5.街道は、森のすぐ外にある

 街道は、森のすぐ外にある。

 その道は、幅が大きく、馬車などは二台並走してもまだ余裕があった。

 しかし、ここ数ヶ月の間に草は生え放題で、人の気配も消え失せていた。

 そんな荒れ果てた街道の、すこし開けた一角に、商隊は野営していた。


「護衛の人数にしては、商隊はずいぶん小規模だね」


 メルバが呟く。

 馬車が三台。それとは別に、馬が二頭いた。辺りには食事の準備らしきことをしている人たちが数名いた。

 アイレイが目つき鋭く、商隊の人々チェックしている。

 先導する護衛の亜人たちは、中央に停められた、いちばん大きな荷馬車の傍に座る一団へ向かう。

 その先には、何やら地図を広げて話している男が三人いた。彼らは妖精族(フェアリア)のエルフであった。

 さきほどのスマートなゴブリンは、その三人のうちの一人の、大柄なエルフに声をかけた。


「森のなかで、巨獣の討伐を請け負った神官様ご一行に会いまして、ここに連れて来ました」


 顔を近づけ、耳元で何かを告げると、大柄なエルフは大きくうなずいて、僕らの方を見る。

 それから、笑顔で近づいてきた。


「はじめまして神官様。私はこの商隊を仕切っております、隊長のファーレ・ロレといいます。この様なところでお会いできるとは誠に幸福なことです。もし、お急ぎでないのであれば、ゆっくりしていってください」

「お招きいただきましてありがとうございます。こちらの護衛の方々から、商隊に祝福をと言われまして、おじゃまさせていただいております」


 リズリンがそつなく応対する。

 商隊長は若いリズリンの、しっかりとした応対に驚きつつも応える。


「ええ、ええ、ぜひお願いします。明日には出発の予定ですがね、この後の夕刻の食事の際にでも、皆に祝福と何かお話をお聞かせ願えればと思います」


 この世界における神官や司祭といった人たちは、僕の元いた世界と同じように、人の生死に寄り添い、人々を支え、悩みに答える存在だ。

 加えて、神話の逸話を通して、世の真理と道理を教える役割もあった。


「夕餉の時間まで少し時間があります。野営地ですので、屋根も囲いもないですが、あの辺りでお待ち下さい」


 隊長が、腰を掛けるのに頃合いな、石が転がる、やや開けた場所を指差す。


「後でお茶などお持ちいたしますよ」

「いえ、お構い無く」


 お茶好きなメルバは一瞬表情が明るくなった。しかし、リズリンがばっさりと断ったのを目撃して、再び表情を曇らせた。

 僕らは、会釈して隊長から離れると、野営地の隅に腰を下ろした。


「お茶くらいもらってもいいじゃないですかー」

「物資は貴重でしょうし、何でもかんでももらっちゃいけないよ」


 不満顔のメルバ。

 アイレイは、辺りを伺っている。


「……何を運んでいるのか」

「アイレイ、何か気になるのか?」


 僕は、アイレイに尋ねる。


「……昔盗賊団にいたから、気になる。この商隊はちょっと変わっている。荷馬車が少ないかわりに馬が多い。しかも、今まで会った人は全員武装している。護衛の男たちの武装もちょっとした冒険者か傭兵かって装備だったけど、商人も帯刀している。……高額なものを守る必要があるのか、あるいは他の目的か」

「アイレイ、あまり疑惑の眼差しを向けてはいけないよ」

「……それは、はい」


 アイレイは素直に返事をすると荷物をおろす。適当な流木に座る。ようやくバイザーをあげると、いつもの幼い表情が顔をだす。

 僕は、伝像の神器を発動し、ふたたび辺リズリン記録し始めた。

 生配信はしていない。

 朝方の森の入口からここまでの、短編的な映像をチェックして後でダイジェストにして配信しようと考えていた。

 この神器は、どういう仕組みかは分からないけれど、過去に記録した情報をストックすることも出来た。


「俺、ちょっと馬車とか見てくるけどいいかな?」


 僕は物珍しさから、あたりを見回した。


「いいけど、変ないちゃもんつけられたりしないでよ」


 メルバが僕に言う。


「いちゃもん、ね」


 わりと因縁をつけられるタイプであることは自覚していた。

 伝像の神器には、編集機能もある。

 といっても、パソコンでやるようなカーソルで動かすものではなく、眼鏡越しに表示されるVR画面に浮かぶ各種映像のアーカイブに対して念じることで編集するという、なんとも良くわからないシステムだった。

