6.止まっちゃったね
「止まっちゃったね」
映像を見ていたメルバが呟く。
「急にどうしたんだろう……おかしいな」
僕は、メガネに指を添えて、再起動を試みる。反応が鈍い。
メルバ一つの結論を導く。
「リズ様がなんかやってるとか?」
伝像の神器は、リズリンの神性と連動していた。
「まさか?」
僕らは、リズリンが先ほどいた馬車のほうを見る。
いつの間にかリズリンは消えていて、そのかわり馬車の中を覗き込む先程の子どもたちがいた。そして馬車の中から、光が漏れているのが見えた。
「……!」
僕は走りだすと、馬車に歩み寄る。
二人の子供の後ろから、手を伸ばして馬車の幌をそっとあける。
するとその中では、寝かされた少年とそれを見守る母親の前で両手を広げて、治癒魔法をつかっていたリズリンがいた。
「……リズ、何をしてるんだ?」
ちょうど、リズリンの治癒魔法が完了する。
「この子、重い病で、普通の治癒魔法だとどうにもならなくて。それで、……アナ・ヒティスの……奇跡を行いました」
「……やっぱり」
目の前の少年は安らかな寝息を立てている。
「お母さん、もう大丈夫です。この子を蝕んでいた病は、女神アナ・ヒティスの奇跡により消え去りました」
「神官さま、ありがとうございます。なんてお礼をいっていいか……顔をみていればわかります。つい先程までとても苦しんでいたのに、良い顔色になっていますもの」
母親は、今にも泣き出さんばかりに声を震わせて感謝をつたえてくる。
僕の後ろからメルバが馬車の中をのぞこうと背伸びしている。
「どうだった?」
「……予想通り、リズリンが神性をつかっちゃった」
「あーあ、せっかく溜めたのに」
僕らのこの世界での目標は、リズリンとアナ・ヒティスに神性を蓄え、奇跡の力を集めることにある。
僕らはその神性を蓄えて、いつか大きな願い叶えようとしていた。
僕の場合は元の世界に戻ることを考えている。メルバやアイレイもそれぞれ願いがあるらしい。
しかし、リズリンの願いは、いつもすぐ目の前にある。
「リズリン様、せっかく神性を集めても、すぐ使ってしまうのよね」
もちろん誰かの命を救ったことは悪いことではない。
商隊に身を寄せていた母子を救ったことはすぐに伝わり、僕らの待遇は明らかにかわった。
その母子は、ファーレ隊長の右腕ともいえる痩身のゴブリンの家族だった。
彼は額で地面に頭をすりつけるようにして感謝を伝えてきた。
その日の夜は、商隊から最高の食事が振る舞われることになった。
入れ替わりで、神性は減ってしまったけれど、少年は救われ、腹は膨れ、感謝はもらえたと言う訳だ。
「お姉ちゃんありがとう!」
食事の席で助けられて元気になった子供が、お礼を言ってきた。
「これ、お姉さんではない、道士様とお呼びなさい」
リズリンの治療した少年は、見違えるほど元気になっている。痩せっぽちでややフラフラしているのが危なっかしいが。
父親は、そんな我が子の言葉遣いをたしなめた。
「お姉ちゃんでいいわよ」
酒を振る舞われて、機嫌がいいアイレイも、眩しそうにリズリンを見ている。
というか、アイレイは兜を脱いでいた。いつのまにか少女剣士のままで、商隊の者たちと打ち解けたらしい。
一方、メルバは一通り振る舞われた食事を食べ終えた後で、しばらく黙っていた。
しかし、そこにファーレ商隊長が現れると、質問をする。
「隊長さん、それで、このキャラバンは何を運んでいるの?」
メルバが昼間、配信時に指摘された話が気になっている様子だった。
「え、ええ……ああ、魔法石(マギアストーン)の原石ですよ。精錬が必要ですがね、かなり良質なものがありまして」
「あら、そうなんですね? じゃあ随分といい商売にできそうですね」
メルバが、意味ありげに言った。
奥のほうに座って酒を酌み交わしている護衛や、商人の何名かから、一瞬笑みが消えた気がした。
「そうでもないんですよ。仕入れに結構な金額をつかってしまいましてね、ハルビンセルまでの路銀を差し引いたら、なかなか厳しいもんですよ」
ハルビンセルは近隣で、最も発達した都市である。魔法(マギア)関連の商会も充実していた。
たしか、メルバが昔通っていた魔法学院の出張所などもあった。
「ふぅーん」
