第24話 思い出のロールキャベツ

 それから陽子さんから味と形の特徴を尋ねる。

 味は和風だしらしいが、ただそれ以外にも何かが入っていたという。

 中の具は挽肉とタマネギに椎茸なんだけど、どこかふんわりと柔らかかった。

 キャベツで俵型にするけど、かんぴょうで帯を締めるのではなく、楊枝で刺す。

 大きさは、おいなりさん位で、おだしがお皿の上に薄く広がるぐらいの盛り付けで、そこに花形にくりぬいたニンジンがついていたとのこと。


「わかりました。少し考えてみます。――それで、陽子さんのご都合がいいのはいつ頃ですか?」

 この料理は、レシピの再現は私がするけど、陽子さんもいないとできない。それに当日は、陽子さんが作らないと意味がない。

「大丈夫。しばらくは急ぎの仕事はないから、下の人に任せる。……だから貴女に合わせるわ」

 私は頭の中でスケジュールを確認する。

「では、次の土曜日の――」


――――。

 約束の日。

 毎日、顔を合わせてプチデートをしていたけど、今日だけは予定があると啓一くんに言ってある。

 使い慣れた台所には、今日のために多めの食材を用意しておいた。もしも足りなくなったら、近くのスーパーに買いに行けばいいだろう。

 私は気合いを入れてエプロンをして、コンロにかけている二つの鍋の様子を見ていた。

 あとは陽子さんが来るのを待つだけ。


 ちょうどその時、玄関のインターホンが鳴り、

「北野さん。陽子です」

と声がする。

 すぐにコンロの火を止めて玄関のドアを開けると、シンプルなジーンズを着た陽子さんが立っていた。

 早速、中に案内しソファに座ってもらった。

 私の部屋を眺めた陽子さんは、

「……この部屋。なんだか懐かしいわ。落ち着く感じがするわね」

と言った。私ははにかみながら、「啓一くんもそう言ってましたよ」と言うと、陽子さんが初めて笑顔を見せてくれた。

 やっぱり親子だ。笑った顔が似ている。

 そう思いつつ、書き込みしたノートを持ってきて陽子さんの前に広げた。


 ノートには見開きページごとに、それぞれ微妙に違うロールキャベツのレシピを書いてある。その数は全部で12。

 陽子さんはそのノートを見て、目を丸くし、一つ一つをじっくりと眺めはじめた。

 もちろん、この12のレシピの内でも、私がこれかなって思うものを3つ選んで、実はもう作ってあるのだ。

「レシピの2番、5番、6番の可能性が高いと思って、実は試作品を作ってあります。早速ですけど、味見をお願いします」

と告げて、台所に来てもらう。

 陽子さんが持参したエプロンをしている間に、深皿を三つ取り出して、二つの鍋のロールキャベツをそれぞれよそった。

 テーブルの上に右から2番、5番、6番とわかるように並べる。

 陽子さんと目が合って、うなづくと、陽子さんは箸を手にとって、一つずつ口に運んでいった。


 まずは2番。

 これは和風だしに生姜を加えたもの。中の具は合い挽き肉、タマネギ、椎茸につなぎとしてお米を入れてある。


 陽子さんが一口食べるのを緊張しながら見つめる。

「うん。おいしい」

と陽子さんはうなづいて、ゆっくりと確かめるように味わっている。

「なるほど。ちょっとあっさりめのお出汁ね。でももっと甘かったと思うの。それに、中の具ももっと柔らかかったかな」

 私は、「はい」と言いながら、2番のレシピに陽子さんの評価を書き込んだ。


 つづいて5番。

 この5番と6番は和風だしにケチャップを少量入れてあるタイプ。5番には、中の具にハンバーグと同じようにパン粉を使用している。

「うん。これもおいしい。でも、そうね。……お出汁だけど、ケチャップの甘みではなかったと思う。なんだろう。酸味のない、もっとあっさりした甘みなのよね。具はさっきの方が近かったと思う」