 それでも、僕は使い始めた当初よりはだいぶ扱いになれていた。

 歩きながら、僕は森の入口からここまでの記録を早回しで確認する。

 途中、巨獣と護衛の遭遇のせいで、中継自体は停止したが、記録はここまでに絶えず行われていた。

 森の入口、リズリンの放送宣言、巨獣との遭遇。

 商隊の護衛の出現。

 商隊の馬車たちと、商人たち。

 続いて歩きながら配信停止直後のコメント郡を確認する。


 ――また配信カット?

 ――くそ配信乙

 ――見れないなら会員抜けるわ

 ――あーあ、ほんといつも乱暴だなぁ

 ――アーカイブ落ちを待ちます


 視聴者の中には、配信枠を登録してくれている者たちもいる。彼らはようするにリズリンの信者ということになる。

 僕は、商隊の全景を見渡して、伝像の神器記録する。それを今までの映像と組み合わせて一本のムービーを作成した。

 それから、自分たちの休憩する場所に戻った。


「あれ、リズリンは?」


 僕はメルバに尋ねる。


「商隊に病気の子供がいるらしくで様子を見に向こうへ行ったわよ」

「子供がいるのか?」

「……便乗客だと思う」


 アイレイが荷物を整理しながら応えた。

 荷馬車の周りに子供がいる。

 なにやらその子供らに対して笑顔で相手をしているリズリンが見える。

 僕は手頃な石に腰を掛けると、改めて編集の終わった今日の録画映像の配信をはじめる。神器からネットワークに接続、映像をアップロード。配信はライブだが映像は録画映像となる。

 録画映像に切り替える前にタイトルコールがほしいと思ったが、僕はいまそばにリズリンがいないことを思い出した。


「……なぁ、メルバかアイレイのどっちかにさタイトルコールをお願いしてもいいかな?」

「タイトルコールしていいの?」


 メルバが食いつく。


「うん、ダイジェストなんだけど」

「ボクやる。ちょっと一度やってみたかったの、なんか楽しそうだし」

「私には面倒にしかおもえない」


 アイレイが武具を手入れしながらつまらなそうに呟く。


「じゃあ、これを読み上げて」


 僕は、懐から出した小さな黒板みたいな木版に、木炭でタイトルを書き出す。

 メルバは僕の元いた世界の文字なんて読めないが、『念書読み』とよばれるマギアスキルで意味を読み取ることが出来る。


「ええと……第八十九回配信ダイジェスト!見せられなかったアノ映像もまるっと大放出……相変わらずの、けったいなタイトルね」

「ほっとけ。それじゃはじめるよ、五秒前から、五、四……」


 三秒前からは口に出さず指で示す。

 キューサインを出すと、メルバは軽く深呼吸をして、僕を見る。彼女はカメラの存在を理解している。


「はーい、みなさんー、こんにちはー、みんなのアイドルメルバちゃんだよっ! 第八十九回配信ダイジェスト!見せられなかったアノ映像もまるっと大放出しちゃうかも、それでは、はっじまるよー、皆見てねー! キャハ♪」


 ノリノリかよ。

 タイトルコール後に画面を編集映像に切り替える。

 眼の前のメルバは満足気だった。


「ねえ、ユキヒトいつものアレ見たいの、見れる?」

「え、ああコメントね」


 僕は、自分にしか見えていないコメントを、メルバたちにも見えるように、空間に投写する。

 伝像の神器はこんな機能まであった。


 ――魔女っ子キター

 ――なにダイジェスト?