メルバは意味深にうなずいてみせて、次の言葉を選ぶ。するとそれを遮るように、ホロ酔いのアイレイが割って入ってきた。
「……さてお立ち会い。ソードマスターの称号をもつ、剣士アイレイ様の超絶剣技、とくとご覧ください」
「……ちょっと、アイレイ突然何を」
「……なにか盛り下がってる気がするんです。だから、ここは私の技をみせて、盛り上げようと」
「あのねえ」
話の腰を折られたメルバが不満をぶつける。
しかしアイレイはそれを遮って僕を見る。
「……ユキヒト」
「ん?」
アイレイのターゲットは僕だった。
「……いまから、このデザートのチレンの実をわが愛剣フォルチアとメルチアで、見事切って盛りつけてみせます」
「そりゃ、どうぞお願いします」
僕はなにか嫌な予感がして、その場を離れようとする。しかし、アイレイは僕の腕をがっしりとつかむ。
「……それで、チレンの実を置く台がほしいのです。ユキヒトは今から台です。動いては危険」
アイレイは、言いながらりんご大の大きさのチレンの実を僕に複数持たせる。
さらに、肩と頭の上にも置いてみせた。
そして、最後に、僕の目の前に台を置き、器を置く。
「こ、これって?」
「……さて、この剣の切っ先が、見事この若者の持つ数多の実を切って、その器に盛りつけられるか、はたまた若者は無残にも切り刻まれるのか」
「物騒なこと言わないでくれ!」
僕は叫ぶ。しかしアイレイは、無視して僕の背後に回る。
配置としては、アイレイがいて、その前にチレンの実を盛り付けられた僕、さらにその前に器という位置関係だ。
「……ユキヒトは一ミリも動いてはダメだよ。私も怪我をさせたくない」
「怪我させたくないならやめてほしいんですけど」
なんて言っても、アイレイは辞めない。僕は、背後に立つアイレイの嬉しそうな顔をありありと想像しながら、観念した。
ご丁寧に商隊の誰かが、盛り上げるために打楽器を叩いて緊張感を煽る。
「……行きます!」
アイレイは掛け声とともに、目にも留まらぬ速さで、デザートのチレンの実に向かって斬撃を繰り出した。
はずである。
後ろからなので、僕には見えなかった。
ただ、高速で刃先が僕の体のすぐ外側を乱舞しているのは実感できる。
観客の声援が聞こえる。
剣圧で、僕の衣類が揺れる。
何かを切り裂く音がして、ふと見ると、目の前の器に、次々とざく切りされたチレンの実が盛られ始めた。
「……えいやあ!」
その超絶剣技とは裏腹に、アイレイが気の抜けたかけ声を上げる。
拍手が起こり、場を盛り上げる弦楽器や打楽器の音が鳴り響く。
僕は、アイレイの剣舞が終わったことを理解し、一息ついて振り返る。
「……あ、まだ動いては」
アイレイは僕の頭上に置いたチレンの実に対して、最後の斬撃を繰り出している最中だった。
「うわっ」
僕が叫ぶより早く、アイレイの目つきがかわる。
頭上のチレンの実を切った後で、強引に剣先の軌道を変える。しかし――
「……痛ってぇ!」
剣先は、僕の左手の甲を小さく切ってからその動きを止めた。
「……動いてはいけないと」
目の据わったアイレイが悪びれずに言い放った。
僕は腕を見る。大した怪我ではないけどさ。
「血ぃでてるんですけど」
「……それくら唾つけとけば治るかと。……じゃ私はこれで……みなさんありがとうございました」
「お前、人切っといて知らん顔かよっ!」
「……これ飲めば楽しくなる」
「それ飲んだら血の巡りよくなって痛みが増すだろっ!」
ちなみに、僕は元の世界の基準で言うと、飲んではいけないものも多分ある。
僕らのやり取リズリン見て、商隊の面々は、それもなにかの余興と感じたのか、大いに笑っていた。
「いよっ!ソードマスター!」
「さすがっ!」
呆れた顔のメルバと、得意顔のアイレイ。
悪酔いロリ剣士、自分をいつのまにソードマスターと明かしたのか? 確かに、そうでもなければロリ剣士が受け入れられる訳もないか。
僕はふと思う。
こういうものは、例えば異世界情緒とでもいうのだろうか?
そう考えれば、この盛り上がりに、悪い気はしなかった。
……と、思ったのだけれど、思いの外、血がしたたる手をみて、やっぱり納得できないと思った。
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