11.あら、早かったじゃない?

「あれ、早かったね?」


 アイレイと僕がどうやって街に近づくべきか、遠くから周回していると、一人浮遊術で空を飛んでいたメルバが現れた。


「なにそれ? 昨日の一角獣じゃない? そんなのに乗ってきたの?」


 メルバが呆れた声を上げる。


「……この子には、シャルロットという立派な名前をつけた」


 それ初耳なんですけど?

「そのシャルロットちゃんは別に混乱状態にもないみたいね」

「……うん、仲良くなった」

「メルバ、状況を説明してくれ」

「芳しくないよ。いま、リズリン様は街の中央にある神殿に入って街の人達と一緒にいるわ。そして、獣よけのかわりに、法術で防護陣を街に張って守っている」


 僕とアイレイは目を見開く。


「ちょっとまて、この規模の街に防護陣って、大変なんじゃないの?」

「さすがのリズリン様よ、それをやってのけてる。もちろん神殿の増幅効果もあるからだけれど、でも、あとどれくらいもつか」

「……それで、メルバは何をしているの? 防護陣ならメルバだって張れるでしょ?」

「何もしていないわけじゃないよ、この光景見てよ、不自然でしょ? 巨獣たちは本来こんなところにいない。しかも種はくちゃまぜで混乱状態にあって、なぜか街の、それも人の多いところに惹きつけられて集まっている。私はその原因をしらべていたの」

「人の多い所に?」

「宿場町とか人の多い所を目指している。示し合わせたように、集落を見つけたら駆逐するように動いている。そして、それを強制させているのが、そのアイレイの腰の袋に入っている、そのビクの魔法花」


 言われてアイレイが反応する。


「もう解析したから、どこにあるかすぐわかるのよ。そのビクの花、とても特殊よ。葉脈が魔法陣になっているの。ボクもこんな気持ち悪い魔法植物(マギアプランテ)は久々に見た」

「そんなものがなんで自生しているんだ?」

「自生じゃないわ、誰かが持ち込んだのよ……それをしたのは恐らく」


 メルバがそこまで言って、僕とアイレイが同じ名称を口にした。


「商隊?」

「彼らのうち何人がどこまで自分らの仕事を自覚していたかわからないけど、この花は街道沿いに点在している。であれば、この花の苗かあるいは種を巻いたのは、あの商隊の中にいる誰かしか考えられない。そして、広がり方は、たぶん、まず草食動物がそれをたべて、次に肉食が食べて、ってね……まあ、それだけじゃなくて、捕食を促進させる術式まで組んであるっぽいけど」

「……何のためにそんな面倒なことを?」


 アイレイが尋ねる。


「侵略の仕込みだ」


 僕がアイレイに説明する。


「国と国が戦争状態に陥る前に、いくつか段階があって、例えば物流の破壊とか地図の作成とか。それで、あの商隊の不審な行動は、そういうことをしていてもおかしくないってさ」

「……状況はわかった。それで、私たちはこの後何をすればいいの?」

「うーん、街の人全員を連れてここから脱出するか、巨獣たちを皆殺しにするか」

「どれもハードルたかいな……」

「あと一つある」

「それは?」

「このビクの魔法花の成分を巨獣たちの体内から解呪すること。そうすれば、巨獣たちは森に戻る、かもしれない」

「……そんなこと、できるの?」

「わからない。ただ、街の人を避難させるのはもうこの状況では現実的でないし、巨獣を倒すにしても……まあ、ボクとアイレイがいればやれなくもないけど、街壊れちゃうからねぇ。だから、最も被害の少ない方法がないかどうか、リズリン様に指示されて、ボクは辺リズリン調査していたの」

「解呪できそうなのか?」

「シンボルパターンは読めたけどね、ここじゃ設備がないから、どういうプロセスで、巨獣を正気に戻すことが出来るのかまでは分析できてない」

「……つまりお手上げ?覚悟をしないといけない?」


 アイレイは自身の刀に手をかけた。

 カチャリと音がした。


「そうねー、もうちょっと調べるけど……どこか実際に、暴走状態から正気にもどった巨獣でもいればいいなって思っていたんだけど」


 目の前で、シャルロットが鼻をならした。

 何か、街をめぐる巨獣たちの行動に不穏なものを感じているらしく、怯えているようだった。


「……シャル? お前も怖い?」


 アイレイが尋ねると、シャルロットは、小さく嘶いた。

 ん?

