7.いらない怪我をした僕は

 いらない怪我をした僕は、ちゃんと止血しようと、一人宴会の輪をはなれた。

 馬車に据え付けられた樽から、水を出し、手ぬぐいを浸して、傷の周囲を拭いた。

 宴の喧騒が、耳にこそばゆい。

 夜風はひんやりと冷たく、見上げれば星空が見事なまでに広がっている。

 もっとも、その星空は、見たことのない配置だ。加えて元の世界では見られない、不思議な景色が目に入る。

 天を横切る細長い人工物。

 それは、天廊とよばれる構造物で、話によるとかつてあった魔法帝国の遺跡であるという。

 天廊は世界をぐるっと周回していて、この世界にある三つの世界樹によって支えられているという。

 その両端は、僕の見上げるところからだと、巨木が鬱蒼と茂る森で見えなくなっている。

 僕は、あらためて自身がいるところが異世界なのだと実感する。


「大丈夫?」


 ふと見ると、リズリンが傍らに来ていた。


「ユキヒト、腕を見せて」

「大した怪我じゃないよ」

「見せなさい」


 リズリンは少し酔っているのだろうか、やや強い口調で僕に言い寄る。


「はい」


 僕はしぶしぶ腕をさしだした。

 リズリンは傷口を調べている。腰のポーチから傷薬と清浄な布を取り出すと、丁寧に薬を塗る。


「いてて」

「我慢しなさい」


 リズリンは、治療を終えるとポンポンと僕の腕を叩いた。


「ハイ終わり」

「ありがとう」

「いいえ、これくらい……」


 ふと見ると、リズリンは、なにか言いたそうな表情をしていた。

 躊躇した後で切り出した。


「ユキヒト、昼間は、アナ様の神性をつかって」

「ほんとだよ、せっかく貯めたのに」

「ほんっとに、ごめんなさい」

「……もうやってしまったんだからいいよ。まあ、そこまで怒ってないけどさ」

「怒らない?怒ってない?」

「なんだよ、そんなに怒ってないよ?」


 すると、リズリンの顔が明るくなる。


「え、ホント? ええとね、それだけじゃなくて、あの森で倒れた一角獣の子供にもアナ様の力を使ったの。その、何だかとても苦しんでいたから!」

「えっ、マジで?」

「いやー、でもさ、やっぱ生きとし生けるものを救うことは、道士にとって名誉なことよねー、たぶん神性を集めるのとおなじくらい、大事だとおもうのよ」


 リズリンは、誰に言い聞かせるでもなく、盛り上がっている。

 そして、彼女の盛り上がりと入れ替わりで、僕にはふつふつと怒りがこみ上げていた。


「おっ前、あれだけ神性ためるのに、どれだけかかったとおもってるんだ?」

「結構かかったよね」

「最近さ、どうも減りがはやいなー、だいぶ減ったなー、でも少年の命だからしょうがないか―、とかおもっていたけどな、勝手に一角獣にまでつかったかー、そうかー、つかっちゃったあー」

