2.僕が所属するパーティは
僕が所属するパーティは、建前上のリーダーの道士のリズリン・レイン、魔法使い(マギア)のメルバ、剣士アイレイ、僕で構成された、4人組だ。
パーティメンバーには、それぞれ役割がある。
修道士(モンク)のリズリン・レインは妖精族(フェアリア)の少女。聖なる力に健やかなる肉体、神の奇跡を人々に施す回復役。
リズリンは僧侶であるから剣術ではなく武術を嗜み、服装も動きやすさを第一にしていた。
その外見は、中身をしらない人にすれば、見目麗しいことこの上ないだろう。
ちょっと着飾って黙っていれば、見物客でもできそうなレベルではあるのだけれど、残念ながら旅慣れて野暮ったくなった彼女の外見からは、そんな魅力は見事なまでに霧散している。
汗だくで張り付く髪。ていうかおでこに葉っぱついてるぞお前。
続いて、魔法使い(マギア)メルバ。
この見た目とおりの魔女は、一言で言えば痴女だ。ローブの下はいつも半裸で、理由はマナが感じられなくなるからだといっていたが、普段の振る舞いを見ていればわかる。
服を着るのが面倒くさいだけだ。
幸いにして、ローブは公共の場では魔術的鉄壁のガードを発揮していたが、時に彼女の恥を恥と思わない物臭な振る舞いは、親しいものを戦慄させる。
彼女も妖精族(フェアリア)で、無尽蔵のマナを持つと言われるハイエルフのソーサラーだ。
特徴的な帽子の下には綺麗な金髪がおさまっているのだが、良くかゆいと言っている。
お前はちゃんと風呂に入れ。
さらに、女剣士アイレイ。
彼女は、神速で刀を振るう二刀流の剣士。なんと世に名高いソードマスターの称号まで持っている。
ただし、その小柄な身体にざんばらおかっぱの黒髪は、服装を変えたら単なる童子にしか見えない。血なまぐさい皮鎧を着てなければ、誰も達人クラスの剣士などと思わないだろう。
もっともこの世界では、強さは身体的外見に左右されないことのほうが多いから、それでも特に問題はない。
普段は物静かで、朴訥とした喋り方をするが、実は冗談も好むし、毒も吐く。
酒が入ると面倒な子。酒を飲ませてはいけない。酒を飲んでいる時に近づいてもいけない。
以上、妖精族(フェアリア)三人組が、僕の旅仲間だ。
とてもバランスの取れたパーティではあると思う。自分で所属しておいていうのもなんだけれど、かなり盤石なんではないだろうか? 僕はそんな事を想いながら、自身を見返す。
肝心な僕のジョブも伝えておこう。
僕の職業は――動画配信者だ。
もう一度言う、僕のジョブはインターネット動画配信者だ。
僕は、僕の目の前で展開する、日々の様々な光景を映像にして配信することを役割としている。
それが、僕のジョブであり職業だ。
何故そんな馬鹿げた職業をやっているのか?
