第10話 私の家族
キッコと分かれた私は、まっすぐに自宅に帰ることにした。
電車に揺られながら、車内をながめる。
くたびれたスーツの男性やコートを着た女性。多くの人がスマートフォンを操って何かを見ている。
高校生くらいの学生の姿もあれば、同じ大学生に見える男女の姿。年配の女性がおしゃべりをしていたり、ベビーカーのそばの母親が一生懸命に赤ちゃんをあやしている。
その光景を見ながら、私は故郷の自分の家族を思い出していた。
私の故郷は静岡県の伊豆。山に海にと自然がいっぱいの環境で、お父さんとお母さんと、5つ下の弟の優司と四人家族。数年前まではお祖母ちゃんも元気でいろいろなことを教えてもらった。
お父さんは兼業農家で畑仕事をしながら町役場につとめていて、お母さんもパートに出ていた。だから、学校から帰ってくると、たいていはお祖母ちゃんと弟と過ごしていたの。
私はどっちかというとインドア派だったから、よくお祖母ちゃんと一緒にお料理をしたり縫い物をしたりしてて……。それが楽しかったのよね。
今は10月。稲刈りと秋のお祭りの季節。
きっと今ごろは、稲刈りが終わった田んぼの上をたくさんの赤とんぼが飛び交っていることだろう。
夜になると、満月に照らされた原っぱに秋の虫たちが盛大に鳴き出す。
部活で遅くなった日は、自転車を押しながらよくその演奏を聞きながら帰ったものだ。
その光景を思い出していると、お祖母ちゃんのしわだらけの手を思い出した。
昔は何かの集まりがあるたんびに、その家に集まった女衆が蕎麦を打って出していたらしく、私もお祖母ちゃんにみっちりと仕込まれている。
その他にも、魚の裁き方や煮物、おいしいお米の炊き方やお漬け物の作り方。ちょびちょびっと味見をして、うんとうなづくお祖母ちゃんの顔を思い出す。
よくね。「京子はいいお嫁さんになるよ~」といいながら頭をなでてくれたっけ。
まあ、そういう田舎が性に合っていたのかしらね。
特に都会に憧れを抱くこともなく、服の流行もさほど気にもとめなかった。
……まあ、学校で友達と一緒にファッション誌を見ておしゃべりしていたのは否定しないけど。あんな田舎でお洒落しても浮くだけなのよね。
それでも私のこだわりとして、お祖母ちゃん仕込みの手芸で服のちょこっとしたところや、鞄にいろいろな柄を縫い付けたりした。
これがお友達にも好評でお願いをされたりもしたのよね。
「まもなく池袋~。池袋~。お出口は――」
電車のアナウンスに、はっとして降りる準備をする。
窓の外には大小様々のビルが並んでいて、あふれるほどの看板が眼にまぶしいくらいだ。
かつては見たこともなかったほど、多くの人々が歩く光景。
東京に出てきて、この光景にもすっかり慣れてしまった。……それでも、たまにはあの伊豆の山々や海に帰りたいと思う。
ちょっとノスタルジックな気持ちを抱えて、私は電車を降りた。
駅の大きな広告を眺めながら、西武線の改札へと向かって歩く。化粧品やテレビ番組、地方への旅行のポスターや、どこかの博物館の展示広告。そして、さまざまな事業を展開する総合商社ウィンクルムの広告など。
鮮やかに色づいた山々の写真を見ながら、お祖母ちゃんと作った秋のご飯を思い出した。
きのこたっぷりの芋汁や、鯛の炊き込みご飯。栗とサツマイモと昆布の煮物……。
ふふふ。今日の晩ご飯は何にしようかしらね。
私だけかもしれないけど、西武線の電車は都内のJRやメトロと違って、どことなく地方色の空気があると思う。
故郷の町では顔見知りの人々も多く、互いに挨拶したり、時には野菜をもらったりもした。
東京と大違いだけど、それでも同じアパートの人はなんとなくわかるようになって、時には互いに会釈をするときもある。
女の子の一人暮らし。それも東京で。
大学一年生の時は親も心配していたし、私も怖くって、暗くなってからは家から出ないようにしていた。
そういう生活が変わったのは、友達のキッコと出会ってから。
神奈川出身のキッコは、色んなことを知っていて、よく連れ出されてはあちこちにお出かけをした。
服にも気をつかうようになり、私の世界が広がったのはキッコのお陰。
それでも合コンとかいう集まりは、一回だけ参加したけど、肌に合わなくってお断りしている。
キッコも私の性格がわかっているから、決して無理強いはしない。気配りもでき、明るくお洒落な友達。
あれで彼氏ができないのが不思議でならない。
――目に見えないものを信じてみるのもいいんじゃないかしら?
キッコの言葉が耳によみがえる。
啓一くんは私のことをどう思っているのだろう?
いや、私が啓一くんのことをどう思っているのか、かな?
好きな人ができても告白できなかった私には、結局のところ、恋愛というのがよくわからない。男の子がどういうことを考えて、何を求めているのか……。
表情や仕草から、その気持ちを感じ取るなんて、そんなこと私にはできないよ。
でも私は啓一くんを好きなのかな?
見直したのは事実。
研究会に連れて行ってくれて、都立中央図書館へも一緒に行ってくれ、さらには私の研究にヒントもくれた。
図書館で見かけた悩んでいる姿を思い出す。
あの姿を見て何かしてあげたいとは思うけど、これって恋心なのかな?
そんなモヤモヤを抱えながら、電車に揺られていた。
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