9.出発した僕とアイレイ
出発した僕とアイレイは徒歩で雑草の茂る道を進んでいた。
その道は、少し前には恐らくリズリンとメルバが先に馬に乗って通り過ぎたことだろう。
荷物の殆どは、リズリンたちの馬に持って行ってもらっていたから軽装ではある。
とはいえ、これから最大で二日間、歩き通しになることを考えると、流石にやや気後れしていた。
「……ユキヒト、休憩したいときは遠慮なく言って」
「ありがとう。でもそんなに頻繁に休んでもいられないだろう?」
「……歩けなくなったら私がユキヒトを背負う」
アイレイは、なにか、意地悪そうな表情で僕に対して言った。
「それは、ちょっと……」
僕は、自分より小柄で、しかしおそらく自分よりも何倍も腕力が強いアイレイを見て思った。
たぶん、小学生に背負われる男子みたいになるだろうか?
「……不満?」
「いや、別に」
それから、しばらくの間、他愛もない話をしながらひたすら歩みを進めた。
時折アイレイは、立ち止まると辺りを警戒する。
何をしているのかと尋ねると、動物の気配を感じたのだということと、それが乗れそうかどうか吟味しているのだといった。
「……ああいうのとかは、ちょっと乗りこなすのは大変。何考えているかわからない」
アイレイの指差す方をみる。
そこには、巨大なカマキリが、大樹の葉を食んでいた。
「む……虫はやめておこう」
僕は言いながら、朝方のメルバの事を思い返す。
幻覚作用のある草花に武装した商隊。不自然な野営地。
「……ユキヒト、なにか考え事?」
アイレイが僕に尋ねる。
「誰があんな物騒な植物を植えたのかなって」
「……これ?」
アイレイは、懐から花を取り出す。
「えっ、なんで持ってんだ?」
「……動物を従えるために草原の民は使うことがある。……私たちは、乗り物になる動物を探しているから、メルバからあんな話が出る前に、見かけたのでひっこぬいてもっていた」
「なるほど……さすがアイレイ」
「……普通、一房まるめてつかう。でも、メルバの話だと一〇分の一くらいでいいかも」
「そうだな」
「……でも、その前に、野良馬か野良ドラゴンか、なんでもいいから乗れるものがでてきてくれないと」
「野良ドラゴンもやめよう」
「……昔、うちの一族の勇者がドラゴンを乗りこなそうと、竜の巣へ赴いた」
「へー、すごいな」
「……食い殺された」
「駄目じゃん!」
僕は歩きながら、そういえば本日は配信らしいことをしていないことを思い出し、この道中を配信することにした。
「アイレイ、一つ相談なんだけどさ、せっかくだから、道すがら暇つぶしに僕らの道中を伝像で公開したいんだ」
「……? いいのでは?」
「でね、タイトルコールお願いできるか?」
自分ではできないので。
「え? えー……」
「リズリンのためだ」
「……わかった」
「じゃあ、こういうのお願い」
僕はごにょごにょと、アイレイにタイトルの内容を伝える。
「……」
「それじゃ行くよ、よーい……はい」
「……第八十九回、勇者リズリンの魔王討伐番外編、アイレイの道すがらお馬さんの代わりになる動物ゲットだぜ放送……」
アイレイは淀みなくタイトルをコールした。
ただし、すんごい、棒読みだった。
あと、少し照れるというか、困惑した様子でもあった。
「……これでいい?」
「お、おう……うん、やっぱり、アイレイはこういうの嫌なのか?」
「……嫌というか、良くわからない。……その目にかけている眼鏡の向こうに、多くの信徒たちが見ている、ということが」
僕はなるほど、と思った。
それから、配信直後の人の数を確認する。
まだ数名しかいない。
僕はコメントを見る。
――なんだなんだ?
――うわぁ
――いま、凄いものを見た
――アイレイきた
――ロリっ娘剣士だ!
美少女道士、露出魔女、そしてロリ剣士。
うちは看板娘が三人いるわけで、おかげさまで今回の放送も、視聴している人には大いに盛り上がっている様子だった。
僕はため息をついて、コメントの表示を消し、アイレイと移動を再開する。
すると、突然立ち止まったアイレイが、僕の腕を引いて、傍らの雑木林に飛び込んだ。
「な、何?」
「……ユキヒト静かに。足音がする」
僕は言われて耳を澄ます。
風。
木々のゆらめき。
草花の音。
そして、それらにまじって確かに、大量の足音と何かが草を分けて移動する音が聞こえた。
「巨獣?」
みれば、アイレイは、深刻な表情をしていた。
「……危険かもしれない、あそこの岩陰に隠れる」
僕はアイレイの指差す岩を見る。
そこには、人が二人ほど入れそうな隙間があった。
僕らはそこに移動すると、隙間に身を入れる。
そこから、アイレイは僕を隠すように入り口を塞いた。
足音がどんどん大きくなる。
「……来る」
それは、街道にそって広がる、森のなかから聞こえた。
目を凝らして木々の間を見る。
すると、昨日遭遇した一角獣を含む、様々な様々な種類の巨獣が荒れ狂うように何匹も群れになって歩いていた。
その地響きはすさまじく、恐らく生身であの前に立っていたなら、僕などはひとたまりもないだろうと思われた。
「なにこれ?」
「……すごい数」
僕らは、緊張しながら、巨獣の群れを見る。
息を潜める。すぐ目の前を巨獣が歩み抜ける。昆虫型、哺乳類型、爬虫類型、それも種の違うものが混成していた。
数分ほどそのすさまじい光景がつづいた後で、ようやく足音は遠のき、辺りに静寂がもどってきた。
「ああいうの、この世界ではよくあるのか?」
「……いいえ、始めて見た」
アイレイも驚きを隠せない様子だった。
僕とアイレイは岩陰から身を乗り出す。
巨獣たちの通った後は、植物が踏み荒らされ、押し倒されて、ちょっとした大路のようになっていた。
「……ビクの花のせい?」
「わからない。けどキースにむかっているのかもしれないから、どちらにせよ急がないといけないな」
僕らは辺りを見回す。
しかし、馬など歩いているわけもない。
むしろ今の巨獣の足音で、ここからいなくなってしまう確率のほうが高いだろうと思った。
僕は、配信中の動画コメントを見る。
――なにいまの?
――ジュラ◯ックパークだ!
――すっげーきもちわるい
――バッファローの群れ?
――こんにちは!凄い映像でしたね
常連らしきコメントが混じっていた。
――商隊からは離れたんですね!
ぼくはそれに答える。
――配信主:ええ、実はクエスト目的の大元である巨獣が、近隣の村を襲っていまして、商隊どころではなくなってしまって。
――ふーん大混乱ですね。でも、そうするとやっぱりあの商隊は怪しいですね。
――配信主:なぜ?
僕が問うと、常連らしきコメントの主は暫く返信のしかたを考えているように、反応が無くなった。
そして、しばらくすると、彼(彼女かもしれない)の言葉が流れる。
――国が国を攻めるには、物流ルートの通称破壊とか、地図の作成とか、テロ目的で、市民にまぎれて工作部隊を送るんですけど、そういうのかなって、あの商隊
まさか。
僕は、以前から、配信情報に近隣の国家間の勢力や、クエストの経緯などを事細かに記載していた。
この常連らしきコメントの人物は、それを知った上でそんな推論を導き出したようだった。
僕は思案する。すると、背後でアイレイが大きな声をあげた。
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