それは、僕がこの世界に転生する際に、神さまと取り決めた約束が原因だ。
神の名を女神アナ・ヒティスという。
アナ・ヒティスは、神世界ルア・エクヒの主神の一人で、リズリンのご先祖様にして、リズリンとその信徒たるメルバやアイレイの信仰対象だ。
アナ・ヒティスはその神性でもって、奇跡の力を行使して世界の森羅万象に介入する、神世界ルア・エクヒの秩序を維持する存在の一人なのだという。
存在の一人である、というくらいであるから、実はアナ・ヒティス以外にも神さまはいるのだが、まあとにかく、この世界はそんな神々と、その信徒が支えているらしい。
それが、僕が知るかぎりの、まず最低限のこの世界のルールであった。
僕はそんな世界を守る神によって、この世界に呼び出された。そして、転生する際に契約を交わしたのだ。
記憶は曖昧だ。けれど、神様に会ったということだけは覚えていた。
その時、女神アナ・ヒティスは言った。
「少年が我が信徒となり、我が末裔を助ける約束をするのであれば、その体躯を異系異界の世に再現ましょう。助けるは我が末裔、行うは我が信徒を集め神性を高める事。さて、死にかけの少年よ、何が出来ますか? 我が末裔に信徒を集めるために……」
それは、確か交通事故かなにかで死んだ直後だったような気がしている。
痛みはなかったのだけれど、自身の身体を見返したら、派手に損壊していた記憶もある。
あっけにとられながらも、その時、僕はアナ・ヒティスに尋ね返した。
「信徒を集めるってさ、つまり、それは、ファンを作るということか?」
アナ・ヒティスはそうだ、と応えた。
僕はそれを聞いて、曖昧に思考を巡らす。
それが、一瞬だったのか長い時間だったのか覚えていない。
ただこう考えたのは覚えている。
「ファンというと――えーと、たとえば、動画配信して人の注目を集めてファンをふやして――」
そこまで思考した時、アナ・ヒティスは強く応えた。
「その知見、見るべきところがあります。この巡り合わせに祝福を」
「は?」
「少年よその力をお前に授けます。我が力お前の所有物に宿しましょう。その名を伝像の神器。我が末裔に助力し、我が信徒を増やした暁には、我と我が末裔は、奇跡の力を得るでしょう。少年はいつかその力をもって、一番の望みを叶える事ができます。くれぐれも精進しなさい。我が神性を高めなさい。信徒を集め、わが末裔に力を集めなさい――」
急激にアナ・ヒティスが遠ざかるのを感じた。僕は最後に叫んだのを記憶している。
「まってくれ! 末裔というのは誰なんだ?」
「我が末裔の名はリズリン・レイン! 目覚めた時、少年の傍らに……」
その後の詳しい話は、また別の機会に伝えるとして、とにかく、僕の転生時に定められた役割というのは、彼女の知名度を上げ、信徒を集めること。
しかも、手段は動画配信だ。
そんな意味不明な役割を負わされて、僕は異世界に飛ばされ、リズリンの傍らに、死ぬ直前の姿で再誕したのだった。
ちなみに、再誕した直後に知ったことだけれど、アナ・ヒティスの信徒は、リズリンの他には僕一人だけだった。
というか、リズリンがアナ。ヒティスの再考仔細であるから、信徒にして弟子第一号は僕となった。
続いて弟子兼信徒になったのが、今僕の目の前でリズリンに絡んでいるメルバとアイレイだ。
「というか、ボンキュッパーン!とか不謹慎な格好、わたしはしませんからねっ!」
リズリンが、不穏な空気を察して叫んだ。
僕は、リズリンに助け舟を出す。
「きわどい服装だけじゃ人は継続して集まったりしないよ。それよりも、今までのデータによるとさ、旅を丁寧に伝えることが、継続的な視聴者獲得につながるんだ。だから、こういう他愛もないクエストの配信こそ重要なんだよ」
「ふーん、そうなの?」
メルバが残念そうに反応した。
実際には、際どい服装は、まぁある程度の需要はありそうな気もしていたが、たぶんこの真面目で気高い修道士様には、そんな服装になれないだろう。
「ユキヒトの言うとおりにして、わたしが信徒を得て、神性を高められているのは事実なんだから、メルバもアイレイも無理なことを言ってはダメだからね」
メルバとアイレイは顔を不満げに曇らせる。
「さあ! 先を急ぎましょう、仕事! じゃなかったご奉仕、ご奉仕ですよみなさん!」
リズリンが歩みを再開する。
いちおう、リズリンの配信については、ちゃんと方針をもってやっているのだが、インターネットなどというものが存在しない、この世界の住人に、それらを一から十まで説明するのは難しい。
僕は、彼女のご先祖様であるアナ・ヒティスから与えられた伝像の神器に指を添える。
それは何の事はない僕のかけている眼鏡だ。
僕がこの世界に再誕するときかけたままもってきた眼鏡、それが、アナ・ヒティスによって力を与えられ神器となっていた。
バカバカしいにも程がある。
とはいえ、機能的にはよく出来ていて無駄に便利な神器でもあった。
僕は空間に、VRのように僕にしか見えない画面を投写する。
そこには、いま配信している映像に寄せられた視聴者の言葉が飛び交っていた。
ご丁寧に、配信プラットフォーム別の機能の一つでもある、投稿欄やコメント欄に寄せられた言葉を見ることが出来るのだ。
――リズリンたんキター
――あいかわらずかわいい
――なにこれなんてゲーム?
