残念ヒロインズ、異世界クエスト配信はじめました

mafumi

1.えっ! もう始まってるの?

「えっ! もう始まってるの?」


 鬱蒼とした森の中、大樹の木漏れ日の下で、少女は振り返り声を上げた。

 ここは太さ十数メートル、高さは百メートルを優に越える巨木の、太い根の上に作られた小道。その周囲には、そこかしこにコケやシダ類が生えている。

 空は遥か上方にあって、樹木の葉に隠れて、太陽はよく見えない。

 それでも日差しは強く、あたりは若草色に輝いていた。

 その少女の名は、リズリン・レインという。

 彼女は、旅慣れた道士の服装をしていて、腰のあたりまでの長さのローブと、ゆるく結い上げた亜麻色の髪を軽やかにひるがえして驚いてみせた。


「言ったじゃん。今日のクエストも配信するって。ほら、早くタイトルコールをしてくれよ」


 僕は、眼鏡の位置を人差し指で直しながら、リズリンにタイトルコールを促す。

 リズリンは少し困ったように眉間に皺を寄せると、立ち止まり、僕に向き直った。


「ええと、一番最初のタイトルコールは、元気よくだっけ……あ、余計なとはしゃべらないでって? はい……はい、ええと……それでわっ! これから依頼のあった巨獣さんを森の奥に帰すために、わたしたちは迷霧の森に入ります! えっ、あっ、解説よりタイトルが先? えっ、ええと、第八十九回、勇者リズリンの魔王討伐はじめちゃいました! 番組開始ですっ!」


 リズリンは、笑顔をつくって、自らが踏み込んだ巨木の茂る森を紹介する。

 声が深林に吸われて消えた。


「……わー、ぱちぱちぱち……」

「リズリン様、かーわーいーいー」


 僕の後ろから乾いた拍手と、無理やりにでも盛り上げようとする健気な声援が聞こえた。

 声の主は、旅仲間の魔法使い(マギア)メルバと剣士のアイレイだ。

 リズリンが軽く照れて頭をかく。

 僕は寒々しくもグダグダなオープニングに、目眩がした。


「はー、何回やっても慣れない。こういうの、全部ユキヒトができたらいいのに」

「しょうが無いだろ。俺は、配信は出来ても声も姿も映らないんだ。ほら、歩きながらでいいから、クエスト内容の説明をしてくれ」

「はーい、ええと、前回我々が立ち寄った街道沿いの宿で、わたしたちは交易路に出没する巨獣種の討伐を請け負いました。あ、討伐といっても、我々はハンターではありませんので、殺したりしません。わが女神アナ・ヒティスは慈悲深い神さまですので、いたずらな殺生を嫌います。ですから、実際に赴いて巨獣さんとお話をして、森に帰ってもらうことを予定しています。本来、巨獣種は人里には出てきませんので、恐らく何らかの事情があって街道まで出てきてしまったのだと……」


 もうしょっぱなから話が長い、相変わらずこの少女は何から何まできっちり説明しなければ気がすまないのだ。

 僕は、時折振り返りながら説明を続けるリズリンに視点固定をすると、周囲を見渡す。

 ここは異世界、その名を、神世界ルア・エクヒという。

 数カ月前、とある地球の極東の島国で交通事故に巻き込まれ、この世界に転生した。

 事故の理由はちょっとはっきり覚えていないのだけれど、とにかくとんでもない所に来てしまったことは理解している。

 辺りに広がるのは、前にいた世界では見たことのない風景だ。

 高層ビルもかくやというような太さの樹木がそこかしこに生え、葉もとてつもなく大きい、遠くには自身の腕ほどの大きさもある昆虫が飛んでいるのが見えるし、なにやら得体のしれない動物の声も聞こえる。

 そして、この巨木が茂る森の奥には巨獣と呼ばれるモンスターが様々に生息していて、僕らは今からそれを倒しに行くのだ。


「……つまりですね! それが信心であり、信心こそが生きとし生けるものを調和させ、幸福に導く為の最終手段なのです!」


 リズリンが僕の方を振り返ると、高らかに宣言した。

 僕は話を聞いていなかったが、彼女はなにやら自身の発言にヒートアップしたようで、いたく高揚している。

 アイレイがまた傍らで乾いた拍手をしている。


「あーリズリン……君は無理に話すと、説法臭くなるからやめたほうがいい」


 リズリンが僕の言葉で、すこしシュンとする。


「ユキヒト、その言い方は少しひどい……」


 剣士アイレイが口を挟んできた。

 アイレイはとても小柄で、遠目には子供にしかみえない。しかし、背中からは身の丈を有に超える二ふりの曲刀が伸びている。

 血が落ちやすいのだという、よく手入れされたとある獣の皮をあしらえた服をまとった彼女は、近づくと戦士特有の血なまぐささを匂わせる。

 アイレイは、僕の傍らまで歩み寄ると、ざんばらに切りそろえられた黒髪の間から、クリクリとした大きな目で僕を見上げる。


「……せっかくリズリン様がその軽やかな声色で、道理を説かれているのに。本来であれば、信徒だけでなく悪霊なども昇天せざるを得ないそれをただ説法臭いだなどと」


 悪霊はともかく生きている信徒は昇天させたらいけないだろう、などと思っても言えない。


「アイレイ、リズ様の魅力はそれだけじゃないよ」


 そこへ魔法使い(マギア)のメルバも口をはさむ。

 スレンダーな金髪少女は、歩くと大きな帽子がユラユラと揺れる。

 時折風に吹かれて翻る黒マントは、裏地が真紅になっており、見るからに魔女魔女しい外見をしていた。


「ボクが思うに、リズリン様の魅力は、説法のみにあらず。その若く瑞々しい肢体、肉体の造型、しなやかな腕に、おみ足、慎ましやかな胸、張りの良いおしりがまずあって、さらに、そこに宿る知性、信仰、そして意思の力。これらの組み合わせの輝きです」


