3.依頼内容を整理しよう
ここで改めて依頼内容を整理しよう。
僕らが請け負っているクエストは、僕らが今いる森のすぐ外側を並行して走る、街道を荒らす巨獣の討伐だ。
巨獣というのは、この森に暮らす、爬虫類、哺乳類、鳥類、昆虫そのすべての生物を指している。そして、巨がつくことからもわかるとおり、とても巨大だ。
巨獣の出没は、ここ半年の間に頻発していた。そして、二ヶ月ほど前、商隊が襲われ全滅するという事件が起こり、現在街道は通行禁止のお達しが出ている。
しかし、それでは商売にならない交易路沿いの宿場町や幾つかの商隊が、共同で各地の冒険者に討伐を依頼したというのが、今回の話という訳だ。
ただ、そもそも、件の交易路にはもともと迂回路があるので、実は宿場町や、よほど移動を急ぐような商隊団以外にはあまり影響がない。
さらには、出資者からの報奨金もさほど多くないこともあって、討伐を担う冒険者の募集に苦労していた、という話を聞いている。
ようするに、ギルドに頼まない理由はお金がな無いからで、お金がないから、僕らに回ってきた仕事ということなのだ。
たぶん、リズリン以外の全員、その事実に気づいている。
もっとも、リズリンがそんな事実に気づいたとしても、今回のクエストを断るとも思えなかった。
そして、メルバとアイレイが、リズリンの熱心なファンであり、信徒である以上、それがどんなに非効率で不条理で、徒労に終わる様なミッションでも、ついていくしかないのだ。
僕らは文字どおりリズリンについて森を進んだ。
ふと見ると、アイレイが立ち止まり、巨木のそびえる森の奥を見据えている。
「アイレイ、どうしたの?」
メルバが尋ねる。
「……なにか来る」
アイレイが指差す方を僕らは見る。
すると、木々をなぎ倒すメキメキという音と共に、体長一〇メートルはあろうかというサイズの、毛むくじゃらの巨獣があらわれた。
――モンスター出た!
とたんにコメントが走り出す。
それは、頭に大きなツノが一つある獣だった。ツノのつきかたは一角獣に似ていた。ただし、体は馬ではなく、どちらかというとクマやサイのようなずんぐりとした体型をしていた。
――化物ハンター?
――これ実話?
――ちょっとデザインが、普通すぎない?
僕の直ぐ目の前を、脳天気なコメントが流れる。
流石に邪魔くさいので、僕はコメントを非表示にすると、現れた巨獣に見つからないように、大樹の中腹にある枝葉の影に身を隠す。
「……あれは、肉食?」
アイレイがメルバに尋ねる。
「あれは、コケやシダを食べる草食だったかな。この辺りじゃ珍しくもない。けれど、まだ子供かしら。成獣はたぶん五倍くらい大きかったはず」
メルバが答える。
「随分と乱暴な動きをしているのね」
リズリンが興味深そうにつぶやいた。
一角獣は、バキバキと木をなぎ倒すと、その根を食い散らかし始める。
そうかと思えば、シダ類を口に咥えては振り回し、突然走り回だす。
アイレイとメルバが何か作戦会議をしている。
「……あれが目的の巨獣?」
「一匹だけってことは無いでsちょ」
「……メルバどうする?」
「そうね、ボクの精神魔法(メンタルマギア)の一つでもかけて、脳みそ叩いて気絶させるか」
「……私が殴ったら気絶する?」
「頭蓋骨ぶちぬくのがオチじゃなかしら?」
「……でも、メルバの精神魔法(メンタルマギア)だって廃人製造するよ?」
「相手が人じゃないから、この場合は廃人とは言わないでしょ。廃一角獣かしら?」
語呂わるくない?
僕は物騒な会話にそんな感想を懐きながら、一角獣を目で追いかける。
メルバとアイレイの口ぶりからは、殺伐とした事柄が起きそうな気配がぷんぷんしていた。僕はライブ配信を切って録画のみにするか、それともこのまま中継を続けるか、迷っていた。
すると、視界の隅を動く人影が見えた。
それは、決意に満ちた表情で、一角獣に向かって走り出したリズリンだった。
「あっ、リズリン……」
僕は思わずリズの名を呼ぶ。
リズリンは軽やかに巨獣の前に降り立つと、ご丁寧に話しかけた。
「君は、何故暴れるの? あなたの住む場所はここではないでしょう? このまま、街道に近い場所で暴れていた、あなたは狩られてしまうんだよ。だから、今すぐ森の奥へもどりなさい」
リズリンは、その澄んだ声で、目の前の巨獣の説得を試みた。
そもそも言葉が通じるのだろうか?
