故郷

 駅舎はもう閉まっていたので電車が来るまでホームで時間をつぶさなければならなかった。 缶コーヒーを手に自販機の隣のベンチに腰を下ろす。 ここ数日は暑さも和らぎ日が暮れる時間帯ともなると涼しいくらいだったが、手にした缶はすでに水滴をまといはじめていた。湿気た空気、暮れてなお空のふちを白く染める強い陽光がまだまだ夏なのだと告げていた。

 なんとなく空を見上げると雲ひとつない藍を背景に、無数の星がまたたいていた。

 改めて田舎なのだなと実感する。電車が一時間に一本しかないのも、駅舎が七時までしか開いていないのも、こんなに星がはっきりと見えるのも都市部ではありえない。

 地元に着いた時こそ、懐かしい空気にほだされこっちに帰ってくるのも悪くない思ったものだが、鄙びた地方の現実に郷愁の念はもう薄らいでしまった。

 いまは住み慣れた街が恋しかった。

 ふと気配がして横を見やると自販機の前に女子高生がいた。ゆるいシルエットの半袖のブラウス、スカートはノンプリーツのネイビーの物だ。その制服から俺の後輩に当たるらしいと推測できた。

 彼女はスカートの裾を気にするようにして手で押さえ、腰を折って取り出し口から缶を抜いた。

 釣り銭を取った彼女は、一度、小銭をまじまじと眺め小首を傾げた。それからこちらに向かって歩いて来て俺の前で止まった。

 ベンチに座った俺を見下ろすような格好になる。前髪が影を落としていて表情はよくわからなかった。

 白い肌のなかくちびるの鮮やかな赤が目を引く。そこからこぼれた吐息ともつかぬ小さな声は、微風にさらわれ、夜のしじまへと溶けこんで行った。

 彼女が手を突き出す。てのひらの上には百円玉と十円玉がいくつか並んでいた。

「これ、お釣りんとこにあったんやけど。取り忘れちゃうんか?」

 十代特有の着飾らない言葉、その粗雑な物言いと耳馴染んだ地元のイントネーションがこの時の俺にはひどく心地よい響きに聞こえた。

「ありがとう」

 そう口にする俺の言葉も自然と訛ったものになっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る