 リズリンは自身の身体の一部をつぶやかれるたびに同じ場所を手で隠した。


「そんじょそこいらの声だけがいいような巫女や女官どもと一緒にしてはいけない。リズリン様の魅力は健全な肉体あってこそよ、いいえ、ボクとしてはむしろそんな野暮ったい服装ではなく、もっとそのみずみずしくも若い肉体を主張してゆくべきだと思うよ」


 メルバがドヤ顔でローブをひるがえす。すその下は、痴女のような下着姿で――本人曰く水着だそうだが――僕は眉をひそめる。

 一方のアイレイは、メルバの言葉に目を細める。


「……メルバの言葉には一理あるね」


 二人は何かを悟ったようにうなずき、リズリンを見る。


「あのね、あなたたち、そういう物言いはやめてよね、なんかムズムズするじゃない」


 リズリンは、困ったような顔をした。


「そもそも、信仰というものは、イタズラに飾り付けられた外見に惑わされること無く、物事の本質を見抜くことからはじまるのです」


 リズリンの歩みは、大木の根から、すぐ脇の獣道に入る。


「本質は、煩悩を廃して曇りなき眼でみなければ気づけ無い事のほうが多く、煩悩は身の丈にあわない欲求から広がるものであり」


 そこまで言ったところで、僕はふとリズリンの頭上に目をやる。見れば、上からそこそこの大きさの食虫植物が口を開けてリズリンにせまってた。


「あ……」


 しかし、リズリンは気づかずまま絶妙にそれをかわすと、説法をつづける。


「あー、リズリン様?」

「ん?」


 アイレイと、メルバが上方を指差す。すると、再度リズリンに襲いかかろうとしていた食虫植物が口を開けているのが、ようやくリズリンにも認識された。


「なっ……」

「逃げたほうがいいですよ、そんなに大きくないので、捕食されることもないでしょうけど、面倒くさいので」

「なぜ、私の弟子たちは助けてくれないの?」


 リズリンは素朴な疑問を返す。メルバとアイレイが交互に応える。


「……リズリン様、良い質問です」

「リズリン様が、獣道に入った時点で、私達全員がねらわれていましてですね、迂闊に動くと面倒なことになりそうなのです」


 ふと見回せば、僕らは口をひろげる食虫植物に囲まれていた。

 そそくさと、逃げ出す僕ら。


「なんで、いつも勝手に危険な所入っていくんだお前は……」


 僕は逃げながらボヤく。


「し、知らな! 私そんなつもりないもん!」

「まー、リズ様は女神アナ・ヒティスの庇護がお強いですから」

「……そう、ですね」


 正直な所、リズリンは、無駄に事件に巻き込まれる体質であると思う。

 僕は、出会ってから今日までの彼女とのあらゆる出来事を思い返して、軽くため息をつく。

 リズリンは、それを打ち消すように叫んだ。


「それ皮肉よね? そりゃいつもみんなには迷惑かけてるけどさ、こういうのだって修行なんだからね」

「へー、物乞いかとおもったら強盗で荷物まるごと盗まれたりちょっと観光している間に、砂漠でキャラバンに置いてかれたり、請負いクエストの難度ランク読み間違えて軽装備で全滅仕掛けたりとか、そういうの全部修行なんだ?」

「ぐ、ぐぬー」

「ユキヒト、あまりリズ様にひどいこというかわいそうだよ」

「……そうです。私達は、多少の苦難は平気ですし」

「ああっ、メルバやアイレイまで」


 走りながら言い合いをする僕らは、ようやく安全な場所まで逃げおおせた。

 肩で息をする僕とリズリン。

 一方、メルバとアイレイはケロッとしている。

 その、メルバがリズリンをまじまじと見ている。


「な、何?」

「うーん、汗が張り付くリズリン様、お美しいなって」


 メルバが応えた。


「……ああそう」


 リズリンが、だるそうに反応を返す。


「……話をすこし戻しましょう。ユキヒト。私たちは常々思っているのです」


 アイレイが僕に言う。


「ん?」

「……この地味なリズリン様を伝えるだけで、果たして新たな信徒獲得につながるのでしょうか?」

「……あのー、地味とかいわないで」

「そうそう、それ! ボクも思っていたんだよね! もっとボン・キュッ・バーン! みたいな服装のほうがいいんじゃない?」


 メルバとアイレイは、高揚した様子で僕に訴えかけてきた。


「ちょ、ちょっと……そういうのあたしやらないからねっ!」


 リズリンは、焦って二人の提案を遮った。

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