「……え、うん」

「最近、神性がなかなか貯まらないし、なんなら減りはやいんですけどー、まさかさ、リズリンさん、、他にもつかってたりする? 怒らないから言ってみ?」

「え、ええ、少し……だけ」

「何に?」

「……ええと、こないだ宿場町で大雨ふったじゃない? 近くで土砂くずれがあってさ、折れた木があって、そこにつかったかも」

「……木?」

「樹齢三千年とからしいから、折れて枯れてしまったら、もったいないなって」

「さ、三千年……」

「あとは、カブトムシ」

「かぶとむし」

「その木にいたやつで、見たら、首もげてたから」


 そして僕は、ブチ切れた。


「ふっざけんなー!」

「怒らないっていったじゃない?」

「怒られないと思ったんかい!」

「ユキヒト、そんなにキレるとは、さてはカルシウム不足かな? さて、治療も終わったし、私もどるね」 

「逃げるな、目をそらすな」

「……」


 僕はそれから、手のひらをリズリンの前に突き出した。


「……何?」

「首のやつ、俺が預かる」

「え」


 リズリンの首には天結晶と呼ばれる、石がはめこまれたネックレスがあった。

 それは、リズリンが神性をつかって奇跡を起こす時に、媒介する力をもった石だった。

 別に、そんなものなくても奇跡の行使はできるらしいが、リズリンは、効率よく奇跡を行使するために、その不思議な石を必要としていた。

 曰く、そのネックレスがないと、とてもつかれるのだという。


「……渡さなきゃだめ?」

「あずかるだけだ。本当に必要なときは返す」

「……」

「早く」

「……」

「はーやーくー」

「わ、わかったわよ」


 リズリンは渋々、天結晶を僕に渡した。そして、ふくれっ面になって、一瞬舌打ちした。道士さまともあろう娘が。


「なにか不満でも?」

「いえ、別に」

「行ってヨシ」

「はーい……」


 リズリンは、すこしうなだれて、商隊の集まりに戻った。こういうときのリズリンは、そこいらの少女らとかわらない。この奇妙な力関係(ヒエラルキー)は、出会った頃にできあがったものではあるのだけれど――僕はため息をつく。


「ユキヒト」

「うわっ! メルバ」


 ふと見ると、すぐ後ろにメルバが立っていた。


「治療はおわった?」

「ん、ああ……俺よりも、リズリンの行いが重症だった」

「あまり、リズリン様をいじめてくださいませんように。それで、一つご相談……さっきの配信で、信者の方のつぶやき、ボク気になっています」

「え、ああ?」

「商隊が扱う品ですが、先ほど隊長さんは魔法石(マギアストーン)の原石といいましたけど、多分嘘ですね」

「……そうなのか?」

「ハルビンセルは、魔法石(マギアストーン)の原石を輸入をしません。そもそも、初級から中級くらいまでの魔法使い(マギア)であれば自身で採掘に行きますし、なんなら自力でそこいらへんの石ころにマナ付与して人工的に作り上げます。もちろん原石を使うこともなくはないですが、今では面倒なのであまりしません」

「……そうなの?」

「ええ、だからそういう訳で、この商隊、非常にあやしい商隊です……その信者の方の言っていた、何か他の目的がある、というお話、恐らく正しいかと」

「なるほど……それで、なんで僕らその話をしたんだ?」

「リズリン様は仮定のお話を嫌います。それに、嘘がヘタですので、今の段階で話を伝えると、商隊の方々に感づかれる可能性があります。あ、それはアイレイもですけどね」


 なるほどね、僕は心のなかでつぶやいた。


「確定情報の無い段階で、あることないこと吹聴するのもどうかと思いますので、ここは一つボクの方でも調査をしようかと」

「そんなになにか調べなきゃいけないようなことなのか?」

「それは、まだわかりません」


 僕は思案する。そして、メルバに訪ねた。


「例えば、今回の巨獣討伐の依頼に関係あるとか?」


 するとメルバはほくそ笑む。


「さすがユキヒト、おそらくそうかなって思っています。何が出るかわかりませんけど、一晩探ってみます。それと、明日朝になったら、一度この商隊から離れたほうがいいでしょう。で、ユキヒトには、兄弟子として、それをリズリン様に伝えてほしいんです。私から伝えると、たぶん遮られてしまうので」


 メルバやアイレイにとって、リズリンの言葉はちょっとした呪術的な強制力を持っていた。


「なんて言えばいいんだ?」

「そうですね、引き続き、我らの功徳を貯めるために単独行動をすべきだ、とでも言えばいいですかね」

「わかった」


 僕は、僕らのパーティの、自ら苦難を選ぶそのMッ気たっぷりな日々を思い返して、ため息をつく。


「じゃあ、今晩はそろそろ、みなさん寝た方がいいですかね」


 言いながら、メルバは僕の怪我をしている手をとった。


「さすがリズリン様。丁寧な治療」


 メルバはいいながら手当された傷を軽く叩く。


「いてっ」

「では、おやすみ〜」


 メルバは笑顔をのこして夜の暗がりに消えた。

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