 僕はふと気づく。


「この一角獣ってさ、ようするに暴走状態から正気にもどった巨獣じゃないの?」。


「……あ」


 メルバとアイレイが拍子抜けしたように呟く。


「ええと、この子、どういうプロセスで解呪したっけ?」

「会った時は暴走していたよな」


 アイレイが思い返す。


「……私が、角を掴んで投げ飛ばした。それで正気に戻った」

「そんな単純だっけ?」

「そんなんじゃ正気に戻らないと思うよ」

「その後、商隊の護衛がなんかの投擲武器をこの子にぶつけてなかった?」

「あー、それで吹っ飛んで気絶してたね。あれはたぶん、衝撃魔法のかかったスリングかボーラじゃない?」

「……じゃあ、投げ飛ばして、さらに衝撃を当てれば正気にもどる?」

「そういうんじゃないと思うのよね〜」

「はっきりしないなあ」

「……あの後、去り際にリズリン様が回復かなにかの法力をかけていた」

「そうだっけ?」

「そうよ、それよ、リズリン様にそれが何だったか確認すれば、この子の解呪につながるんじゃない」


 僕は、盛り上がるメルバを見てうつむく。


「ユキヒトどうしたの?」

「おれ、あの時リズリンが使った術が何だか知ってる」

「ええ、じゃあ話が早いね」

「……それは何?」

「アナ・ヒティスの奇跡の力。つまりリズリンは神性をつかって、シャルロットを浄化したんだよ」


 メルバとアイレイは、それを聞いて固まってしまった。


「アナ・ヒティスの奇跡ね……そりゃ、効果抜群よね」


 目の前でシャルロットがまた鼻を慣らす。


「……でも、今度は一匹じゃないね」


 そうだ、いったいそれをするのに、どれほどの神性を消費するんだろう。

 僕も押し黙る。

 神性を使うことは、僕らの旅の目標たる奇跡の蓄積が、また大幅に伸びることを意味している。

 せっかく蓄えた奇跡の力を失うことはできれば避けたいところだった。

 僕の現世への帰還は遠のくだろうし、彼女たちが各々心に抱く、奇跡の実現も先延ばしになる。

 メルバが、ふっと笑いながら言った。


「ボクじゃ、判断ができないわ」


 アイレイも同意する。


「……私も、これは、ユキヒトとリズリン様で相談して決めて」

「え」

「ユキヒトは街の神殿を目指して。神殿で、リズリンと話して決めて。巨獣を皆殺しにするもよし、人々を見殺しにするもよし、リズリン様に奇跡を願うも良し。ボクたちは、あなた達二人がきめた結論に従うよ」

「そんな重大な判断を俺がするのかよ」

「……これはユキヒトの義務」

「二人はどうするんだ?」

「リズリン様が、ユキヒトと話をするとき、防護陣が解けるでしょう。獣よけだけじゃ、もうどう考えても抑えきれないだろうから、ボクとアイレイが街を守る。知っているでしょう。ボクたちがどういう存在か」


 メルバはローブを翻して、その服の下に持っていた、小さな魔法の杖を取り出す。

 というか、服を着ろおまえは。

 そして、アイレイは、シャルロットから降りると、ふた振りの刀を抜いて持つ。

 メルバもアイレイも、それだけで普段とうって変わった雰囲気をまといはじめる。


「さて、街までの道をつくらなきゃ、っとユキヒトはほら、シャルロットに乗って」

「お、おう」

「アイレイ、あなたどうせ点でしか攻撃できないでしょ? 風と雷をエンチャントしてあげるから、せいぜい奮起してよ」

「……線だっていける……メルバも、調子に乗って魔法を使いすぎて気絶しないようにね、体力ないんだから」


 メルバはアイレイの皮肉に笑って、呪文を唱える。


「我が求めるは風、迸るは雷、ひと振りで旋風、ふた振りで竜を巻き、みたび振る舞えば嵐となりて空を轟け! その者、疾風迅雷!」


 メルバが叫ぶと、アイレイの周りに帯電した濃密な大気の層ができる。

 すぐそばにいても、気圧差で耳鳴りがした。

 アイレイは二ふりの曲刀を構え、軽く振るう。

 帯電したつむじ風が巻き起こる。

 少し驚いて嬉しそうに笑った。

 それから続いて、刀を逆手に持って下段に構えると、ものすごい速さで街にむかって振り上げた。

 するとすさまじい、上昇気流が巻き起こり、街の手前でうごめいていた、巨獣たちが吹き飛んだ。


「ほら、行って」


 メルバが叫ぶ。

 僕は、シャルロットの首を叩いて、その開けた道を走り街へ向かった。

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