 ノートに書き込みしながら、次の6番を差し出す。

「お出汁は5番と一緒です。具の方を確認お願いします」


 三つ目の6番は、具のつなぎにお豆腐を使っているタイプだ。

 三種類の中でもっとふんわりとしたタイプ。お豆腐ハンバーグをイメージしてもらうといいわ。

 ただちょっと柔らかすぎる気もしていたのだけれど……。

 一口食べた陽子さんが、

「これよ! これ。この柔らかさだわ」

と笑顔で親指を立てる。

 ……なるほど。お豆腐ね。


 陽子さんはうれしそうに、

「北野さん。お料理が上手ね。味は違ったけれど、どれもおいしいわ」

と褒めてくれる。少し照れながら、

「私、前からよく料理のお手伝いをしていたんですよ。弟もいましたし」

というと、「へえ。じゃあお姉さんなのね」と陽子さんがどこか納得したようにうなづいた。

「実はね。私にも姉がいてね。そういえばよくお母さんのお手伝いをしていたわねぇ」

と遠い目をしている。

 私がその横顔を見ていると、それに気がついて、にっこり笑って、

「今でも元気よ? 結婚して埼玉にいるわ」という。


 ……ちょっと待てよ。そういえば啓一くんとお付き合いをしていることを、私、まだ家族に報告していないわね。

 ど、どど、どうしよう。


 陽子さんが私の様子がおかしいことに気がついて、

「あら? どうしたの?」と心配そうに私の顔をのぞき込んできた。

「あ、いえ。その。……私も啓一くんのことを言えないなぁと思って」

「なんのこと?」

「お付き合いしていることを、家族にまだ報告してなかったです」

 そう白状すると、陽子さんが吹き出した。

「ぷっ。そ、そんなことを気にしてたの? そうねぇ。……タイミングは啓一と相談してからになさいよ」

「え? でも――」

 私、まだ陽子さんや啓介さんにもちゃんとご挨拶していないし――。

 そう言いかけると、陽子さんは、

「あのね。私はもう貴女のことを認めています。啓介にも言ってあるわ。……だから、そのうち挨拶に来てくれれば大丈夫よ」

「あ、はい。ありがとうございます。……でも、私なんかで」

 いいんですか? と言おうとしたら、陽子さんがあわてて、

「貴女がいいの。だから、それは言わないこと。ね?」

と私の口に人差し指を押しつけた。


 あ、あはは。そうなの? 私、このまま啓一くんの彼女でいいのね?

 そう思ったとき、自然と喜びがあふれ、ずっと張り詰めていた肩の力がふっと抜けた気がした。

 大企業の御曹司とわかり、心のどこかで心配をしていた。

 ――この恋は。身分が違う恋は。叶わないのかもって。

 でも、いいのね。このまま啓一くんを好きなままで。


「あらあら」と陽子さんは言いながら、取り出したハンカチで私の目尻を押さえた。

「ね? だから、私にとっては貴女はもう娘のつもり」

「はい! よろしくお願いします」

 それから私は陽子さんと目を合わせて、二人で笑った。

「「ふふふ」」


 さてと、気を取り直して、レシピノートを見直す。

 残る問題はお出汁。ケチャップではない甘み。それもあっさりとした甘さ、か……。

 私は今まで食べた料理の味を思い出す。舌先に、それぞれの甘さをよみがえらせて、何の甘さがふさわしいのかを考える。

 砂糖、みりん、ジュース。ニンジン、キャベツ……。

 なんだろう。何かが引っかかっている。

 春野菜の甘さ。野菜を煮たときの甘みはあっさりと優しい甘さだ。だけれど、キャベツの甘みは十分に出ているはず。具に入れた分とは別に、さらに椎茸でお出汁を取っているのだろうか?

 いや、まてよ……。


 思考の海を漂っていた私の脳裏に、一瞬、何かがひらめいた。

 もしかして、

「白味噌?」

 私がそうつぶやいた瞬間、陽子さんが、

「あ~! それだ!」

と叫んだ。

 陽子さんは興奮しながら、

「そうだ、そうだ! なんで白味噌使うんだろって疑問に思っていたのよ! でも作ってみたら、すっごく優しい甘さでおいしいのよ!」

と私の手をつかんで飛び跳ねている。

 やだ。ちょっとかわいいかも。

 内心でそう思いながら、陽子さんの顔を見ると、その目尻に涙がにじんでいた。


 落ち着いた頃に、目をこすろうとする陽子さんに、私はハンカチを渡した。

「ふふふ。ありがとう。本当にありがとうね。これで母さんのレシピが一つよみがえる」

という陽子さんに、

「いえ。本当に白味噌かどうか、これから作って確認するまでは安心できませんよ」

「ええ。今度は、私も一緒に作るわ」

「はい!」


 それからは分担作業。二人で鼻歌や他愛もないことを話しながら、料理を進める。

 陽子さんが、合い挽き肉にみじん切りのタマネギと椎茸、豆腐を混ぜて捏ね。私はキャベツの芯を削って軽くゆでる。

 できたキャベツの葉で、陽子さんの捏ねたタネを包み、形を整えて楊枝で刺した。

 お鍋に二つ並べて水を張り、火にかけながらお出汁を投入する。鍋の取っ手を持って軽く揺すって混ぜ、そして、味見をしながら慎重に白味噌を溶いていく。

 そのままコトコトと煮て、「陽子さんのロールキャベツ」が完成した。


 早速、一人一つずつ味見をする。

 和風のお出汁独特の優しい香りをかぎながら、一口食べる。白味噌のあっさりと優しい甘さが、キャベツの甘さや豆腐、お肉の味と相まって、あっさりと優しい味わいが口に広がる。

 なるほど。これは確かに子供に人気がありそうだ。

 そう思いながら陽子さんの方を見ると、陽子さんはボロボロと泣いている。


 ギョッとしながら再びハンカチを手渡すと、陽子さんは泣き顔のままにっこり笑って、

「そうよ。これが母さんの味だったわ」という。


 そう言う陽子さんは、昔を懐かしむように目を細めていた。

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