第7話 キッコから知らされた事実

「ふううぅ」

 お風呂から上がってルームウェアのままで、ローテーブルの前に座りながら、バスタオルとドライヤーで髪を乾かす。

 ブオオオーという温風を浴びていると、頭がほんのりと温かくなってきた。


 テーブルの上には、帰りの途中でコンビニで買ってきた雪印の紙パック『コーヒー』が、ちょこんと置いてある。

 ドライヤーを止めてテーブルに置き、後ろのソファに寄りかかりながら狭いアパートの部屋を眺める。年期を感じさせる天井と壁。三段のカラーボックスには、私の趣味の手芸やお料理の本が並んでいる。

 どこからか聞こえてくる生活の物音。お洒落でもなんでもない生活感にあふれた私の部屋。


 地方から出てきた当初は、色んな物音にビクビクすることもあったけれど、最近はもう慣れてきて、むしろ実家に帰ったときの方が緊張するようになってしまった。


 さてと……。おもむろにテーブルの上に置いてあるスマートフォンを手に取る。

 キッコに電話しなきゃね。

 呼び出し音がつづいて、キッコが電話に出る。

「あ、もしもし。キッコ?」

 普通に話したつもりだったけれど、受話器の向こうからは、キッコがからかうように、

「……あら。今日は随分とご機嫌ね。もしかして告白でもされた?」

と言ってきた。

 その言葉を聞いた途端、私の頭がフリーズする。


 は? 告白? 啓一くんから?

 なぜか急に胸の鼓動がいつもより大きく聞こえる。

 お、おかしいな。急に部屋の中が暑くなってきたような気がする。


「ちょ、ちょっと。京子? 大丈夫? 本当に告白されたの?」

 受話器からのキッコの声に我に返り、あわてて、

「ち、違うって。そんなのないよ。あの啓一くんが私に告白なんてするわけないって!」

とムキになって言うと、キッコは「いや別に啓一くんとは……。まあ、そうだったらいいんだけど」と言葉を濁していた。


 テーブルの上のコーヒーを飲んで、気持ちを落ち着かせる。

 普段は『南風堂』で飲むような本格的な珈琲も好きだけれど、今日みたいな秋の夜長にはこの甘いコーヒーが飲みたくなる。


 気持ちを落ち着かせながら、こないだの図書館のことと今日のことを思い出す。

 そう。図書館を出てからも、『南風堂』を出てからも、普通に別れたんだ。それもあっさりと……。なんだか啓一くんも用事がある風だったし。

 まさか私に告白なんて! …………ないよね?


「お~い。聞いてるかぁ!」

と耳元の受話器からキッコの大声がして、「あわわわわ。聞いてる、聞いてるよ!」とあわてて返事をすると、すぐに「嘘だあ。絶対に聞いてないでしょ」と返された。


「ごめん。キッコ。何?」

「何じゃなくてさ。こないだの図書館デートはどうだったのか教えてよ。気になって眠れないよ」

「あはは。ええっとね。図書館デートではないって。特に何もなかったのよ? 図書館ですぐに分かれて調べ物をしてたから」

 私がそう言うと、キッコは、

「分かれて? そう……」と言いながらしばし考え込んでいる。

 なにか引っかかることでもあったのかな?

「キッコ。どうしたの?」と呼びかけるも、「ううん。何でもないのよ」と言うばかり。


 なんだか今日のキッコは様子がおかしいなぁ。

 そう思いつつも、

「でね。本を読んでいたら啓介くんが隣にやってきてさ――」と説明した。

 そして、私が「それだー!」って叫んだところで、キッコが吹き出して大笑いする。

「――ぷっ。あはははは。図書館で? あははははは。なにやってんのよっ。くくく」

 なんだかキッコの笑い声を聞いていると、ふたたび恥ずかしさがじわじわと身に染みてきた。

 あの時は、発見の喜びの方が大きかったんだけど……。ううっ。なんだか黒歴史を告白した気分。


 ようやく笑いが収まったところで、キッコがコホンと咳払いをして、

「あのね。これは京子には内緒にしておこうと思ったんだけど……」

と言い始めた。


 その声の響きに、なぜか急に私の周りに、夜のとばりとともに静けさが降りてきたように感じた。

 電話の先のキッコの声だけが私の耳に入ってくる。


「うん」

「啓一くんなんだけど、今日の演習があったでしょ?」

「うん」

「私さ。あの後、卒論指導で指導教官の研究室に行ったの。そしたら途中で、吉見教授と啓一くんが、研究室の入り口で話し込んでいるのを見たのよ」

「……」

「ほら? あなたが今度、大学の史学会例会で発表するって返事しちゃったじゃない。それで、何か京子にしてあげられるアドバイスがないかって訊いてた」


「え? 啓一くんが?」と聞き返すと、京子は、

「そうよ。教授がね。それよりも君だってとか言いながら、なんで君がそれを気にするんだい? って言ってたよ」


 確かに。これは私の問題。もちろん啓一くんのアドバイスはありがたいけど、なんのメリットもないのに、なぜ私にそこまでしてくれるんだろう?


「ちょっと京子ったら聞いてる?」

というキッコの言葉に再び我に返る。

「あ、ごめん。ちょっと考えごとしてた」

「――今日の様子からすると、貴女の方は脈ありそうなんだけどね」

「え?」

「ううん。なんでもないわよ」

 なかなか意味深なことを言う我が親友。


 私が彼を好きになることも、ないよ。……たぶん。

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