 ――待ってました!


 とくに告知をしていないので、コメントが少ない。

 恐らく、メルバのタイトルコールを冒頭から見た視聴者はほとんどいないんじゃないかと思ったが、それについては黙っていることにする。後でアーカイブからは見てもらえるだろう。

 メルバが興味深そうに、アイレイは興味なさそうに、空間に現れては消えるコメントを見ている。


「これも不思議な仕組みよね」


 コメント内容をどこまで理解しているのかは、わからない。


 ――そこはどこですか?


 中には配信に対して質問をしてくる者もいる。僕は神器を介して可能な限り、コメントを返す。

 なぜか僕の言葉は神器にはひろってもらえない。

 その代わりに、配信者として向こうの世界の枠に対して同じようにコメントを書き込むことはできた。


 ――配信主:僕らは、迷霧の森とよばれる、今回のクエストの地で出会った商隊の人たちと一緒にいます。配信ページのヘッダに番組情報と本日のクエスト概要を記載しているので、チェックしてください。


 平時の僕は、答えられる質問にはマメに応えることにしている。

 クエスト時はたいていそれどころではない。

 だからこそ、こういう所で対応をして、会員の獲得……というかリズリンの信徒獲得に繋げたいと考えていた。


 ――キャラバンですね、何を運んでいるんだろう?

 ――配信主:商材はわかりません


 僕は、コミュニケーションを続ける。


 ――番組、初めて見ました。これはゲーム配信ですか?


 初めて番組を訪れる視聴者、さらに最も多い質問が寄せられた。

 こういう時、僕ははじめ返答に困っていたが、今は言うことが決まっている。


 ――配信主:いらっしゃい。この配信は自作のVRゲームをテスト配信するゲーム実況中継です。世界観の多くは僕と僕の仲間の創作です。とても頑張って作った物語を毎回配信しています。架空の勇者リズリンとその仲間たちの冒険の旅をご覧ください


 僕は嘘をつく。

 といっても、本当の話をしたところで、誰がどこまで信じるだろうか。


――結構テクスチャ荒いですね、パソコンのスペックかゲームのテイストなのかわかりませんが


 初心者らしき人物がコメントで答える。

 ゲームではなくリアルなんだ、といつもいいたくなる。

 しかし実際、僕の元いた世界では、これよりも臨場感のあるゲームなど、いくらでもあった。ゲームを作るソフトだって数多くある。

 だからこそ、今の僕の話は何の違和感もなく受け入れられるだろう。


――たまに楽しいですよ。さっききも、スレンダーな魔法使いがそこに


 常連がフォローを入れてくれた。


――スレンダー魔法使い! それはどこですか?


 食いつく新視聴者。


――配信主:あー、スレンダー魔法使いはメルバといって、勇者リズリンの仲間です。たまぁに出てきますんで期待してくださいね


 僕はあたりさわりのないコメントを返した。


――クエスト概要を読みました。封鎖された街道とのことですが、この商隊何のためにいるのでしょうか?


 常連には質問魔も多い。


――配信主:ええと、それはわかりません。クエストの内容のとおり、街道は封鎖されているので、なにか急ぎの用があってここにいるのかもしれません


 僕が答える。

 メルバも興味深そうに覗きこむ。


――さっき、商隊の遠景がうつりました。焚き木の後が大きく、馬車も移動した形跡がありません。彼らはここに長くいるようです。基本的に物流は時間を掛けた分だけコストになります。だから、一箇所に長居するような商隊というのは、ちょっと不思議だなっておもいます。

――配信主:そうなの?


 視聴者は、時折鋭い指摘をする。


「ちょっとおもしろい話だね」


 メルバが呟く。


「ああ、言わなかったけどね、あたしの違和感もそんな感じ」


 アイレイも続けて補足した。

 というか、言えよ。


「言われてみれば、奇妙な商隊だな」


 僕がそう応えた直後、僕の神器を通して投写された映像やコメントが、突然乱れ、配信が強制終了した。

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