面に出しているような男性向けライトノベルを普通の女子高生が読んでいるというのが意外に感じられ、平台に手を伸ばし適当な一冊を手に取り興味本位で彼女の手元の文庫の表紙を見たら、やはり肌色多めな女の子のイラストが描かれていた。

 って、おにぎりスタッバーだ。

 どれだけ探しても私が見つけられなかったはずだ。どうやら最後の一冊を彼女が独占していたらしい。ページの開き具合からして後半にさしかかっているので、このまま待っていれば読了後棚に戻すだろうと、たいして関心があるわけでもないライトノベルを手に、あまり近づきすぎないよう適度に距離をおいて隣に立ち文章を追うふりをしながらちらちらと横目で様子を覗った。

 結構なハイペースでページを捲っているのを眺めながら、改行少なく文字が詰まっているくせにリズムよく畳みかけるあの文体を思い出してそりゃそうなるよなとひとり納得し、このぶんであればすぐに読み切りそうだなと予想をつける。

 ページを繰るふりで時間をつぶしているうちに彼女のほうは残りページもあとわずかとなっていたので私は手にした文庫を戻してそのときに備えた。

 本を閉じる音がした。

 これでやっと私の手に回ってくる。ネット版を途中で我慢して切り上げてずっとお預けを食らっていたようなものだったが、これで続きを読むことができる。無駄に時間を食ってしまったが、いまから帰宅しても日付が変わるまでには読み切れそうだ。たとえ日をまたぐようなことになっても翌日が休みなので夜更かしは問題ない。

 私はおにぎりスタッバーが棚に返されるのを待った。

 しかし、そのときは訪れなかった。

 彼女はそのままおにぎりスタッバーを携えてレジへと向かったのだ。

 読み終えてなお手元に置いておきたいと購入するのは、彼女が本を大切にするタイプの人間だからか、あるいはそうさせるほどに作品が素晴らしかったのか。

 いてもたってもいられず、私はその場でスマートフォンを取り出し電子書籍版をワンタッチで購入した。

 こうなるとわかっていれば最初から来なかったのに。

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