――森のなかすごいな
――画質わるいよ
――配信者はヘタレて本当ですか?
――このキャラかわいいね
――いつ脱ぐの?もっとなにか喋ってよ
――つまんね
どういう仕組みになっているのかはわからない。伝像の神器は、僕の元いた世界の、幾つかの動画配信サイトに、強制的に枠を確保して配信していた。
しかも、こちらの情報を向こうに配信するだけでなく、視聴者数や配信データ、各種ツールも利用可能ときた。
そして、配信チャンネルの会員が増えると、連動してリズリンの神性が高まり、奇跡の力を増やすことが出来るのだという。
なんて、でたらめなシステムだろう。
このメガネには、この深遠にして雄大にして神秘のファンタジー世界をぶち壊すような、パソコン然とした機能がむりやり収められていた。
僕は、見覚えのあるコメント郡の言い回しを見ながらため息をついた。
視聴者は三十名程、アクセス数は、いつものとおりのしょぼしょぼ。
VR画面の向こう側の彼女たちを順に見渡す。
僕のメガネを介してみたものが、視聴者にも見えている。
――この後、着替えはありますか?
――配信者さん、音声ちいさいです
――だからこれは何のゲームなの?
――良くある創作架空戦記やろ?
――おまえらうるさい
――巨獣ってなんぞ?
神器を通して歩きながらリズリンを目で追いかけていると、僕の顔をメルバが覗きこむ。
大きな帽子が視界を遮る。
――魔女っ子きたー
――何この子帽子でかいな
――服かわいい
――おまえのほうがかわいいよ
メルバも、常連視聴者には存在を認知されている。
僕以外は、アイレイも含めて、勇者リズリンのパーティーであることは、周知の事実だ。
「こんなただの森見て、何が楽しいのだろうね?」
メルバは他愛もない疑問を口にする。
「この森は俺の住んでいた世界の森とはだいぶ違ううんだ。だから、十分に興味深く見れくれていると思うけど」
僕は、この世界に転生する前に住んでいた世界を思い返す。
近所の雑木林、遠くに見える郊外の里山、いずれの森にも、こんなデタラメに太い幹をもった樹木は存在していない。
――森すげぇ
――もの◯け世界?
――いやいやアバ◯ーでしょ
ちなみに、異世界配信に於いて、サザ○さん的名所訪問は毎回評判がいい。見たこともないものは、やっぱり楽しいのだろう。
「……私、森は好き。落ち着くし、凶悪なモンスターとも戦える」
アイレイが、殺伐とした好みを述べる。
「血を求めてはダメ。いたずらに戦ってはいけませんよ、アイレイ」
リズリンが言う。
「……しかしリズリン様、今回のクエストもそうですが、やはり戦うべき時には、戦わざるを得ません……あなたを守るためにも」
彼女たちは、いつもリズリンを気にかける。
それは、彼女たちが忠誠を誓うこの目の前の少女を、何よりも気にかけている証だった。
「刀を抜くのは最後です。あなたは簡単に刀を抜きすぎです。残虐さは魂を濁らせます」
「……それは、気をつけます。でも血を見ると、興奮してしまうので……」
物騒な発言をしているけれど、アイレイの二対の長剣は、僕らを守るために、幾度と無く血を吸ってきた。
冗談のような服装と、先ほどの冗談めかしたやり取りとは裏腹に、彼女たちはずっと死と隣合わせに日々を過ごしている存在だった。
「俺からも言うけど、配信中の惨劇はご法度だぞ」
「……わかっている」
アイレイは眉をひそめる。
「以前ユキヒトが言っていた、行き過ぎた刺激は、リズリン様と神様とのつながりを害し、神性を損なう、というお話?」
メルバが、僕の言葉に反応した。
「そう。仮説だけどね」
実は、僕は配信時のBANを恐れいた。
つまり、行き過ぎたショッキングな映像配信は、停止対象なのではないか、と。
