8.厚手のローブに包まって

 翌朝、厚手のローブに包まって夏草の上で寝ていた僕は、馬の蹄が地面を叩く足音を聞いて目を覚ました。しばらくして、商隊の人々の騒がしい声も聞こえて、仕方なく身体を起した。。

 すぐ近くで寝ていたはずのメルバとリズリンがいない。

 アイレイのみ、僕と同じように、寝ぼけ眼をこすりながら身体を起こしているところだった。


「何かあったのか」

「さっき馬が一頭、商隊の野営地に来たね。何か、けが人が馬を操っていたらしくて、リズリン様が治療をするために、飛び起きて向かったよ」


 アイレイは抜群に耳が良い。だから、商隊の人たちの声を聞いたのだろう。


「ふーん、メルバは?」

「……メルバはしらない。夜半になにか出歩いていたようだけど」


 僕は、昨晩のメルバとの話を思い出していた。

 朝になったらこの商隊を離れる事を提案する手はずだったのだけれど、何か事かが起きている様子でもある。さしあたってそれを確認することにした。


「ちょっと見てくる」

「……私も行きます」


 僕が立ち上がると、アイレイも大きくあくびをしながら立ち上がる。

 商隊の中心にある馬車の前には、護衛や隊長たちが集まっていた。

 見るとそこには疲れきった男が一人と、ひどく汚れた馬がいて、リズリンが法力による治療を受けている。


「どうしたんですか?」


 僕は、近くにいた、昨晩の少年の父親、痩身のゴブリンに話しかける。


「街道沿いの宿場町が巨獣に襲われているらしい。彼は、それを大都の機動兵団に伝える為に馬を走らせていたんだ」

「……宿場町のキースですね? 私たちも来る途中に立ち寄りました……街なら獣よけの法陣くらい使っているのでは?」


 アイレイが尋ねる。すると、商隊長のファーレさんが質問に応えた。


「法陣は使っているらしいんだがね、あまり効かないみたいなんだ。しかもそれだけじゃない。数も多い。里まで降りてきて、しかも一匹じゃないとなれば、ちょっと厄介だな」


 商隊長意味深に腕組みをする。

 僕は、森に入る数日前に立ち寄った、小さな宿場町を思い出す。

 そこは、今回の討伐の出資をしていた街の一つだった。

 たしか、中央に神々を祀る集会場を兼ねた簡素な神殿があり、それを囲うように、宿泊施設や商人のための施設があったのを覚えている。

 そして、街の外側には、小川の流れを変えて作った浅い堀があって、おそらくそこを境界にして、何がしかの防護をしていたと記憶している。

 僕らは、キースから来たという男を覗き込む。

 一通りの治癒魔法は終わっているらしく、男の呼吸は落ち着いていた。

 リズリンが立ち上がり振り返る。


「やはり、先程申し上げたとおり、まとまった兵力を持ち、最も街に近い我々が、まずキースへ向かい、街を助けるのがいいと思います」

「えっ?」


 僕とアイレイは、リズリンの言葉を聞いて驚き、同時に声を上げた。


「アイレイ、ユキヒト事情は聞いていますか」

「……たった今、ファーレさんから少し」


 アイレイが応えた。


「では、簡単に補足します。宿場町キースが複数の巨獣に襲われています。そして、この方は大都へ助けを呼びに早馬を走らせていたのですが、状況から察するに、助けが来るまでかなり時間がかかります。巨獣は獣よけが効かず。住人は祭場に立てこもっているとのことです。ですから、我々はこれを助けたいと思います。我々以外にもこの商隊には護衛さんたちのまとまった兵力がありますから、今、協力を依頼していたところです」