「なんて無茶! やりかねないとは思ってたけど」
メルバとアイレイも、わたわたと行動を開始する。
一角の幼獣が、リズリンを見て口を開けて威嚇する。咆哮をあげる。
しかし、リズリンは動じない。
「さっさと、森へ帰りなさい!」
一角獣の咆哮に対して、一切ひるむことなく、むしろそれを上回る勢いで一喝するリズリン。
その一括は、メルバとアイレイですらひるむやつで、案の定、というわけではないのだろうけれど、飛び出しかけたアイレイとメルバが足を止める。
メルバがつぶやく。
「まって、凄い」
ふと見ると一角獣は、明らかに怯み始めた。
「さあ、森に帰るのよ」
リズリンは一角獣に優しく話しかける。
やがて巨獣は小さくいななくと、興奮を収めて、その場に座り込んだ。
お前は、ナウ◯カか?
「ほら、いい子」
一角獣はリズリンに恭順を示す。
けれど、次の瞬間、一角獣はは眼の色を変えると、大きく口を開けて、リズリンに噛み付こうとした。
「あぶねっ!」
僕が叫ぶのと同時に、リズリンの身体は、横から現れたアイレイにさらわれて、助けられた。
「……リズリン様、無茶が過ぎます」
「話が通じたのに、あの子、意識が突然飛んだのよ」
リズリンを小脇に抱えたアイレイが僕らの場所に戻ってくる。
その向こうからは、興奮状態になった一角獣が、暴れながらこちらへ向かってきていた。
「どうする? とりあえず逃げる?」
メルバが問うと、アイレイはリズリンをその場に下ろし、手を引いて走りはじめた。
メルバと僕も、つられてそれについてゆく。
「……とりあえず落ち着ける場所まで逃げる」
「リズリン様、魔法で反撃しちゃだめ?」
「ダメ! とりあえず距離をとりましょう」
「ぶー……」
メルバが不満の声を上げる。
後からは一角獣が迫る。
動きにムラがあるにせよ、単純な移動速度は一角獣のほうが早い。
もっとも、それはリズリンや僕の速度にあわせているからではあったが。
「いつまで走るの? ボクこういうの嫌」
メルバは小言を言う。
「ダメなものはダメ」
「……ちなみにリズ様、どうやって暴れる巨獣を諌めようとしてたんですか?」
アイレイが尋ねる。
「それは、もちろんお話をして!」
「お前はアホか!何匹いると思っているんだ!」
「アホっていうな! 一箇所に集めればいいと思っていたのよ!」
「どうやって!」
「それは、森に巨獣さんたちの、学校を開くみたいに……チャイムを鳴らすと集まってくるみたいな?」
僕はリズリンの頭の中でどんなメルヘンな風景が広がっているのか想像して、一瞬めまいがした。
「できるかーい!」
「えー、メルバとアイレイがいれば何とかなるかなって」
無茶がすぎる。おそらく、メルバもアイレイも同じ風景を想像したであろう、眉間にシワを寄せて困惑していた。
「そういうのとか、信者獲得に繋がりそうじゃない?」
それは、配信したら面白そうな絵ヅラではある。
「……リズ様、申し訳ありません。お仕置き覚悟で反撃します」
アイレイが、リズリンの手をはなすと、振り返り一角獣を迎え撃つ構えをする。
「ちょっと、殺してはダメ!」
リズリンは叫ぶ。
「……ただの勝負デス」
アイレイが追ってくる一角獣を見据えて、両手を広げた。
目の前に、大きなツノが迫る。アイレイは、腰を落とすと突進してきたその一角獣のツノを掴み、巨体を押し留めた。
その小さな体で、である。
「相変わらずでたらめな力」
メルバが感嘆する。
普通に見れば重量差がありすぎる。
たとえば、一角獣が首を上にひねれば、アイレイはたとえ力があったとしても、ひょいと宙にあげられてしまうだろう。
しかし、そうはならず、それどころか一角獣をねじ伏せているのは、どんな力のコツがあるのだろうか?
「……こういうのはできないでしょ」
アイレイは言いながら、一角獣の力を絡めとるようにして、投げ飛ばした。
森に巨獣がもんどり打って倒れこんだ。
酷く混乱しているようだが、起き上がると再びアイレイに向き合う。
「……まだ……やる?」
アイレイは一角獣に向きあう。
巨獣が襲いかかると、。アイレイは再び、角を受け止めようと構える。
しかし次の瞬間、巨獣は頭部に衝撃を受けその場に倒れこんだ。
「……やばっ!」
僕は、遠目とはいえグロテスクな映像になるんじゃないかと思って、咄嗟に配信をカットした。
リズリンとメルバが立ち止まる。
「アイレイ……なんてことを」
リズリンが呟く。
「……リズ様これは、私がやったのではありません」
アイレイはいいながら、森の大樹の枝葉の影に立つ、数名の人影を指差した。
彼らは武装した亜人たちの一団だった。
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