アナ・ヒティスのこのでたらめな神器が、僕の元いた世界の動画配信サービスの、何をどこまで忠実に再現しているのかは分からないが、気づかって損はないと考えていた。
「でも、ボクたちだって、戦わないといけない時ってあるからねー」
メルバは誰に向かって言うでもなくひとりごちた。
「というかお前は、絶対にローブめくるなよ? それも、魂を濁す!」
「はいはい、わかってますよー」
下着さらしてBANなどもってのほかだ。
僕は、この痴女めいたものぐさ魔女も、血腥いロリ剣士アイレイも、実は凶悪な力をもった存在であることを知っている。
彼女らは、二人とも目の前の高層ビルほどの太さの大樹も切り倒す力をもっている。
この世界で生きることは、僕が元いた世界の何倍も過酷であることを理解したのは、転生してすぐのことだった。
住人たちは、常に自然界に存在する化物や巨大な動物たちに脅かされている。あるいは、蛮族や国々との戦乱も、常に傍らにあった。
もし僕が、転生してすぐにこの世界にほっぽりだされたたら三日を待たずに、二度目の死を迎えていたことだろう。
「……本当は、傭兵でもやったほうが、いろいろ効率が良い」
もう一つ、この世界で日銭を稼ぐということも楽なことではなかった。
それはまあ、元いた世界でも同じ話なのだけれど、特に僕らのパーティは、いろいろと活動に制限があって、いつも金銭的に困っている。
通常、この世界の住人は、その職業や階層に応じて、街に紐づく共同体か、職能に紐づくギルドという組織に所属する。
しかし、それは職業人のみであり、たとえば宗教的な神事を生業とする各神々の信徒には、とくに寄り合いがあるわけではない。
信心は別に職能ではない。
そして職能でない以上、たとえばリズリンはアナ・ヒティスの最高司祭であるけれど、べつにギルドが存在するわけではない。
もちろんメジャーな神であれば、神殿の一つもあって、信徒が多くあつまってお布施集めるようなこともできるだろう。
しかし、リズリンの主神たるアナ・ヒティスはマイナー神である。
信徒を絶賛募集中である。
なので、まとまったお金なんてものは持っていない。
リズリンは僧侶であるから、治癒の奇跡なんかを広く行って、ちょっとえげつない方法で活動すれば稼ぎようはいくらでもあると思う。
けれど、あいにくリズリンは非常に真面目で、治癒でお金をとったりしない。
説法も、奉仕も、まあ心付けにご飯くらいはいただくこともあるけれど、それ以外の施しは、だいたい断っていた。
「……今は、きな臭い時代。だから戦争の一つでもあれば、リズリン様もあたしたちも、活躍できる」
アイレイは、背負った刀をカチャリと鳴らしながら笑う。
「ボクもちまちました法術より、大規模な破壊の方が得意だから、そっちのほうが楽でいいかなー、ねえリズリン様、次の街に行ったらあたし、戦火の起きそうな国について、ちょっとしらべて、お手伝い先さがしてもいいですか? ニュンペかマキナか、あのへん、きな臭いじゃないですか?」
メルバも物騒な言葉をかぶせる。
「駄目です……そもそもそんな発想がいけません……戦乱は悲しみを生みます。冗談でもそういうことを願ってはいけません。アイレイ、メルバ、二人ならそれがどういうことか身をもってわかっているでしょう?」
「……」
「それはまあ」
二人はすこし言葉を濁す。
「それに、今回の仕事はただの巨獣討伐ではありません、近隣の交易路すべてに関わる大切な仕事です。村長さんが、本来であればギルドに頼むところをわたしたちに依頼してきたのだから、誠心誠意をもって対応しないといけません」
リズリンは、持ち前の誠実さでもって、二人を諭した。
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