 リズリンはなめらかに喋ると、商隊長ファーレを見据えた。

 しかし、彼は少し困った様子だった。


「道士様、たいへん申し訳ないが……それはできません」


 商隊長はリズリンの提案を断った。


「我々は冒険者や傭兵ではなく、商人です。本来は先を急いでいましてね、ここで来た道を戻るわけにはいけません」


 主要なメンバーは、皆武装していたから、商人といいはるのは説得力がなかった。

 けれど、リズリンは微笑して、商隊長ファーレ応える。


「そうですか、それは仕方ありません。奉仕の無理強いは私の望む所ではありません」

「誠に申し訳ない」

「では、馬を一頭、買わせていただいてもよろしいでしょうか?」


 再び、僕とアイレイは驚く。


「リズリン様、馬を買うんですか?」


 アイレイは声をあげる。

 驚くのも無理も無い。

 この世界で馬を買う、ということは、バイクや車を買う事に等しい。

 そして、僕たちは、あまりお金を持っていない。


「……これで、ボクたちの今回の依頼の収入はなくなっちゃうね。それどころか、一時的に大赤字じゃない」


 ふと見ると、メルバが傍らに立っていた。


「メルバ、どこにいっていたんだ?」

「ん、ちょっとお花を摘みに、……ええと、言葉通りの意味ね」


 メルバは手に花を持っていた。


「……メルバ……朝っぱらから」


 アイレイがぶっきらぼうに尋ねる。

 メルバは苛立ち応える。


「違うっていってるでしょ……後で説明するから、今はとにかくリズリン様よ、何をする気なのか」


 僕らは、リズリンと商隊長ファーレを見る。


「わかりました、では、ささやかながらものご協力というところで、割引させていただきますよ」


 商隊長ファーレも笑顔を返した。


「協力に深く感謝します。では、早馬の伝令さん」

「は、はい?」

「あなたが大都へ向かう間、われわれが街へ赴き皆に助力します。私自身もそうですが我々にも、多少なりとも力を持つものがおります。それで良いでしょうか?」

「あ、ありがとうございます! 道士様! これで救われる人も増えるでしょう!」


 感涙する男の向こうで商隊長ファーレが、部下に馬の手配を指示している。

 一方の僕らはため息をついた

「……またボクたちの目的地が変わるわね」

「……勝手に決めてしまいましたね」


 メルバとアイレイがそれぞれつぶやく。


「でも馬一頭じゃ、全員では行けないんじゃないのか?」


 僕は仲間を見渡す。


「リズリンは行くとして、まぁ、普通に考えて僕は戦力外なので外れる、と」

「私とアイレイのどっちが行くかって話でしかないわよね」


 メルバとアイレイは顔をあわせる。


「……街を守るなら、泥臭い戦いもお手の物ということで、私?」


 アイレイは、背中の刀をカチャリと慣らす。


「いいえ、今回は恐らく、一対一より、大規模な防御戦になります。ですから、ここは魔法使いのメルバ」

「あーい」


 メルバが元気よく応える。


「……じゃあ、私はユキヒトと一緒に、後から追いかける……宿場町までは、馬で通常一日。急げば、もう少し早く着くかも。でも徒歩だと、私たちは倍はかかるかもしれない」


 倍どころじゃない。もっとだ。倍ですむのは、恐らく人間離れした速さで走りそうなお前だけだ、とアイレイを見て思った。


「本当はもう一頭馬か、それに類する乗り物を確保できればいいのだけど」

「……大丈夫、それはそのへんで捕まえる」


 アイレイが自身ありげに応えた。


「そう簡単に野生馬なんていないだろ」

「……ユキヒト、草原の民を舐めてもらっては困ります。馬でも竜でも、ちょっとれば仲良くなれます」

「ああ、馬に拘らないなら、適当に何か乗れそうな動物いるかもね」


 メルバの同意を得て得意げなアイレイ。


「わかったわかった、じゃあまあ足は何とか出来る、と」

「じゃ、あたしはメルバと先行するから、アイレイは、ユキヒトと道すがらなにか乗れる動物を探してもらって、後から来る。道中で確保できればよし、そうでなくても二日後には合流できるってことかしらね」


 直後に商隊の世話役が、一頭馬を引いて現れた。

 毛並みこそまだら状で不格好だけれど、足まわりは太く、十分に立派な馬だった。


「この子の名前は?」

「嵐丸ですよ。もっとも、荷馬なので足はあまり早くないです。その代わり、タフな子ですよ」

「嵐丸、よろしくね?」


 リズリンは嵐丸の身体をさする。

 早速気に入られたようで、嵐丸はリズリンに首をすり寄せてくる。


「私たちはこのまま、荷物をまとめて出るけど……っと、ファーレさんにお礼いわないと」


 リズリンが商隊長ファーレの馬車へ向かおうとすると、メルバがそれを止めた。


「まって、リズリン様、ボク一つ報告がある」

「報告?」


 振り返るリズリン。

 メルバは、手に持つ花を皆の前に出してみせた。


「……便所草?」


 アイレイが不思議そうにつぶやく。


「違うわよ! トイレから離れなさい!……ええと、これはね、ビクの花といって、その葉と実に、幻覚作用を引き起こす成分が含まれているの」

「……知っている。でも、それがどうしたの? ビクの花からそういう成分を取り出すのは、ものすごい量を長時間煮詰めたりしないといけないはず」


 リズリンが応える。


「さすがよくご存知ですね、リズリン様。そうです。通常、この花からそういう成分を抽出するには、時間がかかります。利用目的は、まぁ、薬につかったりとか、後は獣たちを操るための着付けに使ったりとか」

「へーそんな使い方が」

「……草原の民も、動物たちとの絆を深めるために使ったりする」

「さて、この花にいくつかおかしなことがあります。一つは、この花はここらへんの森では本来自生しないこと、二つ目はこの花の持つ幻覚成分が、ちょっと調べたら通常の五十倍から百倍以上あったこと」

「ええっ? ひゃくばい?」

「ええ、あとさらに三つ目は、これは一代限りで枯れるように出来ていて、受粉もしないし種子もつくられないようになっているってこと」

「そんなものがなんでここに?」

「たぶん誰かがこの辺りに植えたんだとおもいます。そう……例えば、巨獣を暴れさせたいと考えていたりする輩がいたりとか?」


 メルバは最後のあたりで、商隊の人々を気にして小声になる。

 アイレイとリズリン、そして僕の表情が険しくなる。


「更に4つ目として」

「まだあるのかよ」

「ええ、この花はどういう術式かはわからないけど、魔術的指向性が組み込まれている」

「どういうこと?」

「どこに作用するのかわからないけれど、なにか意図した目的が込められてるってこと」

「じゃあ、例えば宿場町を襲っている巨獣や、僕らが昨日追いかけっこした巨獣もその花の影響だとか?」

「ちゃんと調べていないからなんとも。そもそも、この花のみを食べるとも思えないし。でも有り得る話」


 僕らは押し黙る。

 リズリンは、そこまで聞いて、暫く目を閉じて考える。

 それから、ぱっと目を開くと、手を叩いて僕らの注意を集めた。


「はいはーい、メルバの調べたことはとても興味深いお話。でも、今の目的はキースに向かうことが目的です。引き続き調査は必要だろうけど、平行して行動をしましょう。動きながらでも頭はつかえるでしょ」

「そうですね、では、とにかく私たちはキースに向かいます。アイレイとユキヒトは後からね」


 メルバとリズリンは商隊長への挨拶に向かった。

 僕は、出発のために荷物を整理する。

 それから各々、二手に分かれて行動を開始した。

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